第53話 「ノースリーブ」
昨日、先輩とメールをしていると「明日、君と家で遊びたいな」と言われたので、
俺は、先輩の家ばかり行っていて申し訳ない気持ちがあるのと、
先輩に、俺の家に来てもらって一緒に過ごしたいという下心があったので、
俺は勇気を出して先輩を家へ誘ってみた。
【まくらぎ】 「あの、俺の家で遊ぶのとかどうですか……? 嫌なら全然いいんですけど……」
俺がそうメールを送ると、
先輩から驚いた顔のスタンプが返ってきた。
そして少し経つと、先輩から文章が送られてきた。
【先輩】 「君が僕を家に誘うなんて珍しいね。なにか下心があるのかな」
【まくらぎ】 「そんなのないですっ。ただ先輩に俺の家に来てほしいと思っただけで……」
俺が返信すると、先輩は俺をからかうような薄笑いのスタンプを送ってきたあと、
俺の誘いに乗ってきた。
なんとなく、下心に気づかれている気がするが、
OKしてくれたので、気づかれたか気づかれていないかなんて、
俺にとってはもうどうでもいいことだ。
そして次の日──。
「こんにちは、枕木君」
「あっ、ま、待ってましたよ先輩」
先輩が家の玄関前にやってきた──。
俺がゆっくりドアを開けると、私服の先輩が立っている。
今日の先輩の格好は、下はワイドパンツを穿いていて、
上はTシャツを着て、その上に薄手のカーディガンを羽織っている。
とても涼しげで、それでいて綺麗だ。
それに、普段の先輩はスカートを穿いているから、
たまに履くズボンが特別な感じで、とてもいい……。
「枕木君、見すぎだよ」
「あ、す、すいません暑いですよね。な、中どうぞ」
ついつい、先輩を見すぎてしまった。
そのあと、俺は先輩を家の中へ案内した。
「お邪魔するよ、枕木君」
「い、いいんですよ。そしたら、リビングのソファーで待っててください。俺、麦茶持ってきますから」
「ふふ、ありがとうね」
そして、麦茶を持っていき、
俺は、先輩の近くに座った。
そのあと、なにをして遊ぶか悩んだ末に、
とりあえずテレビゲームで遊ぶことにした。
「なんのゲームにしようね」
「うーん……あっ、『大乱闘シスターズ』とかどうですか先輩」
「お、いいね。僕もそのゲームは得意だよ。でも前に、僕にボコボコに負けたというのにこれを選ぶとは意外だね」
「ふふん、俺はめちゃくちゃ練習したんですよ。どうせなら負けた方は罰ゲームとかしちゃいますか?」
俺が調子に乗ってそう言うと、
先輩が、口に手を当てながら声を出さずに笑ってきた。
「な、なんですか先輩」
「本当に罰ゲームなんかしていいのかな、枕木君。どうなっても……僕は知らないよ」
先輩のその言葉は表情も相まって、俺に不吉な未来を想像させるのには、
十分すぎるものだった。
「や、やっぱ罰ゲームなしでやりましょう」
「ふふ、それがいいよ」
そして、俺たちは罰ゲームなどは無しで、
普通にゲームを始めた──。
──先輩が強すぎる。
前、確かリオさんと初めて会った日に、俺は先輩とこのゲームで勝負し、
ボコボコに負け、
そのあと、負けたのが悔しくてプロの動画などを見て練習したはずなのに、
先輩に手も足も出ない。
というか、手か足を出すと先輩に隙を突かれて負ける。
「せ、先輩のインチキっ、ずるっ、強すぎっ」
「ふふふっ」
そのあとも日が暮れるまで先輩と戦ったが、
一度も俺は勝てなかった──。
「はあ、久しぶりに熱くなったよ枕木君」
「ああそうですか」
俺はボロボロに負けて不貞腐れていた。
「ふう、ゲームをしていたら体も熱くなってしまったよ。上着を脱いでしまおうかな」
「お好きにどうぞ」
俺が不貞腐れたままそう言うと、
先輩は少し笑ったあと、羽織っていたカーディガンを脱いだ。
「はあ〜涼しくなったよ枕木君。ほら、僕を見てみてよ」
「そうですか、涼しくなってよかったですね。でも、俺が見る必要なんて……」
「いいから見てほしいな」
「はあ……」
そう言われて渋々、先輩の方を見ると、
そこにいたのは、ノースリーブの先輩だった。
「えっっ、あっ」
ノースリーブの先輩の衝撃は、
先程までの不貞腐れていた俺を、吹き飛ばすほどの威力があった。
先輩の二の腕や肩が丸見えだからだ。
……先輩の肩は、ぱっと見、女の子のような肩なのに、
じっと見ていると、少しだけ、ほんの少しだけ男を感じさせるようで、
俺は思わずじっと見てしまった。
「ふふ、驚いたかな? 枕木君」
「そ、そりゃ驚きますよ。だって……」
「だって……なにかな?」
「それは……」
俺が言えずに、先輩から顔を背けると、
先輩が俺が言えなかったことを代わりに言ってきた。
「ノースリーブは肌の露出が多いから……違うかな?」
俺は自分が思っていたことを当てられてしまったので、
正直に話した。
「だ、だって先輩ノースリーブとか普段着ないじゃないですかっ。なのに急に、そんな露出多い服を見せてきたら驚きますよおっ」
「ふふ、確かに普段は着ないけれど君が驚くと思ってね。似合っているかな」
これはまずい。
先輩のからかいタイムだ。
先輩は表情だけはミステリアスでアンニュイで感情が薄そうなくせに、
中身はしっかり感情豊かなのが厄介だ。
「似合ってますけど……なんですか、俺を驚かせるために着てきたんですか」
「そうだよ」
先輩は普段はあまり肌を見せたがらないが、
俺をからかう時だけは恥ずかしくないのか、
肌を多めに露出したりしてくる。
そんなに俺をからかいたいのだろうか。
……まあ、先輩の肌が見れるのは、そんなに嫌ではない。
「ふふ、恥ずかしいけれどノースリーブを着てきてよかったよ」
「そうですか、まあ俺も先輩の肌を見れたのはよかったですけど……」
「ふふっ、そっか。しかし、ずっとゲームをして疲れてしまったよ」
そう言うと、先輩はストレッチなのか、腕を上に伸ばした。
しかし、先輩はおそらく忘れている。
自分がノースリーブだということを。
俺は、先輩の脇が見えてしまった。
先輩の脇は、とても白く綺麗で、
俺の思考は先輩の脇でいっぱいになってしまった。
そのあともずっと見つめていると、なにか新たな扉が開くような音がしてくる。
(い、いやそんなわけがない。俺は脇で興奮したことなんかないし……それに先輩は男だし……)
だが、心でいくら否定しようと、体は正直だ。
俺の視線は先輩の脇だけを見つめている。
見ていると、なにかが体の奥からこみ上げてくる。
(これ以上見ていたら、先輩にバレてしまうし、なによりもう戻れない気がする……いや、よく考えたら先輩と出会った時からそんな感じだからもういいか)
俺は無理矢理、心で考えるのをやめ、
自分の体に従って先輩の脇を見続けた。
だが、終わりの時はすぐに来た。
「枕木君、日も暮れてきたし、僕はそろそろ……」
先輩が俺に話しかけながら、こちらを向いてきた。
そして、俺はその先輩と目が合ってしまった。
「あっ」
俺は思わず、声を漏らした。
先輩と目が合う、つまりそれは、俺がなにを考えているのかバレるということだ。
そして、俺が先輩の脇を見ていたことがバレてしまった。
「ふうん……」
先輩が、なんとも言えない眼差しで俺を見ている。
「い、いやこれは不可抗力というか。先輩がノースリーブなのが悪いっていうか……」
俺がそう言い訳すると、
先輩は笑った。
「な、なんですか」
「ふふ、スケベだね枕木君」
「なっ」
どうやら、腕を伸ばしていたのはわざとだったらしい。
また、先輩に負けてしまった。
「さて、僕はそろそろ帰るとするよ」
そう言うと、先輩はカーディガンを羽織って
帰りの支度をしている。
このままではまずい。
俺はゲームでもノースリーブでも負けた上にスケベ扱いをされ、
零勝三敗で終わってしまう。
せめて一勝しなければ、俺は納得できない。
「ま、待ってください先輩」
「ん? どうしたのかな」
「腕相撲で勝負ですっ」
俺は負けたくないあまり、
力の弱い先輩に対して、腕相撲を挑んだ。
情けないが、もうそんなのどうでもいい。
勝てばいいのだ。
そして、俺と先輩はテーブルに腕を乗せた。
「俺の合図でいきますからねっ」
「ふふ、いいよ」
「それじゃ行きますよ……レディー……ファァイッッ」
試合が始まり、俺は先輩の力の弱さに勝利を確信し、
勝ち誇った表情で先輩を見た。
……先輩の表情は、悲しそうなものだった。
その時、俺は気づいた。
今やっていることの情けなさを。
(……なにやってんだ俺。勝ちたいからって力の弱い先輩に腕相撲を挑んで、勝ち誇ろうとするなんて……最低だ)
そして、俺は自分への情けなさと、先輩への申し訳なさで腕の力が抜けた。
すると、突然先輩の腕に力が入って、俺の腕がテーブルに着いた。
「……えっ?」
「ふふ、油断したね枕木君。僕の勝ちだよ」
「え、あっでも、先輩の力じゃ俺が力を抜いても負けるなんて……」
「力の使い方だよ。まあ、それでも君が油断していなかったら倒せなかったけどね。それじゃあまたね枕木君」
そして、先輩は帰って行った。
そのあと、俺は今日一度も勝てなかったという情けなさに、床に倒れ、そのまま叫んだ。
「せ、先輩の……先輩の嘘つきいいーッッ」
負け犬の遠吠えが、俺の家に響き渡る。
今日の戦績、零勝四敗──。




