第62話 「もう嫌だ」
「先輩、もう学校嫌です〜」
俺は朝、校門で俺を待ってくれていた先輩に、
学校の愚痴を話していた。
そもそも、少し前まで夏休みで自由だったというのに、
急に自由時間がガクッと減り、その上宿題まで出してくるような、
鬼畜な学校に文句を言わない方が難しい。
「ふうん、そっか。枕木君、君は学校が始まったばかりなのに、こんなに文句ばかり言って、これまでどうやってきたのか僕には不思議でしょうがないよ」
「それは……気合いで……」
「じゃあ、今回も気合いで頑張ってね。応援してるよ枕木君。それじゃあね」
先輩はそう言って、教室へ向かっていった。
先輩は基本、俺の話を真剣に聞いてくれるが、
愚痴の時だけはテキトーに流してくる。
確かに、俺の愚痴は暗くて長くて、聞きたくないものだと自分でも分かっているが、
それでも、先輩には聞いてほしい。
でも、先輩が聞きたくないのも……。
そんなことを頭の中でぐちぐち考えながら、
俺は午前の授業を受けた──。
そしてお昼──。
「やあ、枕木君」
「あ、どうも……」
午前の授業を終え、昼休みになった俺は、
久しぶりに、いつもの場所に三人で集まって、お昼を食べながら話していた。
「枕木君、久しぶりの授業はどうだったかな?」
「どうって……もう嫌ですよ。ああー、夏休みに戻りたい〜っ」
「はあ、あなたの愚痴も久しぶりに聞きましたわ。いつ聞いても情けないですわね」
「なんだと竜崎っ」
俺と竜崎が言い争っていると、先輩が笑った。
「ふふふ、騒がしくて楽しいね。でも、いつまでも愚痴られたら、ご飯が美味しくなくなってしまうよ……そうだ、せっかくだし楽しくなるようなことを考えようよ」
「楽しくなることってなんですか……?」
「秋の学校行事さ。考えるだけで、きっとワクワクしてくるよ」
「はあ……」
そのあと、先輩は「枕木君の学校生活を楽しくしてあげようの会」と称して、
秋の学校行事を挙げていった。
……が、俺の心が動くことはなかった。
そもそも、学校が嫌なのに学校行事でテンションが上がるわけがないのだ。
「ふうん、枕木君の『学校楽しくないよ愚痴が止まらないよ病』は一筋縄では解決しないね」
「なんすかそれ……」
「僕が命名したのさ……おっと、そろそろ午後の授業が始まるね。じゃあまたね枕木君」
「そしたら、私も教室へ行きますわ」
そして、二人は教室へ戻っていった。
……久しぶりにお昼休みに三人で集まったというのに、
俺は愚痴ばかりで、得たものは先輩から宣告された意味の分からない病名だけだ。
なんて、情け無い男なんだろう。
そのあと、俺も落ち込んで地面の方を向きながら、
教室へ戻り、授業を受けた。
そして──。
(はあ……ようやく授業終わった。さて、校門で待ってるであろう先輩に会いに行くか……)
だが校門へ行っても、先輩はいなかった。
少し待ってみたが、先輩が来ることはなかった──。
(もしかして、俺にまた愚痴られると思って、帰っちゃったのかな……それも当然か……あんなに愚痴ばっか言ってたら……)
俺は、自分の行いがいかに愚かで、人を嫌な気持ちにさせるものだったのかということを、
反省しながら、家へ重い足取りで帰った。
そして、家へ着き、ドアの鍵を開けようとすると「あ、来たね」という声がした。
「え、そ、その声は……」
「僕だよ、枕木君。驚かせてごめんね」
「ど、どうしてここに……」
「ふふ、それはね……」
先輩の話によると「放課後なら、時間があるし、君の愚痴を聞いてあげるよ」とのことらしい。
こんな愚痴ばかりの俺に優しくしてくれるなんて、先輩は……先輩は……。
「感動するのはいいけど、家に入ってからでもいいんじゃないかな」
「あっ、はい」
俺たちは、家に入り話し始めた。
「それじゃあ、君の愚痴を聞かせてほしいな」
「え、いいんですか……?」
「うん。放課後だから時間はあるし、今は愚痴を覚悟してるから大丈夫さ。ほら、話してみて、僕が聞いてあげるから」
先輩が胸を軽く叩いている。
「この胸で受け止めてあげる」ということだろうか。
……俺は、先輩の優しさに甘え、愚痴を話した。
休み明けで、単純に学校が面倒くさいことや、
宿題やグループワークが嫌なことなど、全てを話した──。
「そうなんだ。ふふ、君は嫌なことがいっぱいだね」
「もお〜笑わないでくださいよ……」
「でも、話して少しスッキリしただろう?」
「……まあ」
「ふふっ、ならよかったよ。じゃあ最後に『あれ』をしてあげるよ」
「……『あれ』ってなんですか?」
俺が先輩にそう聞くと、
先輩はなにも言わずにこちらに近づいてきて、
そのまま俺を抱きしめてくれた。
「えっ、な、なんですか」
「ん? ご褒美さ。嫌なことがいっぱいあるのに、それでも頑張ってる枕木君は偉いよ」
そう言いながら、先輩は俺の背中を優しくさすってくれる。
……先輩は、まるで聖母のように優しい。
「先輩……ありがとうございます」
「ふふ、これで君の『学校楽しくないよ愚痴が止まらないよ病』も終わりだね」
「だからなんなんですかその病名……」
「ふふっ」
なにはともあれ、俺は先輩に愚痴ることで、心の霧が晴れたような気がした。
これで、明日から学校生活を楽しく過ごせるはずだ──。
次の日の朝──。
「先輩、学校嫌です。でもそれでも頑張ってるから俺、偉いですよね。ぎゅーってしてください」
「……はあ、そう来るとはね。まあ、ぎゅーっとしてあげるから、少し屈んでくれるかな」
「え、なんで屈む必要が……別にいいですけど……」
指示に従って屈むと、先輩がヘッドロックを極めてきた。
「あだだっ、なにするんですかあっ」
「お望み通り、ぎゅーっとしてあげてるのさ。うりゃうりゃ」
「あだだだだだっ」
どうやら、いつでも抱きしめてはくれないらしい──。




