第69話 「力比べ」
それは突然だった。
「やあ、枕木君。突然だけど力比べをしないかい?」
いつものように校門に立っていた先輩と話している最中、
本当に突然、先輩はそう言い出した。
「えっ? なんですか急に」
「ふふっ、君の力と僕の力がどれだけ離れているのか気になってね」
「まあ、いいですけど……ここでやるんですか? 他の生徒いますよ」
「その点は問題ないさ、さっ、校舎裏へ行こうか」
そして、俺は先輩に連れられ、校舎裏へと向かった。
……しかし、なぜ急に力比べを提案してきたのか俺には分からない。
先輩の力は俺に遠く及ばないというのは分かっているはずだというのに、
わざわざ俺と勝負するなんて、実は筋トレでもしているのだろうか?
まあ、なんにせよ挑まれたからには受けるしかない。
「さて、ここなら人はいないよ。早速やろうか」
「そういや、どうやって比べるんですか?」
「それは『手四つ』さ。ほら、手を出して僕の手を握って」
俺は先輩と指を組み、手四つの体勢になった。
この体勢になって改めて気づいたが、先輩の手は俺より一回り小さく、
それでいて腕も、あまり力があるとは思えない細さだ。
正直、俺が力を入れすぎたら折れてしまいそうで不安になってくる。
すると先輩が俺の顔を見つめてきて、そのあと少し笑った。
「心配してくれるなんて、君は優しいね。まあ、さすがに折れることはないだろうし、万が一折れても賠償を君に求めることはないし大丈夫さ」
「そういう問題じゃないですけど……じゃあどうなっても知りませんからね」
「ふふっ、そうこなくっちゃ。じゃあ、いくよ。よーい、スタート」
先輩の合図と共に、俺は力を込め始めた。
……俺は筋トレなどもしていないし、力にも自信があるわけではないが、
そんな俺の力を、先輩の力は大きく下回っている。
全力で握っているのか、腕が少し震えているが、全く痛いともなんとも思わない。
こうなることはなんとなく分かっていたはずだが、先輩は何のためにこんな勝負を挑んできたのだろうか。
「……まだ枕木君は本気じゃないでしょ」
「そりゃそうですよ」
「それじゃダメだよ……ほら、本気でやって……」
「……じゃあ本気でやりますけど、後悔しても知りませんからねっ」
俺は本気で力を込めた。
すると、先輩の力が弱くなっていく。
顔も少し、辛そうだ。
「はは……容赦ないね枕木君」
「先輩がやれって言ったんじゃないですか」
「そうだよ……だから大丈夫さ」
だが、さらに先輩の力が弱くなっていき、
そろそろ限界そうだと思った俺は、先輩に勝負の終了を提案した。
「……もう止めていいですか」
「ん……いいよ」
俺が組んでいた手を離すと、先輩は力が尽きたのか腕をぷらんとさせ、
息も絶え絶えになっている。
「はっ……はあ……枕木君はやっぱり強いね」
「先輩が弱いんですよ。それより、なんで挑んだのか教えてくださいよ」
「ん……? それはね、僕が……君に勝てないって、再確認したかったんだ……」
「はい? 意味が分かんないですよ」
「……単純に言うと、君が本気になったら、僕は逆らえないってことさ」
先輩は息切れで顔を赤くし、トロンとした目でそう言った。
言ってる意味は分からないが、その顔は俺をドキドキさせるには十分なものだった。
「な、なに言ってんですか」
「ふふっ……君はまだ分からなくていいのさ。さて、僕は教室へ行くよ。またね……」
そして、先輩は足をよろめかせながら歩いていったが、途中で足をもつれさせ転んだ。
幸い、怪我はなさそうだったが心配なので、
俺は赤ちゃんを抱っこするように先輩を対面抱きにして、教室まで運んでいった。
「もお〜。先輩は体力がないんですから、自分の体力を考えて挑んでくださいよ」
「はは、ごめんね……でも、こうして運んでもらえるなら悪くないかもね」
「そんなこと言うなら次こうなっても運びませんからねっ」
「ふふっ、君と話すのは楽しいね。それとさ……」
「ん? なんですか」
「その……お姫様抱っこで運んでみてほしいな……」
この状態でさらに要望を重ねるなんて、なんて厚かましいんだ。
「今は他の生徒いるから嫌ですよ」
「はは、じゃあ人がいなければやってくれるんだ」
先輩がニヤけながら俺を見つめてくる。
……こんなからかいに心を乱してはいけない。
俺は先輩の方を見ずに、急いで先輩の教室前まで行き、先輩を下ろした。
「はい、教室ですよ」
「ありがとうね、枕木君」
「はあ……もう変なことして運ばせないでくださいよ」
「ふふっ、気をつけることにするよ。それじゃあ、またね枕木君」
そして、先輩は教室へ入っていった。
……力比べのあとに言っていたことの真意は分からないが、
まあ、朝から先輩の手に触れ、さらに抱っこまでできたからいいのかもしれない──。
お昼休み──。
「……りゅりゅは優しいね。本気でいいよって言ったのに本気じゃないなんて」
「先輩に本気は出せませんわ……」
「ふふっ、そっか」
お昼休みにいつもの場所へ行くと、先輩と竜崎が手四つをしている。
……そんなに先輩は力比べをしたいのだろうか。
それはともかく、竜崎が本気を出さないのが気に食わない。
本気を出した俺が悪いみたいになるからだ。
「あ、枕木君だ」
「……またやってるんですか」
「そうさ。でも、今回は僕も力をセーブしているから朝みたいなことにはならないよ」
「そうですか……っていうか竜崎はなんで本気出さないんだよ」
「先輩を傷つけるわけにはいきませんわ」
「ふふ、優しいね」
……許せないっ、先輩が本気を出してと言っているのだから本気を出すべきだろうっ。
じゃないと、本気を出した俺がバカみたいじゃないかっ。
そして、俺は思っていることを口に出した。
「ええいっ竜崎。本気で戦えぇっ」
先輩と竜崎が少し困惑している。
「どうしたの枕木君」
「だ、だって俺は本気で戦ったのに竜崎は本気出さないなんておかしいですよ。俺は本気を出したのにっ」
「別に君は君、りゅりゅはりゅりゅでいいじゃないか」
「私が本気を出さないのは、先輩を傷つけないためですわ」
「そんなの俺は納得できないぞっ」
二人はさらに困惑している。
「……枕木君は変な所を気にするんだね、君らしいよ。あっ、そうだ。なら枕木君とりゅりゅが本気で力比べすればいいんじゃないかな」
「なるほど、それはいい提案ですわ。私があなたと本気で力比べをすれば、この力を先輩に向けるわけにはいかないと気づくはずですわ」
「言ったな竜崎い〜。もし俺より弱かったら本気で先輩を握ってもらうからなあっ」
そして俺は朝に先輩とやっていたように、竜崎と手を組み、力比べの体勢になった。
竜崎の腕は、先輩ほどとは言わないが、かなり細い。
正直、俺が負ける未来が見えない。
「……いきますわよ。早めにギブアップしてくださいね」
「ふんっ、大げさだな竜崎」
「それじゃあ僕が合図するよ。よ〜い始めっ」
先輩の合図と共に、俺は力を込めた。
その時「すぐ勝てる」と思っていた俺に鈍い痛みが走る。
なんだと思い、手を見ると、竜崎の指が俺の手にめり込んでいるのが見える。
「い、いだだだだっ。力強すぎだろ……っ」
「ちなみに、まだ本気じゃありませんわ。しかし、本気でやると決めたのでさらに強くいきますわよ」
そして、さらに竜崎が万力のような握力でこちらの手を握り、指がめり込んでくる。
そのあまりの力に俺の手が悲鳴をあげ「ミシッ」という音が聞こえてくる。
もう俺は、その痛みに耐えることはできなかった。
「ギっ……ギブっ、ギブアップウウっ」
思わず心が折れ、ギブアップを口にしてしまった。
……確かにこれは、先輩にやったら大変なことになりそうだ。
「あら、もう終わりですのね」
「当たり前だろ……強すぎんだよ……」
「ふふっ、でも本気でって言ったのは枕木君だけどね」
「先輩うるさいっ」
「ふふふっ」
「とにかく、これで分かっていただけましたか?」
「十分すぎるほど分かったよ……」
そして、俺は敗北の痛みを噛み締めながら、その日の昼休みを過ごした。
だが、問題はここからだった──。
(痛っっ)
俺は勝負の後遺症で、その日は一日中手を痛めてしまった。
それはもう、シャーペンすら持てないほどに。
……自分で勝負を挑んでおいてボロ負けなんて俺はなんて恥ずかしいんだ。
一応、あとで竜崎から高そうなお詫びの品と、謝罪が来たので気にしてはいないが、
もう、竜崎に力比べを挑むのはやめよう──。




