第49話 「掃除」
朝、俺は晴れやかな気分で目覚めた。
先輩の家に泊まり始めてから、目覚めがいい。
布団やベッドが俺の家より良いものだからだろうか。
それとも、先輩が一緒に寝てくるからだろうか。
(まあ、先輩は朝起きるといなくなるんだけど。はあ、どうせなら寝起きの先輩も見てみた……ん?)
なにやら部屋の外から音がする。
俺が気になって部屋から出ると、お母さんと先輩が掃除機をかけていた。
二人の格好は、エプロンやマスク、バンダナなどをつけていて、
さらに掃除用具も持っている。
まさに掃除といった感じだ。
「あら、遊星君じゃない。起きちゃったかしら? ごめんね〜掃除の音が大きくて」
「だ、大丈夫ですよ。というか、俺も手伝いますよ。泊まらせてもらってるので……」
「あら〜それは助かるわ。そしたら、マオと一緒にやってあげて」
お母さんがそう言うと、先輩がこちらに来て、
マスクとバンダナを渡してくれた。
「ごめんね、君のサイズのエプロンはなくてね」
「いや、全然大丈夫ですよ。どこからやるんですか?」
「こっちだよ」
そう言うと、先輩はリビングのソファーへ向かった。
「下を掃除したいから、動かしてほしいな」
「分かりました先輩」
そして、俺がソファーを動かし、
先輩は、露わになった床に掃除機をかけた。
「ふう、助かったよ枕木君。僕だとソファーを動かせないからね」
「先輩は力が強くないですもんね」
「ふふっ、そうだね。さて、次へ行こうか」
そのあと、俺たちはリビングの他の部分も掃除し、
リビングはとても綺麗になった。
「ふふ、綺麗になったよ」
「まあ、そもそもあんまり汚れてなかったですけどね」
「普段から掃除をしているからね」
確かに、先輩は綺麗好きそうだ。
「さて、次は僕の部屋を掃除に行くよ」
「えっ」
俺は、先輩の部屋を掃除することに少し驚いた。
いや、部屋自体は何回か入ったことはあるのだが、
俺は、先輩の部屋で過ごすと、先輩を感じて変な気分になってしまう。
「君がなにを考えているのか知らないけど、ただ掃除するだけだよ」
「へ、変なことなんて考えてないですよっ」
「ふふふ、じゃあ行こうか」
そして俺は先輩についていき、
先輩の部屋へ入った。
……相変わらず、先輩の部屋はいい匂いだ。
肺がいっぱいになるまで空気を吸い込みたくなる。
そんなことを考えていると、先輩がこちらを見つめていた。
「なっ、み、見ないでくださいよ」
「ふふふ、枕木君のたまに気持ち悪いところ、僕は好きだよ」
「えっ、今気持ち悪いって……」
「さあ、やろうか。枕木君は本棚の埃を払ってほしいな」
俺は先輩に気持ち悪いと言われたショックで少し動けなかったが、
よく考えたら、俺の考えていたことは気持ち悪いと思い直し、
本棚の埃を払いはじめた。
丁寧に埃を払っていると、
本棚に先輩の小学校や中学校の卒業アルバムが入っているのを見つけた。
……中を見たい。
とても中を見たい。
中を見て、昔の先輩の姿が見たい。
しかし、勝手に見てしまったら先輩に『ふふ、君は気持ち悪いね』と言われそうだ。
実際、勝手に卒業アルバムを見てくる奴は気持ちが悪い。
だが「先輩、卒業アルバム見ていいですか?」と聞くのも、
俺には出来ないし、そもそも今は掃除中だ。
俺はゆっくりと先輩の部屋を見回した。
先輩は今、別の場所を掃除していて俺の方は向いていない。
今なら、高速で見ればバレないかもしれない。
しかし、勝手に卒業アルバムを見るのは……。
そんな風に俺が本棚の前で葛藤していると、
先輩がこっちに来た。
「本棚の掃除はどうかな、枕木君」
「あっ、ま、まだなにもしてないですっ」
「ん……?」
先輩は首を傾げたあと、
俺の顔を不思議そうに見つめてきた。
少し見つめたあと、俺の考えていることがバレたのか、
先輩は少し笑った。
「ふふふ、そんな僕の卒業アルバムを見たかったんだ」
「い、いやこれは……」
俺は言い訳をしようとしたが、
先輩の次の一言は予想外のものだった。
「いいよ、じゃあ一緒に見ようか」
「えっ」
「だって見たいんだろう? だから見せてあげるよ」
そう言うと、先輩は本棚から小学校のアルバムを取り出して開いた。
そして、先輩はなにかを探すようにページをめくり、
少し経ったあと、目当てのページが見つかったのか、めくる手を止めた。
「ほら、これが僕の写真だよ」
先輩が写真を指差している。
その綺麗で細い指の先には、小学生の先輩がいた。
写真の中の先輩は、今より小さいが、
すでに今のように髪が長く、
表情も周りの子供より大人っぽい。
先輩は、小さくても綺麗だ。
「どうかな枕木君」
「と、とても綺麗です」
「ふふ、ならよかったよ。じゃあ、次は中学校だね」
そして、次は中学校のアルバムを見せてくれた。
……とても綺麗だ……が、ほぼ今と変わらない。
小学生の先輩を見た時ほどの、今との違いは感じられない。
強いて今との違いを言うなら、少し背が小さい気がするのと、
中学校の制服を着ているくらいだ。
そんなことを思っていると、先輩に顔を見られてしまった。
「ふふっ、今とあまり変わらなくてガッカリしたかな?」
「そ、そんなことは」
「実際、身長が数センチ変わっただけだからね……さあ、アルバムの時間は終わりだよ」
そうだ、掃除中だった。
そのことを、俺は今、思い出した。
「まあ、君が本棚をやってくれている間に、ほぼ終わったんだけどね」
「え、それって……」
「うん、本棚をやったら終わりさ。終わったら……幼稚園のアルバムも見せてあげるよ」
そのあと、俺は丁寧に本棚の掃除をし、
先輩の部屋の掃除を終えたあと、先輩と一緒に幼稚園のアルバムを見た。
幼稚園の先輩はとても小さく、髪も今ほど長くない。
小学校の時と比べると、綺麗というより可愛い感じだった。
そして、アルバムを見終わったあと、
俺たちは掃除用具などを元の場所へ戻し、掃除を終えた。
「ふう〜終わりましたね」
「ふふ、助かったよ枕木君、ありがとうね」
「こちらこそ、昔の先輩が見れてよかったです」
「なら良かったよ……おや、そういえばお母さんがいないね」
確かに、お母さんがいない。
先輩と二人で家の中を探すと、リオさんの部屋から音が聞こえたので、
俺は先輩と二人でドアに耳を当てた。
「リオ〜今日はリオの部屋も掃除するって言ったでしょ〜」
「いやだああ……私の部屋は私が掃除するのお……」
「だったら普段から綺麗にしなさい、そしたら私もリオの部屋掃除しないわよ」
「普段から掃除するのもやだああ……」
どうやら、リオさんとお母さんが掃除のことで言い争っているようだ。
それを聞いた俺たちは、同じタイミングでドアから耳を離し、
思わず顔を見合わせた。
「……このままにしておいてあげようか」
「そうですね」
……先輩の家はとても賑やかだ──。




