第71話 「目を合わせないでください」
俺と先輩は、先日の出来事のせいでお互いに目を合わせられなくなっていた──のだが、
数日後の朝、学校へ行くと先輩が平気な顔で俺の顔を見てきた。
「やあ、枕木君」
俺は急いで顔を逸らし、先輩に聞いた。
「な、なんで顔見るんですかあっ」
「だってもう数日経ったからね。いつまでも君と顔を合わせられなかったら寂しいじゃないか」
「そうかもしれませんけど……そしたら、前のこと気にして先輩の顔見れない俺がバカみたいじゃないですか……」
「枕木君はバカなんかじゃないよ。気にするのも当然だからね。でも、僕はそれより君の顔を見たいと思っただけさ」
確かに、もう数日経ったのだから顔を見て話していいのかもしれない。
先輩も、俺の顔を見たいらしいし……。
「じゃ、じゃあ見ますよ」
「ふふ、その意気だよ枕木君」
そして俺はゆっくりと振り向き、先輩の顔を……。
見れなかった。
俺は先輩の顔が視界の端に入った途端、顔を見られたら思考を読まれてしまうと思い、
また顔を背けてさっきまでの体勢に戻った。
「どうかしたのかな枕木君」
「そ、その、思考読まれたくないのと、恥ずかしくて……」
「ふうん、まあ、もっともな理由だね。そしたら、僕は君の顔を見ないように目を瞑っていることにするよ。これでどうかな」
「……本当ですか?」
先輩は急に目を開けて「ははっ、騙されたようだね枕木君」とか言ってからかってきそうなので、
一応、確認してみた。
「本当さ。だって目を開けたりなんかしたら枕木君に嫌われてしまうからね」
「流石に嫌うまではいきませんけど……まあ先輩のことを信じて見ますからね」
「ふふっ、じゃあ僕は目を閉じるよ……閉じたよ〜枕木君」
どうやら、閉じたみたいなので、俺は勇気を出して先輩の方を向いた。
……本当に目を閉じている。
俺はてっきり目を開けていると思っていたが、先輩はきっちり約束を守ったようだ。
しかし、久しぶりに先輩の顔をしっかり見ると、やっぱり先輩はとても綺麗だと再確認できる。
「……綺麗だ」
思わず、そんな言葉が口から漏れてしまう。
「ん? 今、なにか言ったかな枕木君」
「えっ、あっ、な、なんでもないですよ」
「ふう〜ん、まっ、いいや。それより、目を開けていいかな。僕も君の顔を見たいのだけれど」
「えっっ」
それは困る。
今、目を開けられたら先輩の顔を綺麗だと思っていたことがバレてしまう。
いや、それ自体は何度も思っているし、バレていると思うが、今バレるのは嫌だ。
「目を開けるのは……だ、ダメです」
「え〜なんでダメなのかな?」
「その……先輩の綺麗な瞳はまるで太陽のように輝いていて刺激が強すぎるからです」
「そんなこと、君の思考から感じたことはないし、どちらかと言えば僕は月のようだと思うのだけれど」
「月のようとかそれこそ聞いたことないですよっ。とにかく開けたらダメですっ」
俺がそう言うと、先輩は頬を膨らませて不満を表した。
「むう、僕は君と顔を合わせたいだけなのにね」
「……でも、思考読まれたら恥ずかしいですし」
「君はそんなに見られたら恥ずかしいことを考えていたのかな? 多分『先輩が綺麗だな〜』くらいしか考えていないんじゃないのかい?」
「なっ、なぜそれを……」
先輩に答えを当てられ、その衝撃のあまり答えを漏らしてしまった。
「ふふ、やっぱりね」
「か、顔は見られてないはずなのに、まさか……薄目で見てたんですかっ」
「違うよ、君の考えていることを予想しただけさ。結果、大当たりだったみたいだけどね」
先輩が口角を上げ、ニヤニヤしている。
目は開いていないが、俺を笑っているのは分かる。
「も、もお〜笑わないでくださいっ」
「ふふ、ごめんね。さて、これで思考もバレてしまったことだし、君が目を開けてほしくない理由も無くなったんじゃないかな?」
「ま、まあそうですね……」
「じゃ、開けるね」
「え、ちょっ、まっ」
俺は開けるのを止めようとしたが、そんなのお構い無しに先輩は目を開いた。
そして、先輩のサファイアのように青く澄んだ瞳がこちらを向いてくる。
「やあ、枕木君」
「勝手に目を開かないでくださいよ……」
「今なら、枕木君も怒らないかなって。実際、怒ったりしてないみたいだしね」
「もぉ……顔勝手に見ないでくださいってば」
「ふふっ、ごめんごめん……ねえ、枕木君」
「なんですか」
「久しぶりに君の顔を見れて嬉しいよ」
先輩が、軽く首を傾げて笑った。
「……俺も嬉しいです」
「ふふっ、さて、久しぶりに枕木君の顔を見れたし僕は教室へ行こうかな〜」
「えっ、もう行くんですか。もっと余韻というか……」
「メインはもう済んだから、僕はそれより授業に遅刻しないことを優先するのさ」
先輩は、どこを引きずって、どこをあっさり流すのか、相変わらずよく分からないが、
これも先輩らしくていいのかもしれない。
「……はあ、じゃあ、俺もそろそろ教室に行きますよ」
「ふふっ、じゃあ途中まで一緒に行こうか」
「えっ……まあ、いいですけど……」
「じゃあレッツゴーだね──」
そして俺たちは一緒に歩き、教室のある階が違うので途中で別れた。
……数日間、顔を合わせられなかったが、こんなにあっさり元に戻れるとは。
まあ、お互いの顔を見れる方が幸せだからいいか──。
一方そのころ──。
(……どうやら先輩と枕木は元に戻れたようですわね。お互いの顔を見ないようにしてた時はどうなるかと思っていましたが、二人が幸せそうでよかったですわ──)
竜崎は、近くの物陰から一部始終をずっと見つめていた──。




