第50話 「夏休みの宿題」
先輩の家での暮らしは楽しい。
夜はいつも通り先輩と一緒に寝て、
朝起きると、いなくなっている先輩に寂しさを感じつつ、
顔を洗って歯磨きをし、そのあとみんなで朝ごはんを食べる。
なんて素晴らしい生活なんだろう。
そんなことを俺は食後、先輩に話していた。
「ふふ、君が楽しそうでよかったよ」
「へへへ」
そのあとも先輩と話していると、
先輩が急に時計を見た。
「どうしました?」
「ん〜、そろそろ勉強の時間だと思ってね。僕はあらかじめ勉強する時間を決めているのさ」
「さすが先輩。勉強熱心ですね……ん、勉強……?」
俺はその瞬間、夏休みの宿題がまだ残っていることを思い出した。
一応、持ってきてはいたが、
先輩たちとの生活が楽しかったせいで、俺は宿題のことをすっかり忘れてしまっていた。
そして宿題のことを思い出し、それが俺の顔に出てしまったのか、
先輩に宿題のことが見抜かれてしまった。
「ふうん、君は宿題がまだ残ってるんだね」
「だ、だってしょうがないじゃないですか。と、というかそもそも先輩も宿題残ってますよね」
「僕はもう夏休みの宿題は終わったよ」
「で、でもさっき勉強するって……」
「それは自主的なものさ。宿題が終わっても勉強をするのは大事だからね」
俺は先輩のその言葉に衝撃を受けた。
俺の中では、夏休みは宿題が終わったら勉強せず遊ぶものだと思っていたからだ。
……人間的に負けた気分だ。
見た目がいいのに勉強熱心だなんて、
体力がない以外、欠点がないじゃないか。
先輩はなんてずるいんだ。
「ずるくないよ」
「なっ、俺の顔見ないでくださいっ」
先輩は、隙を見せるとすぐ俺の顔を見てくる。
恐ろしい人だ。
「ふふっ、さて、君はどうするのかな?」
「どうするってなんですか……」
「宿題をするかしないかってことさ。まあ、するもしないも君の自由だけれど、もしするなら……」
「するなら?」
先輩は、少し微笑みながらこう言った。
「僕が、君の宿題を手伝ってあげるよ」
「手伝うって……」
「僕の部屋で、僕が教えてあげるよ」
俺はその言葉に、少し戸惑ったあと、
先輩の部屋に入りたいので、その誘いに乗った。
ああ、先輩の部屋に入れる。
そして、先輩の部屋の空気を……。
そんなことを考えていると、
先輩がこちらを見つめてきていた。
「……やっぱり君の部屋でやろうか」
「なっ、なんでですかあっ」
そのあと、俺は先輩に「先輩の部屋がいいです」と粘ったが、
俺の部屋でやることになってしまった。
先輩の前で、変なことを考えるのはやめよう──。
そして、先輩は自分の部屋で準備をしたあと、
俺の部屋に来た。
「やあ、枕木君」
「あっ、メガネ先輩だ」
「ふふ、まあ度は入っていないのだけどね。さて、まずはなにが残っているのか教えてほしいな」
俺は、先輩に残っている宿題を伝えた。
「ふうん、数学と英語のワークシートと、読書感想文だね」
「苦手なのが残っちゃって……」
「そっか、でも大丈夫だよ。僕が教えてあげるから」
そう言った先輩の顔は、
とても綺麗で、優しい笑顔だった。
それに、メガネをかけているからか、いつもより大人っぽく見える。
もし、先輩が俺の家庭教師だったら、
俺はクラス……いや、学年一位を取れるくらい勉強のやる気が出そうだ。
「ほら、僕に見惚れてないで勉強を始めるよ」
俺は「見惚れてないですよっ」と言おうとしたが、
見惚れているのは事実だし、早く宿題に移りたかったので、
なにも言わなかった。
そのあと、俺は先輩に教えてもらいながら、
ワークシートに取り掛かった。
前も思ったが、先輩の教え方はうまい。
あと可愛い。
だが、あまり先輩ばかり見ていると怒られてしまうので、
俺は、宿題が終わったあと先輩をじっと見ることにした。
途中、お昼ご飯を挟んだりしたが、
先輩のおかげで、ワークシートを終えることができた。
「ふう〜ワークシート終わりました」
「ふふ、よく頑張ったね枕木君」
「先輩……」
俺は終わったので、先輩をじっと見つめようとしたが、
先輩の手で、顔を塞がれてしまった。
「な、なにするんですか。前が見えないです」
「まだ全部が終わっていないからね。僕を見ていいのはそのあとさ」
先輩の言葉で、読書感想文が残っていることを思い出してしまった。
面倒くさい。
読書感想文は嫌いだ。
「俺、読書感想文苦手なんですよ……」
「でも、やらないと終わらないよ。僕がコツを教えてあげるから大丈夫さ」
「そうですけど、本がないですよ先輩……よしっ、本がないなら今日はこれで終わりにしましょう。いやーしたかったけど本がないならしょうがないですねえ〜」
「本はあるよ」
「えっ」
そう言うと、先輩はどこからか、いろいろな本を取り出した。
「な、なんですかこれ」
「僕の部屋の本だよ。読書感想文に向いてると思ってね」
俺は、先輩が持ってきた本たちを軽く読んだ。
確かに、読書感想文を書きやすそうな、
作品のテーマが明確な本ばかりだ。
あと、先輩の部屋にあった本だからか、
少し先輩の……。
「枕木君」
「あ、すいません」
「さて、どれにするかな?」
「……じゃあ、これで」
俺は、先輩が持ってきた本から一冊を選んだ。
「へえ、それを選ぶんだ。そしたら、それ読んでから書き始めようか」
「はい」
選んだのは、高校生が夢を叶えるという本だ。
理由は自分も高校生だからというのと、
単純に他の本は、余命を宣告された子供が残りの人生を過ごす物語など、
暗そうな話ばかりだったからだ。
そして、俺は本を読み、
そのあと読書感想文を書いた。
先輩にコツを教えてもらったからか、するすると書くことができた。
「ふう、書けました先輩」
「頑張ったね、枕木君。これで夏休みの宿題は終わりかな?」
「はい」
「ふふふ、そっか。じゃあ、頑張った枕木君にご褒美だね」
俺は「ご褒美」という言葉にワクワクし、
なにをしてくれるのか気になって、先輩をじっと見た。
だが、先輩はずっと動かない。
「せ、先輩、ご褒美は……」
「ん? ほら、僕を見たかったんだろう? 見ていいよ」
そういえばそうだった。
そして、俺は先輩をじっと見つめた。
……可愛い。
先輩が可愛くて綺麗なのはいつも通りだが、
いつもと違うのは、メガネをつけていることだろう。
普段から大人っぽい先輩が、
もっと大人っぽく見えて、とても良い。
そんなことを思いながら見つめていると、
お母さんの「マオ〜っ、ご飯の支度手伝ってー」という声が聞こえてきた。
「おや、もう夜ご飯の時間みたいだね」
「えっ」
「ふふ、数時間も僕を見つめるなんて、よっぽど僕を見たかったんだね。じゃあ、僕は行くよ」
そして、先輩は部屋からいなくなってしまった。
まさか、先輩を見つめているだけで時間が過ぎてしまうなんて……。
まあ先輩を見られたし、よかったのかもしれない──。




