第57話 「流しそうめん」
朝、今日は予定がないので、
俺は「暇だし、二度寝しようかな」などと思っていると、
先輩から電話がかかってきて「よかったら、僕の家でお昼ご飯を食べないかい?」と言われ、
俺は寝ぼけていた体を、冷水のシャワーを浴びて無理やり目覚めさせ、
身だしなみを整えてから、先輩の家へ向かった──。
「やあ、枕木君。待っていたよ」
「お、お邪魔します。す、すいません、急に誘われたから手土産とかなくて……」
「ふふ、気にしないで。それよりほら、手を洗って、そのあとリビングの方に来てね」
「あっ、はい」
俺は手を念入りに洗い、そのあとリビングへ向かった。
リビングでは、テーブルが片付けられていて、
その代わりに縦に半分切られた竹が傾斜をつけるように置いてある。
その竹には水が流れていて、終着点には、水を受け止める受け皿があった。
……これはまさか。
俺が「お昼ご飯」の正体に気づきかけていると、
先輩のお母さんが話しかけてきた。
「あら〜遊星君じゃない。待っていたわよ〜」
「あ、どうも……お母さん」
「ふふ、『フレイヤ』って呼んでくれていいのに〜」
「は、はあ。それより、この竹は……」
「ふふん、夏に竹といえば、流しそうめんよ〜!」
どうやら、俺の予想は当たっていたらしい。
「本当は外でやりたかったのだけれど、家でやる方が楽だから家でやることにしたのよ」
「そ、そうなんですか」
家の中でやる方が楽なのは分かるが、
それでも機械ではない流しそうめんを、家でやるなんて珍しい。
そんなことを思っていると、リオさんもやってきた。
「あ、遊星君。来たの〜?」
「はい。来ましたよリオさん」
「へへへ〜。私が遊星君の分もそうめん食べちゃうもんね〜」
「や、やめてくださいよ」
「へへへ」
リオさんは、相変わらず妹のようで可愛い。
俺にも妹がいたらこんな感じだったのだろうか。
いや、実際の妹は理想とは程遠い存在と聞いたことがあるし、
リオさんに夢を見るくらいがちょうどいいのかもしれない。
まあリオさんは妹ではなく姉だし、俺より年上なのだが……。
「おや、みんな集まったようだね」
「あ、先輩」
「ふふ、流しそうめんは、夏の思い出になるだろう? 枕木君」
「もしかして、俺と思い出を作るために用意してくれたんですか……?」
「さあ、どうかな。さて、じゃあそろそろいただこうか」
そして、俺たちは麺つゆと箸を用意し、
竹の横に立った。
「ふふ、そしたら『いただきます』をしようか」
「ですね、先輩」
「それじゃあみんないくよ、せーの」
「「「「いただきます」」」」
俺たちは一緒に、いただきますを言い、流しそうめんが始まった。
流す人は、お母さんがやってくれるらしい。
「いくわよー」
上流から、そうめんが流れてくる。
俺は急いでそうめんを箸で掴み、麺つゆにそうめんをくぐらせた。
「枕木君にそうめん取られてしまったよ」
「そうだぞ、ずるいぞ〜遊星君」
「流しそうめんにずるいもなにもないと思いますけど……まあ、最初は俺がいただきまーす」
俺は先輩とリオさんからの視線を気にせず、
そうめんをいただいた。
……美味しい。
最初に取ったという優越感もあるだろうが、
まず明らかに、俺がいつもスーパーで買っているものとは、
比べ物にならないほどの喉越しとコシがあり、
弾力がありながらも、するりと食べられてしまう。
やはり先輩の家が買っているそうめんは一味も二味も違う。
きっと、一万円以上する高いものなのだろう。
「こ、これすごく美味しいですよ先輩っ」
「そっか」
俺がそうめんの美味しさを伝えると、
先輩がじっと俺を見てくる。
そうめんを取られたせいだろうか。
「ははっ、まだそうめんはありますから気にしないでください」
「……まあ、そうだね」
(このそうめんはスーパーで買った普通のものなのだけれど……まあ枕木君が美味しそうにしてるならいいかな)
「ん? どうかしました先輩」
「いや、なんでもないさ。それより、最初のそうめんを楽しむべきだよ」
「……ですねっ。いやー美味しいなあ〜」
そのあとも、俺たちは流しそうめんに夢中になり、
そうめんを取るために小競り合いが起きたり、
小競り合いの影響で竹が倒れて水が床にこぼれるなどのアクシデントが起きたりしたが、
なんだかんだで、楽しい時間だった。
そして──。
「あら〜、そうめんなくなっちゃったわ」
気がついたら、そうめんがなくなってしまっていた。
俺はそうめんがなくなったことに嘆いた。
「そ、そんな……もうなくなるなんて……」
「ふふふ、マオも遊星君も、みーんな、いっぱい食べたからしょうがないわね〜」
「……確かに、みんな食べてたからしょうがないですね……あれっ、お母さん食べてなくないですか?」
「私はいいのよ。みんなの楽しそうな姿……それを見られただけでお腹いっぱいになれたわ」
「お母さん……」
俺はお母さんの優しさに感動していると、
リオさんが俺に喋りかけてきた。
「今のは嘘だよ遊星君。お母さんは体重が増えてダイエットしてるから食べないだけだよ」
「は、はあ……」
俺はそれにどう返事をすればいいのだろうか。
そして、俺が返事に困っていると、
お母さんが笑顔のまま、リオさんに詰め寄った。
「リ〜オ〜? なにを遊星君に吹き込んでいるのかしら〜?」
「わっ。じゃあね、遊星君」
リオさんは自分の部屋へ逃げ込み、
お母さんもそれを追って行ってしまった。
その光景に、俺が唖然としていると先輩が話しかけてくれた。
「お姉ちゃんは余計なことを言うのが好きなだけさ。まあ、気にしなくていいよ」
「はあ……」
「それより……流しそうめんは楽しかったかな?」
「た、楽しかったです」
「ふふ、ならよかったよ。これでまた、夏休みの思い出が一つ増えたね」
やはり、思い出を作るために、用意してくれていたらしい。
先輩は……優しい。
「……ありがとうございます。先輩」
「ふふ、いいんだよ。それじゃあ枕木君、これからも……思い出を作ろうね」
「は、はい!」
夏休みの日数は減っていくが、
そのぶん、思い出は増えていく──。




