第72話 「ルーレット」
休みの日に先輩からこんなメールが届いた。
【先輩】 「やあ、枕木君。僕の家でいいものが見つかったからよかったらおいで。特別な時間を過ごそうよ」
……いいものとはなんだろうか?
特別な時間とは?
いくつか疑問はあるが、先輩の家に行けるなら深く考えなくてもいいか。
俺は急いで身だしなみを整え、先輩の家に向かった──。
そして、玄関の前まで行くと、先輩がドアを開けて出てきた。
「あ、どうも先輩」
「やあ、枕木君。ふふっ、突然メールしたのにすぐ来てくれて嬉しいよ」
「暇でしたし……それで、いいものってなんだったんですか?」
「……そのことなんだけど、とりあえずリビングで待っていて欲しいんだ」
俺は「なんで待っていてほしいんだ?」と思いつつも、
とりあえず先輩と共に家の中へ入り、リビングへ向かった。
すると先輩が「じゃあ、待っていてね」と言い、どこかへ行ってしまった。
そのあと五分ほど待っていると──。
「やあ、お待たせ」
「おっ、先輩待ってました………って、なんですかその格好」
先輩は先ほどまでの普段着から、白いワイシャツに黒いベスト、
そして、上の白シャツを際立たせるような深い黒のズボンという、
フォーマルな服装になって戻ってきた。
「なにって、ディーラーさ。テレビとかで見たことないかい?」
「見たことはありますけど……もしかして着替えるから『待ってて』って言ったんですか?」
「ご名答、よく分かったね。さすが枕木君」
「なんですかそれっ、褒められても嬉しくないですよっ。ていうか『いいもの』ってなんなんですか。まさか『僕のこの格好こそがいいものなのさ』とか言わないですよね」
俺が先輩を問い詰めると、先輩は笑ったあとこう言った。
「ふふっ、そんなことはないよ。じゃあ、僕についてきておくれよ。そこにあるからね」
「……分かりましたよ」
「ふふっ」
そして、先輩についていき、ある部屋にたどり着いた。
「ここが目的地ですか?」
「そうさ。入っていいよ」
「分かりましたよ」
俺がドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた先の部屋は、
なにもない殺風景な部屋だった……ただ、一つだけを除いて。
それは、ルーレットがついた大きなテーブルだ。
「先輩……いいものってまさか……」
「そう、このテーブルのことだよ。掃除した時に物置部屋から出てきたから、遊びたいと思ってね。だから、一応綺麗にはしたけれど少し埃っぽいかもしれないね」
物置部屋からルーレットテーブルが出てくるのは意味が分からないが……。
まあ、先輩の家なら勢いで意味の分からないことをしてそうだし、
そんなものなのかもしれない。
というか、先輩の家は部屋が多すぎる。
「……もしかしてルーレットだからディーラーの格好に着替えたんですか」
「ふふ、そういうことさ。雰囲気は大事だからね。さあっ、早速ルーレットを始めようか」
そう言うと、先輩はルーレットテーブルの側に立った。
「とりあえず、今回はシンプルに球が赤に落ちるか黒に落ちるかの二択でやろうか」
「は、はあ……じゃ、じゃあ『黒』で」
「ふふっ『黒』だね。それじゃあいくよ〜」
先輩が球を投げ入れると、球がルーレットの外周を回っていく。
物置部屋に置いてあった影響か、球が転がるたびに少し埃が舞っていく。
そして球は次第に速度を落としていき、最終的に「赤」に落ちた。
「あら〜残念だったね枕木君」
「は、はあ……」
……正直、心が動かない。
「赤か黒か」と言われても、別に当たろうが外れようがなにもないからだろうか。
わざわざ服まで着替えた先輩には申し訳ないが、あまり楽しくはない。
そんなことを思い、少し俺がテンションを下げていると、
先輩が俺の顔を見てきて、そのあと口を開いた。
「ふふっ、あまり楽しくなさそうだね」
「そ、そんなことは……いや、先輩に隠してもしょうがないか。正直、先輩の言う通りです」
ただ二択を繰り返すだけではドキドキは生まれない。
勝ってなにかを得るか、負けてなにかを失うかのヒリつきがないと……。
そんなことを思っていると、先輩が俺の顔を見てきた。
「……じゃあ、なにか賭けるかい?」
「えっ」
「ふふっ、だって君の心はなにかを賭けたいみたいだよ」
「ま、まあ確かにそんなこと思いましたけど……なに賭けるんですか。まさかお金とか言いませんよね」
「そんなわけないじゃないか。僕たち捕まってしまうよ」
「よかった……先輩なら『お金を賭けようか』とか言ってくるかと思ってヒヤヒヤしてましたよ」
「君は僕のことをなんだと思っているのかな?」
そのあと、先輩に人差し指でお腹の辺りを突かれたりしたが、
話は「なにを賭けるか」に戻った。
「……で、なに賭けるんですか」
「どうしようね、今着てる服でも賭けるかい?」
「そういう冗談はやめてくださいっ」
「ふふっ。そうだ、枕木君はお財布は持ってきているかな?」
「ありますけど……お金はダメなんじゃなかったんですか」
「ん、負けた方が今日の夜ご飯を奢るというのはどうかと思ってね」
……その提案はかなりいけている。
最近、俺は少し金欠気味なので奢ってもらえると嬉しい。
それに、先輩はお金をいっぱい持ってそうなので、勝てたらたくさん食べられそうなのも嬉しいポイントだ。
「それ、いいですね。それにしましょうっ」
「ふふっ、じゃあルーレットを回そうか」
(……引っかかったね枕木君。僕は最初からこうするつもりだったのさ。賭けるものがないと君が楽しめないのも、賭け金を『奢り』にすることで君が喜んで飛びつくことも……ね。僕も前に君へ贈った『高級お菓子』のせいで金欠だったから助かるよ)
「……よしっ。じゃあ俺、ルーレットはもう一回『黒』を選びますっ」
「ふふっ、そっか。じゃあ『黒』で君の勝ち。『赤』で僕の勝ちね。じゃあいくよ〜」
そして、先輩は球を投げ入れると、また埃が舞っていく──。
「いけっ、黒っ、黒に落ちろっ」
「……僕は赤に落ちてほしいなあ」
(ふふ、祈っても無駄だよ枕木君。僕は君が来る前に練習を重ね、百発百中で決まった所に球を落とせるようになったのだからね)
球はまだまだ速度を保ったまま、ルーレットの外周を回り続けている──。
「赤に落ちますように」
「うおおっ、黒に落ち……はっ……はっ……」
その時だった。
「はっくしょんっ」
俺は舞っていた埃のせいでくしゃみが出てしまい、
その拍子に体が動いてテーブルに当たってしまった。
先輩が「あっ」と声を漏らしている。
「あ……ごめんなさい。埃でくしゃみが出ちゃって……」
「……だ、大丈夫さ。綺麗にしきれなかった僕のせいだからね」
(ま、まずい。今の衝撃で球の軌道が……いや、それでも二分の一さ。まだ慌てるような時間では……)
そのあと少し経ち、球が止まり──。
「あっ、黒に入ってる。俺の勝ちだあっ」
「……えっ?」
先輩は声を漏らしたあと、
負けたのが悔しかったのか、黒に入った球をじっと見つめている。
「はは、今日は俺の勝ちだったみたいですね。まあ、あんまり気にしないでくださいよ」
「……そうだね。うん、そうだね、うん……気にしない気にしない……」
「いやあ、今日の夜なに食べましょうね〜あっ、サイゼリオ行きましょうよ」
「……そうだね」
そして俺たちはお店へ行き、俺はパスタやアロスティチーニなどをたくさん食べ、先輩に奢ってもらった。
だが……。
「いやー、今日は家に誘ってくれた上に奢ってくれてありがとうございました」
「……えいや」
「いたっ、なにするんですかっ」
「……えいえい」
「いだだだだっ」
お店へ行った帰り、俺は先輩に人差し指で突かれまくった。
そんなに負けたのが悔しかったのだろうか──。




