第73話 「涼しい」
まるでサウナに入っているのだろうかと思ってしまうほど蒸し暑く、
普段日傘を使わない人にも使用を決断させるほど日差しが強かった夏も、
今は昔のことのように思え、風に冷たさを感じるようになってきた今日この頃。
俺は朝、校門で待ってくれていた先輩と話していた──。
「いや〜、最近風が冷たくなってきましたね先輩」
「ふふっ、そうだね。夏が嘘のようだよ。もう少ししたら紅葉のシーズンだし、みんなで見に行きたいね」
「それいいですね〜。はあ、暑さがおさまってよかったですよ。夏はほんと暑かったんですから……」
「ふふ、涼しくなってよかったよ……ところで、君は本当に今涼しいと思っているかい?」
急に先輩が真顔になって、俺によく分からない質問を投げかけてきた。
別に俺は涼しくなってきたと思うが……。
いきなり変なことを言ってくるので、俺は少し驚いてしまったが、一応答えた。
「……え、いやまあ、だいぶ涼しくなってきましたけど」
「本当にそう感じているのかな……?」
「そ、そもそもこの質問なんですか。そんなに気になるなら俺の顔見ればいいじゃないですか」
「君の言葉が大事なのさ……おっと、そろそろ授業の時間だね。それじゃあ今日、君がずっと涼しいと感じていることを願っているよ」
よく分からないことを口にしながら、先輩は教室へ向かっていった。
……本当にどういう質問だったのだろうか。
先輩は涼しいと感じていなくて、俺が涼しいと感じているのがよく分からなかったのだろうか。
それとも、ただ俺に絡みたかっただけなのだろうか。
俺はいろいろ考えたが、ここで考えても分からないし、
なにより授業に遅れると思い、俺も教室へ向かった。
そして授業中も考えてみたりしたが、結局分からず、
そんなこんなしているうちに昼休みになり、いつも通りお昼を三人で食べた……のだが。
お昼休みが終わる直前、そこでも先輩は「ねえ、今も涼しいかい?」と俺に問いかけてきた。
俺がそれに「涼しいですよ」と返すと、
先輩は声を出さずに微笑んだあと「そっか」と言い、笑顔のまま教室へ戻っていった。
意味が分からない。
今までも意味の分からないことを言ってくることは何回かあったが、
これはその中でもトップクラスで分からない。
そんなに俺が涼しいと感じているのかが気になるのだろうか──。
そんなことを思いながら午後の授業を受けていると、
いつのまにか終わって放課後になってしまった。
(もお〜先輩のせいで集中できなかったよ……帰りに聞くか。というか、聞かないとすごいモヤモヤするし)
そう決意し、俺はいつも通り校門で待っていた先輩に会いに行った。
「おや、枕木君じゃないか。今も涼し……」
「もおっ、その意味わかんないこと聞くのやめてくださいよっ。てかどういう意味なんですかそれっ」
俺は周りからは目立たないほどの声量で、先輩を問い詰めた。
すると、先輩が笑いながらこう言った。
「ふふ、ごめんね。君を困らせてしまっていたようだ。意味は単純に、君が涼しいと思っているか聞きたかっただけだよ」
「なんですかそれ……というか、なんでそんなに俺が涼しいと思ってるかが気になるんですか」
「……それは、ここではできないな」
「はあ……じゃあ、俺帰りますね」
「そっか、ついていくね」
「なんでですかっ」
そのあと、俺が帰ろうとすると先輩が本当に横に並んでついてきた。
まあ、先輩が近くにいるのは嫌ではなく、むしろ嬉しいのだが、
この行動には理由があるのか気になってしまう。
「あの……」
「ん? なんだい枕木君」
「なんでついてきたんですか」
「なんでって……さっき言ったじゃないか『ここではできない』ってね」
「……もしかして俺の家でなんかやるつもりですか?」
「そうかもしれないね。外でもいいけれど、できれば玄関まで入れてほしいな……」
先輩が声を甘えたものに変え、上目遣いで俺を見てくる。
……先輩に甘えられたら、俺に断るという選択肢はない。
「はあ、今日は玄関までですからね」
「ふふ、ありがとうね。枕木君」
「もお、特別なんですからね」
「ふふっ」
そのあと、俺たちはいろいろ話しながら歩き、
家に着くとドアを開けて玄関へ入った。
「さあ、玄関入ったんですから理由を教えてくださいよ」
「……そうだね。じゃあ、いくよ」
先輩はそう言うと両腕を広げ、そのまま俺の背中に両腕を回し、抱きついてきた。
「なっ、なんですか」
突然の行動に、俺は思わず驚いてしまう。
だが、先輩はいつも通りの、冷静な声でこう言った。
「これが理由だよ、枕木君」
「……はい? どういうことですか」
「涼しく感じているなら、僕が抱きついてもいいかなって」
「別に、俺はいつ抱きつかれても……」
「嘘だね。僕が夏に抱きついたら君に『暑い暑い』と言われたことを、僕は忘れていないのさ」
「う……い、いやでもそれは……」
俺は先輩に言い訳を始めた。
「た、確かに、俺は夏の時に『暑い』って言いましたけど、それは本当に暑かったからで……。そもそも先輩の体温は温かめだから夏の蒸し暑さがさらに加速するというか……」
俺が一通り言い訳を終えると、先輩が口を開いた。
「ふうん、それなら仕方ないね。それじゃあ今日は?」
「え?」
「今日はどうなのかな?」
先輩は俺を抱きしめたまま頭を上に向け、俺の顔を見つめてくる。
「か、顔見てるんだからもう分かってますよね」
「僕は君の口から直接聞きたいなあ〜」
「……分かりましたよ。その、今日は……涼しいから、先輩があったかいです」
それを聞いた先輩は、嬉しそうに笑ったあと、
俺を見つめるために上げていた頭を下げ、俺の胸に顔をうずめた。
「ちょ、なにしてるんですか」
「君があったかいなら、もう少し、こうしていてもいいよね」
「……はあ、しょうがないですね」
「ふふっ」
そのあと、俺も先輩の背中に腕を回し、しばらく抱き合った。
夏の時は暑かったが、今は……ずっとこうしていたくなるほどあたたかい──。




