第70話 「お姫様」
休日、俺は家でだらんと過ごしていた。
普段は先輩や竜崎と遊んだりしているが、
たまには一人、家でくつろぐのもいいものだ。
そんなことを思っていると、突然チャイムが鳴った。
(……ったく、宅配便を頼んだ覚えはないぞ〜? くそ〜誰だか知らんが俺のいい休日を邪魔しやがって……)
俺は心の中で毒づきながら眉間に皺を寄せ、
玄関のドアを開けに行った。
そして、ドアを開けると立っていたのは先輩だった。
今日の先輩は、足首まで隠れるロングスカートを履いていて、
上はカーディガンという、なんとも秋らしい服装だ。
全体的にゆったりとしていて、肌の露出が少なく、先輩に似合っている。
それと、手におしゃれで高そうな紙袋を持っている。
「あっ……先輩でしたか」
俺は急いで寄せていた皺を伸ばした。
「ふふ、急に来ていい休日を邪魔してごめんね。でも、皺を寄せて人に対応しない方がいいよ」
「ご、ごめんなさい……っていうか、勝手に顔見ないでくださいっ」
「ふふっ、ごめんごめん」
「まあ、いいですけど。というか、なにか用事があって来たんですか?」
「うん、お見舞いと頼み事があってね」
先輩の話を聞くと、前に竜崎との力比べで俺が負傷したので、
大丈夫か見に来てくれたらしい。
「手は大丈夫かな? 枕木君」
「ふふん、もう大丈夫ですよ。そもそも大した怪我じゃなかったし……もう、いつも通りのパワーを発揮できますよ」
「ふふっ、ならよかったよ」
「でも、先輩は優しいですね。わざわざお見舞いに来てくれるし、お見舞いの品まで……」
「……この紙袋のことかい? これはお見舞いではないよ」
「えっ?」
ずっとお見舞いの品だと思っていた俺は、その言葉に腰を抜かしそうになってしまった。
「お、お見舞いのやつじゃないんですか」
「うん、りゅりゅから、もうお詫びの品を貰ったらしいじゃないか。だから僕はいいかなって」
「そ、そんなあ〜」
「別にお詫びとお見舞いは違うのだから、先輩もくれていいじゃないか」と思ったが、
言葉には出さないようにした。
まあ、言わずとも先輩にはバレてるかもしれないが。
しかし、じゃあ手に持っているそれはなんだというのだろうか。
まさか、他の人に渡すために出かけていた時、
たまたま俺の家の近くに通りがかったから、ついでにお見舞いしにきただけなのだろうか。
そんな邪推をしていると、先輩に「違うよ。枕木君は想像力が豊かだね」と言われてしまった。
「じゃ、じゃあそれはなんですか」
「ほら、さっき頼み事があると言っただろう? タダで頼むのも申し訳ないから、それ用の品ということさ」
そういえば、確かにさっきそんなことを言っていた気がする。
まあなんにせよ、貰えるならなんだっていい。
紙袋が高そうなので、中身にも期待が膨らむ。
「はい、どうぞ。枕木君」
「あ、ど、どうも。ありがとうございます。ちなみに、中身ってなんですか?」
「ふふ、それはね、君の大好きな『高級』お菓子さ」
先輩がニヤニヤしながら、そう言ってくる。
確かに俺は高いものが好きだが、こう言われると、
高い物ばかりねだる、いやらしい男みたいで恥ずかしい。
「こ、高級をそんな強調しないでくださいよ」
「ふふ、ごめんね。じゃあ、家の中にお邪魔するよ」
「え? まあはい……えっ?」
あまりにも自然に家に入ってこようとしたので、
一旦、手で先輩を止めた。
「おや、この手はなにかな」
「なにかなって……そりゃ急に入ろうとされたらビックリしますよ」
「僕の頼み事は、君の家でしかできないからね。もし家の中がダメだったら、僕は帰ることにするさ」
「ええ……」
アポ無しで来ておいて、家に入ろうとするのはどうかと思うが、
よく考えれば先輩はいつもこんなものだし、なによりお土産も貰ったので、
俺は家に入れることにした。
「もお〜先輩じゃなかったら家に入れてませんからね」
「ふふ、ありがとうね。枕木君」
そして、先輩をリビングに招いた。
「とりあえずお茶持ってくるから、ソファーに座って待っててください」
「分かったよ。ありがとうね」
そのあと、お茶を持っていって、俺もソファーに座ると、
先輩がこちらに近づいてきて、俺の膝に座った。
「えっと……なんですか先輩」
「ん? 君の膝は座り心地がいいからね。嫌なら離れるよ」
「嫌ではないですけど……」
「じゃあ、座ったままにするよ。それじゃあ頼み事についてだけど……」
先輩は普通に話し始めたが、膝の上に乗られているせいで集中できない。
……先輩から花のようないい匂いがしてくるし、
先輩の柔らかい感触も、体重がかかってきているせいか、とても感じる。
「……というのをしてほしいのだけど、どうかな?」
話し終えた先輩が、こちらに顔を向け、俺の顔を見てくる。
「……おや、僕が膝の上に座ったせいで聞こえてなかったみたいだね」
「だ、だって先輩を感じて……」
「ふふ、そっか。興奮したかな?」
「してませんっ」
俺は図星を突かれ、衝動的に否定したが、
そもそも、先輩は顔を見たら分かるだろうし、
わざわざ聞いてくるなんて、いじわるな先輩だ。
「まあ、興奮はしていなかったということにしてあげるよ。ちなみに、頼み事は『お姫様抱っこ』をしてほしいんだ」
「えっ?」
「ほら、君が前に言っただろう?『人がいるから嫌だ』ってね。でも、今は二人きりだからね」
「……分かりましたよ。じゃあ、しますから膝から下りて一度立ってください」
「ふふっ、嬉しいよ」
先輩に立ってもらい、俺はその背中と膝の裏に手を回して、抱き上げた。
「えっと……これでいいんですよね」
「うん、あっ、そうだ」
そう言うと、先輩は俺の首に手を回した。
「やっぱりお姫様抱っこは、首に手を回さないとね」
「はあ、そうですか」
「ふふっ、重くないかい? 枕木君」
「ん……まあまあですよ」
「……ふふっ、そっか。『まあまあ』か、君らしいよ」
「君らしい」の意味は分からないが、先輩が嬉しそうにしているので、それでいいのかもしれない。
そのあとも、俺はずっと先輩をお姫様抱っこし続けた──。
「……ねえ枕木君」
「どうかしました?」
「今の僕ね……本当にお姫様になった気分だよ。ありがとうね、枕木君」
先輩が、とても嬉しそうに笑っている。
その笑顔に俺まで嬉しくなってきてしまう。
「ふふ、先輩嬉しそうですね。そんなにお姫様になれたのが嬉しかったですか?」
「うん、嬉しいよ……君にとってのお姫様になれたみたいで……」
先輩は俺の顔を見ながら、頬を赤らめてそう言った。
……先輩が、俺に気持ちを伝えてくれた。
だったら、俺も先輩に気持ちを伝えたい。
「お、俺にとっては、前からずっとお姫様ですけどね……」
言ってしまった。
少し恥ずかしい台詞を口にしたせいで、自分の体温と心拍数が急激に上昇していくのを感じる。
先輩も俺が喋ってから黙っているし……。
そんなことを思っていると、先輩は赤かった頬をさらに赤らめて笑った。
「ふふふ、そっか、僕はもうお姫様だったんだね」
「な、なんで笑うんですか」
「……ははっ。だって顔を見ても、同じ言葉しか見えてこないから、本当にそう思ってくれてるんだなって思っただけさ」
「も、もお〜。恥ずかしいんですから、顔見たり笑ったりしないでくださいよっ」
「ふふ、ごめんね」
そのあとも、俺たちはお姫様抱っこを続け、
しばらく経ってから先輩をゆっくり下ろした。
「……お姫様抱っこ、ありがとうね。枕木君」
「べ、別に大丈夫ですよ」
「そっか、そしたら僕はそろそろ帰るね」
「あっ、そしたら……玄関まで見送りますよ」
「優しいね、枕木君」
そして先輩は玄関へ行き、靴を履いてドアに指をかけた。
すると、先輩はこちらを向いてきた。
「忘れ物とかありましたか?」
「ん? ただ君に、最後にもう一度お礼を言いたかっただけさ」
「そうでしたか」
「ふふ、じゃあ今日はありがとうね。僕の『王子様』」
先輩の思わぬ一言に、一瞬フリーズしてしまった。
先輩は俺のことを王子様だと思っていたのか。
なんてことを考えていると、お姫様抱っこの時のように先輩が顔を赤くし、
俺から顔を背けるようにドアの方を向いた。
「や、やっぱり、今のは恥ずかしいから……忘れてほしいな」
「えっ、あ、はい」
「じゃ、じゃあね」
先輩は空気に耐えきれなくなったのか、そそくさと外へ出ていった。
……忘れてほしいとは言っていたが、忘れることなんてできないだろう。
だって、先輩が俺のことを大事に思ってくれていたのだから──。
そして、休みが明け学校の日の朝──。
「あ……やあ、枕木君……」
「ど、どうも……」
昨日のせいで、お互い恥ずかしくなり、
しばらく俺たちは顔を見て喋れなくなってしまった──。
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