第63話 「女声」
俺は休日に、先輩から貰った女子制服を着て、鏡の前で女装を楽しんでいた。
……素晴らしい。
動くたびに少し揺れるスカート、胸元についている可愛らしいリボン。
その全てが、俺の目には魅力的に映った。
それに自分で言うのもなんだが、制服を着ただけで、俺は結構女の子らしく見えると思う。
以前、先輩にメイクをしてもらった時ほどではないが、自分を見ているだけで、ときめいてくる。
(俺……可愛いな)
そんなことを思いつつ、鏡の前で女の子座りなどをして楽しんでいると、
突然、先輩から電話がかかってきたので、俺は電話に出た。
「ふふ、突然ごめんね」
「どうしましたか、先ぱ……」
その時、俺はあることに気づいた。
俺の声は、いつもの……男の声だ。
それに気づいた瞬間、一気に現実に引き戻される気がした。
俺は……ただの男なんだ。
ショックで、思わずスマホを床に落とした。
「枕木君……? どうしたの枕木君、大丈夫……?」
「はは……なんでもないです。ただ、男だっただけです……」
「……どうやらなにか悩んでしまっているみたいだね。そしたら、今から君のところへ行くね」
「……えっ?」
しばらくすると、本当に先輩が来た。
俺は急いで女子制服から着替え、女装していたことがバレないようにした。
「やあ、急にごめんね。大丈夫かな、枕木君?」
「まさか本当に来るとは……。まあ、大丈夫ですよ。ただのくだらない悩みです」
俺は先輩に顔を見られないよう、背を向けて喋った。
……いや、よく考えれば先輩にならバレてもいいかもしれない。
そもそも先輩には女装を見せたことがあるし、
なにより、先輩の声は女の子のような声だ。
どうやって声を出しているのか聞けば、俺も似たような声が出せるかもしれない。
そう閃いた俺は、一瞬で180度回転し、先輩の方を向いた。
「枕木君……? 急に回ってどうし……」
「先輩っ、その声の出し方教えてくださいッ」
俺は先輩の言葉を遮り、両手を握りながら大声で言った。
先輩は驚いたのか、一瞬目を丸くしたあと、俺の顔を見つめた。
「……ふうん、そういうことだったんだ」
「顔見て、俺の悩みを分かってくれましたね? じゃあ教えてください」
「出し方って言われても……僕のこの声は作ってるんじゃなくて地声だよ」
「え……」
それを聞いた瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。
「そ、そんなあ……先輩なら適任だと思ったのに……」
「ごめんね。まあ、君が元気そうだし、僕は帰るとするよ。またね」
先輩が帰ろうとしたので、俺は先輩の足を掴み、引き止めた。
「先輩……まだ行かないでえ……」
「……」
先輩が、引いたような目でこちらを見てくる。
「……はあ、しょうがないね。せっかく来たんだし、もう少し居させてもらうよ」
「や、やったあ」
俺たちはリビングへ行き、先輩と話し合った。
「先輩、どうすればいいですかね」
「どうすればって……別に声はそのままでもいいんじゃないかな。女の子の格好なのに男声ってギャップがあっていいしね。それか、女装中は喋らないとかでもいいかも」
「俺、喋りたいです」
「じゃあ練習すればいいじゃないか。というか、最初から決まってるなら僕に聞かないでおくれよ」
「先輩の声が聞きたくて……」
それを聞いた先輩は、少し嬉しそうに笑った。
「ふふふ、そっか。しかし、やっぱり女声を出したいなら練習がいいと思うな」
「やっぱ、そうですか……分かりました。俺、練習します」
「ふふ、その調子さ。それじゃあ僕は帰るね」
「は、はい……そういえば、電話かけてきた理由ってなんですか?」
「ん? 枕木君の声が聞きたかっただけさ」
どうやら、大した理由ではなかったらしい。
そして先輩は帰っていき、俺はネットで調べ、声の練習を始めた──。
その後も、毎日欠かさず練習を続けて、ついに──。
ある日の朝──。
「ん、こほっ、これで……うん。いい感じ」
俺は少し響くような男の低音から、
鈴を転がすような、澄んでいて心地のよい声を出すことに成功した。
きっと、誰が聞いても女の子だと思ってしまうはずだ。
そして、女声になったならやることは一つ。
俺は押入れから女子制服を取り出し、着替えた。
「ああ、完全に俺、女の子じゃん……。せっかくなら、一人称とかも女の子っぽくしよ。こほこほ、私、枕木遊星と言います。これから、よろしくお願いいたします」
鏡に向かって、俺は喋った。
傍から見ればおかしい奴に見えるかもしれないが、俺は今、最高に楽しいっ。
そんなことをして楽しんでいると、外から朝のチャイムが聞こえてくる。
そうだ、今日は学校があるんだった……せっかくだし、先輩に聞かせてあげよう。
俺は急いでいつもの制服に着替え、支度をして学校へ向かうと、校門に先輩が待っていた。
「おはよう、枕木君」
先輩がいつものように挨拶してきたので、俺は女声で挨拶をした。
「おはようございます、先輩」
「……おや、マスターできたんだね」
「ふふ、そうなんです。可愛い声だと思いませんか?」
「そうだね。その声は君の努力の結晶だよ」
「へへへ」
俺は先輩に褒められて、いい気分のまま教室へ入り、
そのあと、ホームルームが始まった。
「えー、では出席確認を行います。えー、枕木君」
「はい」
……まずい。
思わず女声で返事をしてしまった。
すると、クラス中からこそこそ話しているのが聞こえてくる。
しかも、みんな俺のことを見つめてきて──。
お昼休み──。
「やあ、枕木君。授業どうだったかな?」
「もう出さない」
「え? どうかしたの枕木君……? りゅりゅは、なにか知っているかい?」
「……それは、可哀想なので言えないですわ」
「もう……俺、女声出さないぃ……」
俺は、しばらく今日のホームルームの出来事を引きずった──。




