第44話 「二人きり」
竜崎が両親との海外旅行で、
夏休み中いなくなってしまった……。
つまり、ここからの夏休みは俺と先輩の二人きりだ。
いろんな所に二人で出かけたり、
お泊まりしたり……デートしたり……。
そんなことを妄想するだけで、
胸が躍ってしまう。
……そうだ。
俺から先輩を誘ってみよう。
先輩からの誘いを待っているだけではダメだ。
夏休みを先輩と二人きりでいっぱい過ごすために、
俺から誘うのだ。
そして、俺は先輩にメールを送った。
【まくらぎ】 「先輩……俺とどこか遊びに行きませんか?」
すると、すぐに返信が来た。
【先輩】 「それはいいね、じゃあいつ行こうか」
俺は先輩からの返信にテンションが上がり、
ウキウキで予定を明日に決め、
10時に俺の家に集合したあと、出かけることにし、
どこに行くかは、俺が決めることになった。
そして明日──。
「やあ、待ったかな」
「いや、全然待ってないですよっ」
思わず、声に嬉しさが出てしまった。
なんて言ったって二人きりなのだ。
先輩が、俺一人のものなのだから、
テンションが上がるのも仕方ない。
「ふふ、楽しそうだね枕木君」
「へへへ、そ、そう見えますか?」
「うん。楽しそうでいいね。まあ、僕は君一人のものではないけれどね」
先輩に俺の考えていることがバレたが、
そんなことはどうだっていい。
だって先輩と二人きりなのだから。
「まあ、そろそろ行きますか」
「そうだね、そういえば、今日はどこに行くのかな? 君が決めてくれるんだったよね」
「どこって、それはあの……」
ここで俺はあることに気づいた。
どこに行くか、なにも決めていなかったのだ。
俺がどこへ行くか決めるはずだったというのに、
先輩と二人きりであることに浮かれすぎて、
忘れてしまっていた。
「……もしかして決めてないのかな?」
「そ、そんなわけないじゃないですかっ。ほ、ほら行きますよ」
俺は、目的地を決めるのを忘れていたのを、
先輩にバレたくないので、
強引に出発し、先輩に顔を見られないように先輩の前を歩いた。
……しかし、どうしよう。
予定もないのに歩き始めたせいで、
俺もどこへ向かっているのか分からない。
そんなことを考えていると、先輩が話しかけてきた。
「これはどこへ向かっているのかな?」
「そ、それは秘密ですよ」
「ふうん……それより、今日の君はいつもより歩くのが速いね」
その言葉を聞いた俺は、
顔を見られないように、一瞬だけ後ろを振り向いた。
すると、先輩は、俺より三歩ほど後ろにいた。
先輩に顔を見られるのが嫌で、
体が自然と速めに歩いてしまったのだろうが、これは良くない。
俺はいつも、先輩と横並びになるくらいで歩いている。
それが今日だけ、先輩を置いて歩くなんて、
先輩が悲しんでしまうかもしれない。
だが、顔だけは見られたくない。
ここでいつものように横並びで歩いてしまうと、
先輩に顔を見られた瞬間、予定を決めていなかったことがバレてしまう。
どうしようか悩みながら、先輩の前を歩いていると、先輩が話しかけてきた。
「僕に顔を見られるのが嫌なのかな」
「えっ」
「そして顔を見られたくないのは、今日の予定関係のことじゃないかな」
顔を見られなくても、俺の考えていることがバレてしまった。
「僕は予定がなくてもいいよ。それより、一緒に歩きたいな」
先輩は、俺と一緒に歩きたがっていたのに、
俺は先輩よりも、自分が恥をかかないことを優先してしまった。
なんて最低な男だろう。
俺は一旦歩くのをやめて、先輩を待った。
そして、先輩と横並びになってから、また歩き始めた。
「ごめんなさい先輩……俺、浮かれて予定とか決めてなくて……それがバレるのが嫌だから先輩をおいて歩いて……」
俺がそう言うと、先輩は周りに人がいないか確認したあと、
俺の肩口をグイッと下に引っ張り、
それによって位置が下がった俺の唇に、
人差し指を当てた。
先輩の細くて綺麗な指が唇に当たって、
ドキドキする。
「反省はこれで終わりね。このままだと空気が重くなってしまうから」
「でも……」
「でもじゃないよ。……そうだ、お詫びとして僕と手を繋いで歩こうよ。これで、今日のことはチャラということさ」
これでチャラになるという先輩の話はよく分からないが、
俺が断る理由もないので、俺は先輩と手を繋いで歩き始めた。
……先輩の手は柔らかい。
ずっと握っていたくなる。
そんなことを思っていると、先輩が話しかけてきた。
「僕と手を繋ぐのは楽しいかな?」
「なんですか急に……」
「楽しいか気になっただけさ」
「まあ……はい」
「ふふ、よかったよ。ちなみに、僕も楽しいよ」
先輩の顔を見ると、
いつもより嬉しそうな顔だ。
そんなに、俺と手を繋ぎたかったのだろうか。
そのあと、俺たちは目的地もなく、
ただただ手を繋いで歩いた──。
そして日が暮れてきたので、
俺は先輩を家まで送って、その日は別れることにした。
「今日はその、すいませんでした」
「反省はあれで終わりって言ったのに。まあ、それも枕木君らしいね」
「す、すいません」
「ふふ、僕は今日楽しかったよ。たまにはこういう日があってもいいと思うんだ」
……先輩がそう言ってくれてよかった。
確かに、たまには、予定もなくただ歩く日があってもいいのかもしれない──。
後日──。
俺は先輩と電話で話していた。
「そうだ、枕木君。明日、よかったら遊ばないかい?」
「お、いいですね。予定はどうしま……」
そう、俺が言いかけると、
先輩が食い気味に「あっ、予定は僕が決めるから大丈夫さ。君が考えなくても大丈夫だよ」
と言ってきた。
……俺は、もう先輩との予定を決めることはできなさそうだ──。




