第58話 「スイカ割り」
「枕木君、僕の家でスイカ割りをしないかい?」
「はあ」
朝、先輩から電話がかかってきたので出ると、
内容は急なお誘いだった。
最近は毎日先輩と会っている気がする。
……まあ、先輩の家に行けて、なおかつ思い出も作れるのだから、
行かない理由はない。
「分かりました、今から準備して行きますね」
「ふふ、それじゃあ、待っているよ」
そして、電話は終わった。
そのあと俺は身だしなみを整え、
先輩の家に向かおうとした。
だが、その時、ある考えが俺の脳内に浮かんできた。
(……最近、よく先輩の家に行ってるけど、一度も手土産渡してないし、申し訳ないな。でもだからと言って今から買いに行くのも……)
先輩たちは手土産が無くても気にしないし、
今すぐ家に向かった方がいいのは分かっているが、
俺はどうしても余計なことを考えてしまう。
(うーん……どうしたら……あっ、あれなら実用的だし、いい感じな気がするぞ)
そして、俺はある物をポケットにしまい、
先輩の家に向かった──。
「やあ、枕木君。待っていたよ」
「どうも……先輩。あ、あの、今日は手土産持ってきたんです」
「ふふ、別になくても大丈夫なのにね。まあ、そんなところも君らしいよ」
「じゃあ、あの……これ」
俺はポケットから、
外袋がくしゃくしゃのポケットティッシュを出して、先輩に渡した。
いつ貰ったか忘れたが、中のティッシュは綺麗だし、
きっと先輩も喜んでくれるはずだ。
「……これはなにかな、枕木君」
「ティッシュです。鼻をかんだり、汚れを拭いたりする……」
「それは知っているよ。それより、このティッシュ、ずいぶんと年季が入っているようだけれど」
「中身は綺麗ですよ」
「そう……まあいいや、せっかくの手土産だし、ありがたくいただくよ。ありがとうね、枕木君」
そう言うと、先輩はポケットティッシュを受け取った。
先輩の眉が、八の字に下がっている気がするが、きっと気のせいだろう。
「ありがとう」と言われたし、きっと喜んでくれているに違いない。
手土産を渡せて、心の霧が晴れたようないい気分だ。
「……おっと、ティッシュのせいで本題を忘れるところだったよ。ほら、スイカ割りをするから家に入って」
「はいっ」
俺たちは家に入り、手洗いなどを済ませたあと、
リビングへ向かった。
リビングには、俺と先輩以外の人はいない。
普段なら、リオさんやお母さんがいそうなものだが……。
俺は気になったので、そのことを先輩に聞いてみることにした。
「先輩、今日って、お母さんとリオさんはいないんですか?」
「そうだよ。ほら、流しそうめんの時にお姉ちゃん余計なこと言っただろう?」
「あー……そんなこともありましたね」
「だからお母さんが罰として、お姉ちゃんを家から連れ出して二人きりで出かけているのさ」
「はあ」
二人きりで出かけるのが罰になるくらい、
リオさんはお母さんのことが怖いのに、
どうして余計なことを言ったんだろうか……。
俺は少しそのことについて考えたが、
それより、先輩と二人きりだということが重要だと気づき、
それを考えるのをやめた。
「そういえば先輩。本当に家でスイカ割りするんですか? スイカの破片とか大変なんじゃ……」
「ふふ、安心して。きちんと対策しているからね。そうしたら、今から僕はスイカを持ってくるから、ここで待っていてね」
「は、はい」
そして、先輩は自分の部屋の方へ向かって行った。
……どうしてスイカを自分の部屋に取りに行くのだろうか?
この家にはパントリーがあるのだし、
そこに保存しておけばいい気がする。
それに、対策もどうするのか気になる。
そんなことを考えていると、先輩がスイカを持って戻ってきた。
「じゃーん、これが今日割るスイカさ」
先輩が持っているスイカはとても大玉で、
その上、黒いシマ模様が濃くはっきりとしている。
昔、シマ模様がはっきりしているスイカは美味しいと聞いたことがあるが、
このスイカはその特徴にぴったりと当てはまっている。
きっと俺のために、良いものを選んでくれたんだろう。
先輩は優しい。
「す、すごいスイカですね。なんだか、すごい美味しそうです!」
「ふふ、そう思うかい?」
「そりゃ思いますよ」
「そしたら、触ってみて。きっとすごさに気づくよ」
俺は先輩の言葉通りに、
スイカを触った。
(ん? なんだこれ……スイカじゃないぞ。なんだか紙みたいな手触りのような……)
俺が予想していた感触と違い、不思議に思いながら触っていると、
先輩が俺の顔を見つめて、こう言った。
「実はこれ、スイカではないんだ」
「えっ」
「これは『ピニャータ』さ」
「『ピニャータ』ってあの、吊るして叩くやつで、中にお菓子とかが入ってるあの……?」
「そうだよ。これなら、本物のスイカを割るより、汚れないだろう?」
確かに、これならスイカ割りをして、
数日経ったあとに腐った破片が出てくる、なんてことはなさそうだ。
「先輩が言ってた『対策』ってこれだったんですね……てか、触るまで本物だと思ってましたよ」
「ふふ、僕が頑張って作ったからね。そしたら……始めようか。はいこれ、目隠しと棒」
「あ……どうも。というか、俺がやるんですね」
「ほら、僕はあまり力がないから、割れないと思ってね。ほら、早く目隠しをして」
俺は先輩の言葉に押され、目隠しをつけ、スイカ割りを始めた。
……当たり前だが、真っ暗でなにも見えない。
視覚を封じられた俺に残されているのは、先輩の言葉だけだ。
「先輩、ど、どっちにスイカがありますか?」
「枕木君、スイカじゃなくてピニャータだよ」
「それは今、どっちでもいいですっ」
「ふふ、ごめんね。ちなみにスイカは君から見て左だよ」
「……左ですね、分かりました」
(先輩、自分でスイカって言ってるじゃんっ、スイカじゃなくてピニャータでしょおっ?)
そんなモヤモヤを抱えつつ、
俺は先輩の言葉通りに動き、棒を振り下ろした。
すると手応えがあり、先輩から「目隠しを外していいよ」と言われた。
目隠しを外すと、そこには叩かれた衝撃で形が崩れたスイカ、もといピニャータがあった。
「おめでとう枕木君。スイカ割り成功だね」
「……えっ、もう終わりですか」
「うん、終わりさ」
「なんか随分とあっさりというか……」
「まあ、本物よりも脆いしこんなものじゃないかな」
「……確かにそうですね。おっと、それよりピニャータの中身はなにかな〜」
俺は中身への期待で、胸を高鳴らせながら、ピニャータの中身を確認した。
だが、そこにあるのは俺の期待を裏切るような「無」だった。
「せ、先輩……中身は? チョコレートとかグミとか……」
「中身はないよ」
中身がない……?
俺はその言葉に力が抜け、その場に倒れ込んだ。
ピニャータにはお菓子が入っているものではないのか。
せめて、スイカグミくらいは入れて欲しかった。
そして、俺が倒れ込んでいると、
先輩が背後から話しかけてきた。
「ごめんね、お菓子がなくて」
「……いいんです。先輩と二人きりでスイカ割りができただけで……うん、それでいいんです」
俺は自分を納得させるようにそう言った。
「ごめんね、枕木君」
「気にしないでください……先輩。俺が勝手に期待したのが悪いんです」
「……その、こっちを向いてほしいな。お詫びをしたいんだ」
「お詫びって……そんなの別に……」
そう言いながら、俺は立ち上がり先輩の方を向いた。
……先輩の顔を見ると、なぜか笑っている。
しかも、お皿を両手で抱えて持っていて、
そこにはカットされたスイカが乗っていた。
「これって……」
「ふふ、今日は『スイカ割り』だからね。お菓子はないけれどスイカはあるということさ。あらかじめ冷蔵庫で冷やしていたんだ。」
「せ、先輩……」
「勘違いさせてごめんね」
「も、もおー、あるなら最初から言ってくださいよお」
「ふふっ、そしたら、一緒に食べようか」
そして、俺たちはスイカを一緒に食べ始めた。
このスイカは、とても美味しい。
スイカ自体が美味しいのもあるだろうが、
スイカ割りをやった後に食べたからか、さらに美味しい。
それに、塩をかけていないのに不思議と塩の味がして、より甘く感じる。
「お、美味しいでずっ、先輩」
「ふふっ、ならよかったよ。しかし、君がそんなに感動するとは思わなかったよ。ほら、ティッシュで拭いてあげるよ」
「ず、ずいません」
先輩は俺の顔を優しく拭いてくれた。
「あ、ありがとうございまず」
「ふふ、今度は落ち着いて食べてね」
「は、はいっ」
そのあと、俺たちは会話を楽しみながらスイカを食べ終わり、
しばらく過ごしてから、俺は帰ることにした。
「じゃあ俺、そろそろ帰りますね」
「そっか。気をつけてね」
「はい」
「あっ、そうだ。君にプレゼントを渡したいんだ。手土産のお返しというやつだね」
「えっ、な、なんですか〜ちょっと期待しちゃうじゃないですか〜」
「ふふ、期待してくれていいよ。はい、これ」
先輩は、くしゃくしゃのポケットティッシュを渡してきた。
これは、俺があげたものだ。
しかも、さっき先輩が俺を拭くのに使ったから、中身が少し減っている。
「あの……これは……」
「ティッシュだよ。鼻をかんだり、汚れを拭いたり……」
「それは知ってますよっ。これ、俺があげたやつですよね?」
「手土産のお返しさ。はい、受け取って」
そして、先輩に強引にティッシュを返された。
俺は先輩に手土産を返されたショックで、
顔がティッシュのようにくしゃくしゃになった──。




