第56話 「終わりが近づく」
夏休みが始まってしばらく経ち、
夏休みも終わりに近づいている。
だが、俺はその事実を受け入れることができず、
ご飯は素麺やかき氷などの夏休みを感じさせるようなものばかりを食べ、
さらに日付も極力見ないように過ごしていた──。
「は〜いい朝だ。きっと今日は夏休みが始まったばかりに違いない。うん……もう少しで終わるなんてありえないんだ。うん。」
そうやって現実逃避しながら朝を過ごしていると、
先輩から電話がかかってきた。
「やあ、枕木君」
「急にどうしましたか先輩」
「ほら、もう少しで夏休みが終わってしまうだろう? だから終わってしまう前に思い出を……」
「だああああッ、先輩っ、夏休みはまだ始まったばかりなんですう〜。終わるわけないじゃないですかっ。そう、今日は八月一日なんですよおっっ」
……先輩に事実を言われ、見ないようにしていたものを再認識してしまった俺は、
反射で意味の分からないことを言ってしまった。
そのことに、俺は言ってから気づいた。
「あ……えっと、先輩、その……今のは……」
「……そっか、暑さに気をつけてね、枕木君」
そして、電話は切れてしまった。
……俺はなにをやっているのだろう。
現実逃避をするのは勝手だが、
それで先輩のことを傷つけてしまうなんて……俺は最低だ。
そのあと、先輩にメールで謝罪したあと、
俺は先輩への申し訳なさで、
ベッドの上で布団にくるまりながら後悔していた。
(もうダメだあ……先輩の話を遮って意味の分からないこと叫んで……なにしてんだ)
そのまま、過去の行いを悔いながら、
布団の中で啜り泣いていると、チャイムの音が聞こえてくる。
俺は急いで涙を拭き、玄関のドアを開けた。
すると、そこには先輩が立っていた。
「やあ、枕木君」
「ひいっ」
今、先輩と会うのは気まずいので、
ドアを閉めて鍵をかけようとしたが、先輩に止められてしまった。
「閉めないでおくれよ」
「で、でも、だって……」
「ふうん……えいやっ」
俺が喋ろうとすると、
先輩が俺の額になにかを貼ってきた。
「な、なにするんですか」
「熱を冷ますシートだよ」
「はあ……」
「君が暑さでおかしくなってないか心配になったから、お見舞いに来たのさ。あとこれ、スポーツドリンクだよ」
「あ、どうも……」
あんなことを言った俺を心配してくれるなんて……先輩は優しい。
「先輩……その、さっきはごめんなさい……」
「別に気にしていないよ。それより」
「はい」
「家に入っていいかな?」
「えっ」
俺は、先輩の発言に少し戸惑ったが、
断るのも申し訳ないので、俺は先輩を家へ入れた。
入るなり、先輩はクーラーのリモコンを見つめ、
設定温度を確認し始めた。
「あの……クーラー寒かったですか」
「違うよ、きちんと冷えているかなと思ってね」
どうやら、まだ暑さでおかしくなってしまったと思われているらしい。
「俺は別に暑さでおかしくなったわけじゃ……」
「なら、いいけれど……おや」
先輩がなにかを見つけたのか、そちらへ歩いていく。
先輩の視線の先にあったのは、日付を見ないようにするために、
壁から外しておいたカレンダーだった。
「ふうん……よっぽど夏休みが終わるのが嫌なんだね」
「だ、だって学校めんどくさいですし……夏休みの方が楽しいですし」
「学校だって、楽しいことはあるさ。文化祭とかね」
「俺、クラスの人と準備とか苦手なんですけど……」
「……ふふっ」
先輩が急に笑った。
「な、なんですか」
「ん〜? 言い返せるくらいの元気が出てよかったと思ってね」
確かに、先輩と話していると、
先程までより元気になった気がする。
「君が元気になってくれたみたいだし、僕はそろそろ帰るとするよ」
「あっ、先輩……その、わざわざ心配してくれてありがとうございました」
「当然のことさ……そうだ、枕木君」
「はい?」
「夏休みはあと少しで終わってしまうけれど……それまでに、たくさん思い出を作ろうね、枕木君」
「……は……はいっ」
そして、先輩は帰っていった。
……確かに夏休みの終わりは近いが、まだ終わるわけではない。
残された時間で、先輩と思い出を作ろう。
俺たちの夏休みは、もう少しだけ続く──。




