第59話 「予定」
俺はだんだんと夏休みが終わりに近づいていることに、
焦りと恐怖を感じながら、朝を過ごしていた。
(ひい〜っ、もう今日含めて二日しかないぃ……。あー、神社行って夏休みが伸びるようにお参りしてこようかな)
そんなふうに現実逃避をしていると、
突然、先輩から電話がかかってきた。
「枕木君、急にごめんね。今から、家に行ってもいいかな?」
「なんですか急に……まあ、いいですけど」
「ありがとう」
先輩がそう言い終わった瞬間、チャイムが鳴った。
俺は「いや、まさかな……」と思いながら玄関へ向かい、ドアを開けた。
……どうやら俺の予想は当たってしまったようで、外には先輩が立っている。
「やあ、急に言ったのにありがとうね。枕木君」
「……もしかして、電話をかけてる時には、もう玄関前にいたんですか……?」
「うん、君が『いいよ』って言ってくれたらすぐ入るためにね。はい、手土産だよ」
「あ、どうも……」
俺は先輩から手土産を受け取った。
それは小さい箱だが、黒と金を基調としたデザインで、リボンまで巻かれている。
なんだか、高そうだ。
「先輩、これは……」
「チョコだよ。もちろん、君が好きな『ハイカカオ』さ。僕の手作りだよ」
「え゛っ」
その一言に、俺は驚いて腰が抜けそうになってしまった。
わざわざ俺のために、バレンタインでもないのに手作りしてくれるだなんて。
しかも、俺がハイカカオが好きと言ったのを、覚えてくれていたのも嬉しい。
「せ、先輩……」
俺はきちんと自分の好みを覚えてくれていたことに、感動してしまい、
思わず目に涙を浮かべながら先輩の名前を呼んだ。
「枕木君……」
先輩も、なにか言いたげな表情で、
俺を見つめている。
きっと、俺と同じで感極まってしまい、言葉が出ないのだろう。
「先輩……お、俺いま嬉し……」
「枕木君、そろそろ家に入ってもいいかな?」
「あっ……どうぞ」
どうやら、先輩は早く家に入りたくて、俺を見ていたらしい。
なんて恥ずかしい勘違いをしていたんだろう。
俺は急いで涙を拭き、先輩を家に入れた。
「それで……今日はなんで俺の家に来たんですか? もしかして『ん〜? なんとなくさ』とか言わないですよね」
「違うよ。ほら、夏休みがもう終わりだろう? だから、予定を話し合いたいなって思ってね」
「そういうことですか……でも、それならメールか電話で……」
「君と直接話すことが大事なのさ」
別にメールでも直接でも一緒だと思うが、
手土産まで持って来てくれたし、気にしないことにした。
すると、先輩がこちらの顔を見てきた。
「直接とメールは違うよ、枕木君。まず、メールだと……」
「分かりましたよっ。それより、予定の話をしましょうよ」
「おっと、そうだったね。ごめんよ、枕木君。そしたら、予定を決めようか」
そのあと、俺たちは残り少ししかない夏休みの予定について話し合った。
まず、俺が提案したのは遊園地だ。
一日中遊べるし、お化け屋敷で「怖いから……枕木君に近くにいてほしいな……」
なんて言ってくる先輩が見られるかもしれないのも素晴らしい。
そう思っていると、先輩が俺の顔を見たあと、話しかけてきた。
「……期待している君には悪いけど、僕はお化け屋敷は平気だよ」
「じゃあ、遊園地はいいです」
「そっか」
次に俺が提案したのは夏祭りだ。
ちょうど、明日に近くでやるし、
そのお祭りは花火も打ち上げる、結構豪華なお祭りだ。
それと、浴衣の先輩が見たい。
「先輩、夏祭りはどうですか?」
「いいね。僕も夏祭りを提案するつもりで今日来たからね」
「……じゃあ、早く言ってくれればよかったじゃないですか」
「だって、いろいろな案を聞きたいだろう? あと、君と少しでも話したくてね」
俺には先輩の言っていることがよく分からないが、先輩の顔を見ると楽しそうだったので、
「まあいいか」と思った。
「ふう〜、まっ、とりあえず夏祭りで決まりですね」
「そうだね」
「……そういえば、先輩は浴衣着るんですか?」
「もちろんさ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず叫んでしまった。
それはもう、俺の家どころか町中に響き渡るほどに。
「嬉しいのは分かるけど、静かにね」
「す、すいません」
「ふふっ、まあ、そんなところも君らしいけどね」
「ははは……いやー、でも本当に楽しみですよ。先輩の浴衣姿が見れますし……あっ、お母さんとかは来るんですか? リオさんは……来ないで家にいるかな、ははっ」
俺がそう言うと、先輩は黙ってしまった。
「え、あ……ごめんなさい。余計なこと言っちゃいましたか……?」
すると、先輩は俺から顔を背け、
俺に顔を見せないまま話してきた。
「二人は……呼ばないよ」
「えっ」
俺が驚くと、先輩がこちらを向いた。
「明日は、二人きりがいいから……」
そう言ったあと、先輩はまた顔を背けた。
一瞬だけ見えた表情は、俺でも見ただけでなにを思っているか分かってしまうほど、頬が赤く染まっていた。
「あ、あの先輩……」
「今のは……忘れてね、枕木君」
「えっ、あっはい」
「それじゃあ、僕は帰るよ。急にお邪魔してごめんね、それじゃあまた明日、夏祭りで会おうね」
そして、先輩は顔を見せないまま、足早に帰っていった。
……先輩の「二人きりがいい」発言、赤い頬、
これはまさか、明日の夏祭りはデートなんじゃないのか──。




