第51話 「クーラーが直った」
俺は朝起きて、日付を見た時、
少し悲しくなってしまった。
俺の家のエアコンが壊れた時に頼んでおいた業者さんが、
今日、直しに来るのだ。
……泊めてもらい始めたときは、
早く自分の部屋のエアコンを直して欲しいと思っていたが、
今は直ってほしくないかもしれない。
そう思ってしまうくらい、先輩の家での生活は楽しかった。
家は広くて綺麗で、ご飯も美味しい。
なにより、先輩やリオさん、お母さんがいて、
賑やかで楽しかった。
「本当はまだ帰りたくない……」そう思いながら、
帰りの準備をしていると、
先輩が突然、俺の部屋に入ってきた。
「やあ、おはよう枕木君」
「なっ、ノックぐらいしてくださいよ」
「ふふ、ごめんね」
先輩は笑っている。
いつもより、暗い気持ちの俺と比べて、
先輩はいつも通りだ。
「……それで、なんの用事ですか先輩?」
「ああそうだったね。ほら、君は今日帰ってしまうんだろう?」
「まあ……はい」
「だから、少しでも一緒にいたいと思ったんだ」
その先輩の一言で、
暗かった俺の心が、明るくなった。
「へへっ、せ、先輩はそんな俺といたかったんですかあ〜? しょうがないですねえ」
俺がそう言うと、
先輩は少し笑いながら、小声でなにか言った。
「ふふ、君は浮き沈みが激しいね」
俺は、先輩がなにを言っているか聞き取れなかったが、
今の俺は明るいので、気にしないことにした。
そのあと、俺は先輩と一緒にダイニングへ行き、
朝ご飯を、みんなで話しながら食べた。
「は〜、雄星君が今日帰っちゃうなんて寂しいわ〜。もっと長くいてもいいのよ」
「でも仕方ないよお母さん。業者さんが今日来るんだからね」
「ですね、俺は業者さんに立ち会わないといけないので……」
俺は、本当は帰りたくないと思いながらそう言った。
そして、俺は朝ご飯を食べ終わってから部屋に戻り、
部屋に忘れ物がないか、チェックしていた。
(忘れ物は……なさそうだな。はあ、やっぱ帰りたくないなあ。でも業者さん呼んじゃったしなあ)
そんなことを思いながら荷物を整理していると、
また、先輩が部屋に入ってきた。
「やあ」
「あっ、先輩」
入ってくるなり、先輩は俺の横に立ってきた。
「な、なんですか」
「一緒にいたいといっただろう? だからここにいるだけさ。気にしなくていいよ」
気にしなくていいと言われても、隣にいられると気になってしまう。
「君がいなくなるなんて寂しくなってしまうよ。二週間というのはあっという間だね」
「ですね」
「ふふ、今度は僕が君の家に二週間泊まってしまおうかな」
「えっ」
「冗談だよ」
先輩は相変わらず、冗談なのか本気かどうか分からない。
でも、今はこの会話が楽しい。
そのあとも、俺は先輩と話し続け、気がつくと帰る時間になっていた。
「おや、もうこんな時間だね。じゃあ行こうか」
「……はい」
そして、俺は玄関へ向かった。
そこには、お母さんもリオさんもいて、
俺を待っていた。
「あっ、遊星君。そろそろ行くわよ〜忘れ物はないかしら」
「だ、大丈夫です」
「じゃあレッツゴー〜っ」
お母さんはそう言うと、玄関のドアを開けた。
そして、俺も行こうとすると、リオさんに服を引っ張られた。
「ど……どうしましたリオさん」
俺が聞いても、リオさんはなにも言わずに、
俺の服を引っ張り続けている。
「こら、だめよリオ。遊星君の服が伸びちゃうでしょ」
そして、お母さんは俺の服を引っ張っている手を離させ、
リオさんを抱き抱えた。
「ごめんね〜きっと、リオも帰ってほしくないのよ」
「そうだったんですか……大丈夫ですよリオさん、また来ますから」
俺がそう言うと、リオさんはお母さんから離れ、
俺にくっついてきた。
「ほんと……? また来てね」
「はい、来ますよ」
それを聞いたリオさんは嬉しそうな顔をしたあと、
ダッシュで自分の部屋の方へ帰って行った。
どうやら、俺を見送ってはくれないらしい。
「ごめんね遊星君。リオは……自分の部屋が好きだから」
「はは……大丈夫です。それは、なんとなく分かってますから」
そのあと、お母さんと少し話していると、
先輩に「いつ行くのかな?」と言われてしまい、
俺たちは会話をやめ、車へ向かった。
そして、俺たちは車に乗り、
俺の家へと向かい始めた。
「先輩も、一緒に来るんですね」
「ん? 一緒にいたいと言ったじゃないか。君の家までついていくのは当然さ」
「先輩……ありがとうございます」
「ふふっ」
俺と先輩は、俺の家に着くまで話した。
それが楽しそうに見えていたのか、
信号待ちをしている時にお母さんから「仲がいいのね〜」と言われてしまい、
少し恥ずかしかった。
そんなこんなしていると、俺の家に着いてしまった。
俺は車から降り、荷物をトランクから出したあと、
お母さんにお礼を言った。
「あの、二週間泊めていただきありがとうございました。しかも家まで送ってもらっちゃって……」
「ふふ、いいのよ〜」
そして、先輩にもお礼を言おうと、
先輩が座っている席のドアへ行くと、
先輩が車から降りてきた。
「あ、先輩」
俺が先輩にそう言うと、先輩は俺に近づいてきて、
そのまま俺を抱きしめてきた。
「えっ、あっ、えっ」
俺が突然抱きついてきた先輩に戸惑っていると、
先輩は俺を抱きしめながら、話しかけてきた。
「二週間楽しかったよ、枕木君。またね」
「……俺も楽しかったです」
そして、俺も先輩を抱きしめた。
そのまま抱き合っていると、
お母さんから「ふふ、お二人ともお熱いわね〜」と言われ、
恥ずかしくなったので、俺は抱きしめるのをやめた。
先輩の表情が真顔になっていく。
「まあ……あの、ありがとうございました、先輩」
「……またね、枕木君」
そして、先輩は車に戻り、
先輩たちは家へ戻っていった。
車が走り去っていく途中、先輩がお母さんを詰めているのが見えた。
さっき茶化されたのが、嫌だったのかもしれない。
それはともかく、俺は家へ入り業者さんを待った。
しばらくして──。
「今日はありがとうございました──」
業者さんが一礼したあと、ドアを開け、帰っていく。
ついに……ついに、家のクーラーが直った。
全てのクーラーが壊れた時はどうなるかと思ったが、
なんとかなってよかった。
ああ、涼しい。
だけど……寂しい。
家にいるのは俺一人だけで、膝に乗ってくるリオさんも、明るい先輩のお母さんも、
俺と勉強してくれたり、遊んでくれた先輩も、ここにはいない。
ただ、クーラーの稼働音と冷たい風だけが、俺の家に流れている──。
(なんか、寂しいな……)
そう思っていると、急に携帯が鳴った。
画面を見ると、それは先輩からだった。
「やあ」
「な、なんですか」
「君が寂しがってるかなと思ってね」
「先輩……」
そのあと、俺は先輩と電話でずっと話した。
先輩と話していると、先ほどまでの寂しい気持ちが吹き飛んでいく。
先輩は、温かい──。




