第61話 「久しぶり」
朝、俺は内心「行きたくねー」と思いながら、
渋々準備をして、家を出て学校へ向かった。
……夏休みが終わり秋に近づいたせいか、風がいつもより冷たく感じる。
ああ、学校へ行くと思うと足取りが重くなってしまう。
いっそこのまま遅刻してしまおうか……。
などと思いながら歩いていると、後ろから背中を軽く叩かれた。
「な、誰だあっ」
俺は叩いてきた奴の正体を暴くため、勢いよく振り向いた。
「僕だよ、枕木君」
「せ、先輩?」
どうやら、叩いてきたのは先輩だったらしい。
それはさておき、先輩と通学中に出会うなんて珍しい。
普段は校門の辺りで待っているはずなのに。
「な、なんでここにいるんですか」
「君が『学校嫌だよ〜』ってなってるか心配になっただけさ」
「はあ……まあ、嫌ですけど……」
「ふふ、やっぱりね。じゃあ僕を見て」
そう言うと先輩は両腕を大きく広げた。
急な行動に、俺はなにを考えているのか気になり、先輩の顔を見ると、
なにか自信を感じるような、そんな表情だった。
「えっと……腕広げてどうしました? あと見るって……?」
「ん? 制服の僕だよ。ほら、夏休みは私服だっただろう? ほら、よく見て元気を出してほしいな」
「はあ……」
確かに、夏休みの先輩は私服ばかりで、
制服を見るのは久しぶりだ。
……だが「可愛い」とか「綺麗」とか「美しい」とは思うが、
別に元気は出ない。
それより学校が嫌という気持ちの方が強い。
「どう? 元気が出たかな」
「まあ……はい」
俺は先輩の言葉に肯定的に答えたが、
その返事を不審に思われたのか、俺の顔を見てきた。
「どうやら制服の僕では足りなかったようだね」
「足りないっていうか……それより学校が嫌っていうか……」
「ふうん、そっか。じゃあこれならどうかな」
先輩は俺の横に来て、
腕を絡ませて、くっついてきた。
「ちょ、なにするんですかっ。他の生徒に見られたらどうするんですかっ」
「別にいいじゃないか、これくらい。昨日キスしたんだしね」
「キ……キス……」
先輩の言葉をきっかけに、昨日の記憶が蘇ってくる。
浴衣の先輩や、花火の光景、ただ一番は先輩の唇の感触……。
「だああああっっ」
先輩とのキスの思い出は、朝の俺には強烈すぎる。
俺は思い出した衝撃で、叫んでしまった。
「……ふふ、そんなによかったかな枕木君」
先輩が微笑みながら、こちらへ話しかけてくる。
……叫んでしまったのが恥ずかしい。
先輩の顔も、心なしか俺をからかっているかのように見える。
その顔を見た俺は、恥ずかしさのあまり、逃げるように先輩の腕から離れ、ダッシュで学校へ向かった。
ダッシュしている最中、先輩から「気をつけてね枕木君」と言われた気がするが、もうそんなの関係ない。
そのあと、俺は全力で走って校門を通り、その勢いのまま教室へ入った。
(はあ……。先輩がからかってくるせいで、いつもより早く教室に来ちゃったじゃないか)
そんなことを思いながら、席に座ってホームルームを待っていると、
俺は見慣れていて、それでいて少し懐かしい顔を見つけた。
(あ、竜崎じゃん)
海を最後に、竜崎は海外旅行へ行き、夏休み中は会っていないので、
だいぶ久しぶりな気がする。
普通なら「おっ、久しぶりじゃーん。海外どうだった?」と話しかけたりするのだろうが、
竜崎は他のクラスメイトに囲まれていて、話しかけるのが恥ずかしいので、
俺は機を窺いながら、竜崎の方を見つめた。
そのままじっと見つめていると、竜崎の周りのクラスメイトに、
見つめているのがバレてしまった。
「やだ〜、なんかあの子すごいこっち見てくるんだけど〜」
(やべ……めんどくさいことになったぞ……)
俺がどうなるのか想像し、恐怖に震えていると、
竜崎がこっちに来た。
「……着いてきてください」
「えっ?」
「いいから来てください」
俺は竜崎に連れられ、
教室を出て、人が来ない場所へ移動した。
「な、なんだよ竜崎」
「あのまま教室にいると、面倒なことになると思っただけですわ」
「まあ助かったよ……というか、俺に気づいてたのか?」
「いえ、影が薄くて周りが言及するまで、私は気づきませんでしたわ」
「……俺の影が薄いだと? こいつ、ナチュラルに失礼なことを言いやがってえ〜」と思ったが、
あれ以上騒ぎになる前に助けてくれたし、
俺はその思いを言わないことにした。
「とりあえず、久しぶりですわね」
「まあ、久しぶりだな」
「では、そろそろ教室に戻りますわ」
「えっ、もう終わりかよっ」
俺はもう少し、なにか言われるかと思っていたので、驚いてしまった。
「もう少しなんか…あるだろ。先輩と二人きりでどうだったかとか…」
「それは別にあなたじゃなく、先輩に聞けばいいですわ」
思わず「確かに」と思ってしまった。
しかし、竜崎はなんて嫌なやつなんだ。
「それと、海外旅行のお土産があるので、今度渡しますわね」
「ほ、本当か!?」
やっぱり竜崎はいいやつだ。
そのあと、俺たちは教室へ戻り、
校長先生の話をプロジェクター越しに聞いた。
小中学生の時は直接聞いていたというのに、今は教室で聞けるなんて便利になったものだ。
そのあと、クラス委員長の竜崎が少し連絡事項を話し、今日の学校は終わった。
始業式は終わるのが早くて助かる。
そして、帰ろうと校門へ向かうと、先輩が立っていた。
「やあ、待っていたよ枕木君」
「……なんですか」
「だって朝、君に逃げられてしまったからね」
「そ、それはだって先輩がキスのことを……」
俺が言おうとすると、竜崎がやって来てしまった。
「お久しぶりですわ、先輩〜」
「久しぶりだね、りゅりゅ」
「先輩は相変わらず、お綺麗ですわ」
先輩と竜崎が楽しそうに話している。
……キスのことは聞かれていないだろうか。
竜崎にそのことがバレたら「ズルいですわっっ」とか言いながら、
先輩にキスを迫るかもしれない。
そんなこと、俺は許せないっ。
「ところで先輩、先ほど、キスがどうとかの話をしていませんでしたか?」
(ま、まずい。聞かれていたのか)
俺が少し焦っていると、先輩は平然とした顔で口を開いた。
「ん〜? それはキスの天ぷらを枕木君と食べに行った話さ。美味しかったよね枕木君」
「え、あっ、はい」
先輩の機転を利かせた嘘に助けられた。
先輩は、平気な顔で嘘をつくのが上手い。
しかし、わざわざキスしたのを誤魔化すなんて、
先輩も、隠しておきたいのだろうか。
「そうでしたか。私もいつかその天ぷらを食べてみたいですわ」
「ふふ、いつかね。それじゃあ、せっかく久しぶりに三人集まったんだし、どこか行かないかい?」
「お、いいですね先輩」
「私も賛成ですわ」
「ふふっ、じゃあ行こうか」
そうして、俺たちは歩き始めた。
歩いている途中、俺はさっきのことが気になって、小声で先輩に聞いてみた。
「あの……なんで竜崎に聞かれた時、誤魔化したんですか?」
「ん? だって……あれは二人だけの秘密だからね」
先輩は、口に人差し指を当てながらそう言った。
……そうだ。
竜崎には悪いが、あれは二人の秘密なのだ。
「今、なにか言いましたか?」
「気のせいだよ、りゅりゅ。あっ、このお店いいんじゃないかな」
「そうですね。ではこのお店にしましょう」
先輩は、誤魔化すのが上手い。
俺たちは入ったお店で、スイーツを食べ、
そのあと、竜崎の家へ寄り、お土産をもらって解散した。
(いや〜このお土産凄いな。めっちゃ高そうじゃん。さっすが竜崎)
俺は竜崎の高そうなお土産にワクワクしながら家に帰った──。
……今日は久しぶりの学校で、最初は嫌だったが、
行ってしまえばどうということはなかったし、
なにより、みんなに会えて楽しかった。
二学期からも、みんながいる限り、いい学校生活になりそうだ──。




