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第64話 「偽物」

 休日、特に先輩たちに誘われなかったので、

家でのんびり過ごしていると、チャイムが鳴った。


(チャイム……? 宅配便とかは頼んだ覚えがないけどな……。あ、もしかして先輩かな? もーっ、アポ無しで来るとか困っちゃうなー、でも先輩なら家にあげるしかないなー)


 俺は弾んだ足取りで玄関へ行き、ドアを開けた。

すると、俺の予想通り先輩が立っていた……が、いつもと少し雰囲気が違う。

休日になぜか学校の制服を着ている。

まあ、これは先輩でもやりそうではあるが、

他にも目元にクマがあるし、背も丸まっていて猫背っぽい。

目の前の先輩は、本当に先輩なのだろうか?


「えーっと……先輩じゃないですよね」


 俺は恐る恐る、聞いてみた。

話しかけられた先輩っぽい人は焦っているのか、手をバタバタと動かし、

俺と目を合わせないまま口を開いた。


「ほ、本物だよ。わ、わた……僕はマオさ。遊星君とあ、遊びたいと思ってね」


 なんだか言葉が噛み噛みだし、先輩は俺のことを「遊星」呼びはしてこないはずだ。


「んー? 先輩は基本、俺のことを『枕木』って呼ぶのに、今日は『遊星』なんですね」

「えっ……そ、そそ、それは気分転換さ。そ、それより、家に入れてもらえると嬉しいなぁ……」


 先輩っぽい人は、間違いを指摘されたせいか、さらに噛み噛みになり、

さらに声も小さくなっていく。

……怪しい。

俺はもう一度、目の前の人の見た目をよく確認してみた。


 すると、髪の一部分に染め忘れなのか、金髪が見える。

間違いない、目の前の人はリオさんだ。

そう考えると、目元のクマも猫背っぽいのも頷ける。

制服は……どうせ勝手に借りたのだろう。


「リオさんですよね?」

「ひいっ、な、なんで分かったの……」

「そりゃ分かりますよ……口調はそれっぽいけど噛みすぎだし、髪も染めれてない部分ありますよ」

「えっ、嘘。家出る前にちゃんと確認したのにぃ……慰めてよ遊星君」

「ええ……」


 そのあと、うつむきながら近づいてきたリオさんを、

背中をさすって慰めていると、今度はリオさんっぽい人が来た。

……なんとなく分かる。これは先輩だ。

髪は完璧に金髪になっているが、リオさんにしては姿勢が良すぎるし、大人っぽすぎる。


「やあ、枕木君。リオだよ、お姉ちゃんを迎えに来たよ」

(先輩、リオさんに寄せる気ないな……髪染めただけの先輩じゃないか)


 そんなことを思ったあと、俺は一応聞いてみることにした。


「えっと、先輩ですよね」

「うん、お姉ちゃんが急にワンデイ髪染めして、僕の制服をいつのまにか盗んだあと、家を出てったんだ。でもお姉ちゃんが来る場所なんか、君の家くらいしかないだろうし、それで来てみたら案の定ここにいたということさ」

「まあ、それは分かりましたけど……先輩も髪染めてリオさんのふりする理由はないですよね?」

「せっかくだからね」


 なにがせっかくなのかは分からなかったが、

とりあえず俺はリオさんを先輩に引き渡した。


「さようなら、リオさん」

「びええ……枕木君の家に入れると思ってたのにぃ……」


 家に連れ戻されるのが嫌なのか、リオさんが鼻水を垂らしながら泣いている。

……可愛いが、相変わらず振る舞いが小学生レベルだ。

本当に先輩の姉なのだろうか。


「枕木君に迷惑かけたらダメだよお姉ちゃん。ほら、帰るよ」

「じゃあ遊星君も家まで着いてきてよお……」

「おや、それはいい提案だね。どうかな枕木君?」

「ええ……まあ、いいですけど……」


 なぜか俺まで先輩の家に行くことになってしまったが、

先輩の家に行けるのならいいのかもしれない。


 そのあと、俺たちは楽しく会話しながら歩き、先輩の家に着いた。


「着いたね、せっかくなら少しでいいから上がっていってよ枕木君。お茶とお菓子を出すよ」


 本当は家まで送ったら帰るつもりだったが、

お菓子を出してもらえるなら行くしかない。

先輩の家のお菓子はきっと、何千、何万円とする高級なものだろう。

なんて楽しみなんだ。


「え、いいんですか。じゃあお言葉に甘えて……」


 すると、先輩が俺の顔を覗き込んできた。


「ふふ、枕木君は高いものに弱いね」

「ななな、そんなこと思ってないですよっ。あと顔見ないでくださいっ」

「ふふっ」

「遊星君、家に入るの? やったあ」


 そして、俺たちは家に入り、手洗いうがいを済ませてから、

リビングへ向かった。


「じゃあ僕はお茶とお菓子を持ってくるから待っていておくれよ。あ、お姉ちゃんは早く着替えて僕の制服を返してね」

「むぅ……しょうがないなあ……」


 そう言い、先輩はお菓子、リオさんは着替えのためにリビングから離れ、俺一人になった。


(ふう、まさか今日先輩の家に来れるとは思わなかった。まあ、嬉しいからいいけど……それより、お菓子楽しみだな。直接値段聞くのはあれだからお店の名前だけ聞いて帰ったら調べよ……)


 そんな邪な考えをしながら待っていると、先輩がお茶とお菓子を持って戻ってきた。


「はい、枕木君のお茶とお菓子だよ」

「おおっ……お?」


 俺はウキウキでお菓子を見た。

だが、そのお菓子は小袋に入っていて、そこには「たけのこの森」と書いてある。


「えーっと……これは……」

「ん? 知らないかい? 『きのこの木とたけのこの森』有名なお菓子さ。僕が好きなんだ」

「へー……先輩はたけのこ派なんだ……じゃなくてっ、これスーパーに売ってる……」

「うん。普通のお菓子さ。そもそも、僕は高いお菓子があるなんて言ってないよ。枕木君は高いものが好きだねえ。ふふ、食べないなら、僕が貰ってあげるよ」

「た、食べますよっ」


 俺は高いものじゃなくて残念な気持ちと、そんな浅ましいことを考え、

見抜かれてしまった俺への怒りを感じながら、

先輩と二人でお菓子とお茶をいただいた。

……美味しい。やはり値段なんか関係なく美味しいものは美味しいのだ。

ちなみに俺はきのこ派だ。

そのあと、着替え終わったリオさんが戻ってきた。


「着替えたよ〜って、私抜きでもう先に食べてるっ」

「あっ、す、すみません」

「ふふっ、ごめんね」

「もお〜まあいいけど……お、たけのこだ。嬉しい〜」

「この前買っておいたのさ、ほら、おいでお姉ちゃん」

「うんっ」


 そして、リオさんは先輩の膝の上に座って、お菓子をばくばく食べ始めた。

リオさんが満点の笑みになっている。

……小さい子供みたいで可愛い。

そのあとも、三人で話しながらゆったりとした時間を過ごしていると、

先輩のお母さんがやってきた。


「あら〜いつのまに帰ってきてたの? ふふ、リオとマオが髪色変えてて分かりにくいわ〜……って遊星君もいるじゃない」

「あ、お邪魔してます……」

「ふふふ、いいのよ〜……あ、そうだッ。ちょっと待っててね遊星君」


 そう言うと、お母さんはどこかへ行った。


「……なんでしょうか先輩?」

「さあ? でも、お母さんは割とテンション次第で変なことをするよ」

「そうだよ、遊星君」

「はあ……」


 姉弟揃って「お母さん変なことをする」と言われたが、

そんなにお母さんは変なことをしてくるのだろうか?

少し気になってくると、ちょうどお母さんが戻ってきた。

だが、その姿は衝撃的なものだった。


「ハロー、枕木く〜ん。マオよ〜」

「え、あっ……」


 お母さんは、どこのものか分からないが制服を着てきた。

だがサイズが合っていないのか、服が可哀想なくらいパツパツで、

お腹やいろいろな場所がはみ出ている。


 ……お腹などは引き締まっていてスタイルはいいが、俺はなんて言えばいいのだろうか。

しかもなぜか先輩を名乗っているし。

……なんというか、自分の親世代の制服姿というのは、

見ていてなんとも言えない気分になってくる。


「どうかしら〜枕木君」

「えっと……あの……」

「お母さん、枕木君が困っているよ」

「マオたちがお互いのふりをしてたから私もしたくなっちゃったのよ〜。ごめんね遊星君」

「あっ……はい……」


 俺はお母さんの体から目を背けながら話した。

そんなこんなしていると、リオさんが口を開いた。


「お母さんの制服姿キツッ。自分の年齢を考えた方がいいよ」


 リビングの空気が凍りついて、お母さんがピクピクしている。

だが、リオさんは口を閉じない。


「しかも子供の友人の前だし……もういい年なんだから、テンションに任せてそんなことしないでね。子供として恥ずかしいよ」


 言い切ったリオさんは、そそくさと自分の部屋へ戻って行った。

お母さんはリオさんの言葉にショックを受けたのか、その場にへたり込んだ。


「そ、そんなに言わなくても……お母さん悲しいわ……」

「えっと……大丈夫ですよ。似合ってますから」


 一応、俺は慰めた。


「ほ、本当? 遊星君は優しいのね」

「ははは……」

「お母さん」

「ん? マオも慰めてくれるの? マオも優し……」

「僕はお姉ちゃんと同意見だよ。やめてほしいな」


 先輩に追撃されたお母さんは、そのまま泣いた──。

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