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第42話 「海・中」

 いろいろあったが、

俺たちは海で遊び始めた。


 ……俺が海へ入って最初に思ったことは、

とても気持ちがいいということだ。 

海水は少し温いが、真夏の温まった体を冷やしてくれる。


 そのあとも、俺は波打ち際で、波に当たったりして楽しんだ。

そういえば、二人はなにをしているのだろうか、

不思議に思った俺が周りを見回すと、

竜崎は浮き輪を膨らませていて、

先輩はデカい砂の城を作っていた。


「へー、竜崎って浮き輪使うんだな」 

「ん? 私は普段浮き輪は使いませんわ。これは複数人用の浮き輪ですわ」


 そう言ったあと、竜崎は大きく息を吸い込み、

一気に浮き輪を膨らませた。


 膨らんだ浮き輪は、三人乗っても余裕があるほどの、

大きなラウンジ型の浮き輪になった。

こんな大きさを一気に膨らませるなんて、

竜崎の肺活量はどうなっているのだろうか。


「これなら、先輩も一緒に三人で乗れますわ」

「お、いいね。それなら僕も乗ろうかな」


 さっきまで砂の城を作っていた先輩も、

この浮き輪には乗りたいようだ。

 

 そして、俺たちは三人で浮き輪に乗った。

浮き輪で海に浮かぶなんて、小学生以来だ。

海の綺麗さも相まって、リゾートに来たみたいで楽しい。

先輩も楽しそうな顔になっている。


「は〜、海に浮かぶのは初めてだよ。とても楽しいね」

「え、先輩って浮き輪とか使ったことないんですか?」


 俺が先輩にそう聞くと、

どうやら、体力がないから海自体が怖く、あまり入ったことがないらしい。

確かに、先輩が海に入ったら流されてしまいそうだ。

砂のお城を作っていたのも、海に入らなくてもできることだかららしい。


「でもその分、ずっと砂のお城を作ってるから、僕の砂の城は凄いよ」


 そう言った先輩の顔は、

とても自信に満ち溢れた表情だった。

……ドヤ顔の先輩は可愛い。


「それは完成品が楽しみですね」

「私も見たいですわ」

「ふふ、一通り浮き輪を楽しんだら、また作るさ」


 そして、しばらく浮き輪で過ごしたあと、

俺たちは砂浜へ戻った。


「はー、久しぶりに浮き輪乗ったけど楽しかったなあ」

「僕も楽しかったよ」

「なら、よかったですわ」


 ……俺は今、この夏で一番楽しい。

おそらく、俺以上にこの夏を楽しんでいる人間はいないだろう。

ただ、ずっと外で遊んでいたら喉が渇いてしまった。


「俺、喉乾いたから飲み物取ってきます」

「それなら、私が取ってきますわ。たしかクーラーボックスがあるはずです」

「いや、取りに行かせるなんて悪いから俺が……」

「いえ、海に誘ったのは私です。誘った側として、これくらいは当然です」


 そう言うと、竜崎は飲み物を家に取りに行った。

俺が「取りに行かせてしまった」という思いで、複雑な気分になっていると、

先輩が「そんなに気にしなくても大丈夫だよ」と、

言ってくれたので、俺はそのことについて考えないことにした。


「先輩、ありがとうございます」

「君が気にしすぎなだけさ、それより僕のお城がそろそろ完成するから見てほしいな」


 そして、先輩は俺の腕を持って、

俺を砂の城の近くまで引っ張った。


「じゃーん、これが僕の自信作さ」


 ……これは凄い。

先輩が作った城は、さっきまで三人で乗っていた浮き輪と同じくらい、

いや、それ以上の大きさだ。


 しかも、細かい装飾もよくできていて、

まるで本物の城を、ここに持ってきたかのようだ。


「どうかな?」

「凄いですよ先輩! これどうやって作ったんですか」

「ふふ、それはね……」


 そのあと、先輩はコツなんかを話し始めた。

砂には適切な水加減がある、みたいなことを言っていた気がするが、

俺はそれより、先輩の表情に釘付けになってしまった。


 普段は見せないような、自信がたっぷりで、

まるでオタクが早口で喋っている時のような、

そんな先輩の表情が、とても可愛かったからだ。


「おっと、喋りすぎてしまったよ」

「いやいや、大丈夫ですよ」


 すると、先輩が俺の顔を見てくる。


「……どうやら話より、僕の顔に夢中になっていたみたいだね」

「い、いやそんなことは」

「……まあいいさ、それより僕は最後の仕上げに取り掛かるよ」


 ──そう言って、先輩が作業に取り掛かろうとした。

その時だった。

高めの波が来て、俺の腰あたりまで水に浸かった。


 幸い、俺も先輩も流されることはなかったが、

砂の城は波によって見るも無残な姿になってしまった。


「ああっ、砂の城があ」

「あらら、まあしょうがないね」


 先輩は、意外とダメージを受けていなさそうだ。

もっと落ち込みそうなものだが、

自信満々から、いつものアンニュイな表情に戻っただけだ。


「……あんなに頑張って作ってたのに、意外と平気なんですね」

「波が来るような場所で作った僕が悪いしね」

 

 なぜか、俺の方がダメージを受けている気がする。

俺はなにも作っていないというのに……。


「まあでも、先輩が流されなくてよかった……」


 俺はその時、先輩の異変に気づいた。

先輩のパレオがないのだ。

これはまずい。

今の先輩はパレオがないせいで、ほぼ普通のビキニだ。

俺は、先輩の下半身をあまり見ないようにした。


「ちょ、ちょっと隠してください先輩」

「なにを……ああ、パレオのことだね。どうやら、さっき流されてしまったみたいだ」


 先輩はなぜか冷静だ。


「い、いやもっと恥ずかしがったりしないんですか!? ほぼ下着状態ですよ」

「下着じゃなくて水着だよ、枕木君」

「それは分かってますけど……というか恥ずかしくないんですか」

「海だからね」


 俺には、先輩が恥ずかしがる時と、恥ずかしがらない時の違いが分からない。


「まあいいや、それよりパレオは……」


 俺が海の方を見ると、ぷかぷかとパレオが浮いていた。

……ギリギリ取りに行けそうな距離だ。


「俺、取りに行ってきます」

「……危ないからやめておいたほうがいいと思うよ。僕は今の状態でも大丈夫さ」

「でも……あっ」


 俺は天才的なことを思いついた。

海に入るのが危ないなら、入らなければいいのだ。

俺は近くに生えていた植物で網を作り、

パレオに向かって投げた。


 そして……。


「取れましたよ、先輩」

「……ありがとう、枕木君。君は凄いね」


 俺は見事、パレオを海から取り返し、

先輩の下半身を守ることができた。


 すると、先輩が俺を抱きしめてきた。


「え、あ」

「お礼だよ、枕木君」


 ……とても気持ちいい。

水着でお互い肌の露出が多いせいか、

いつもより肌の感触を感じる。


「……ありがとうございます先輩」


 俺がそう言い、

俺も先輩を抱きしめようとすると、

飲み物を取って帰ってきた竜崎が、

俺をじっと見つめてきた。


 その視線は、嫉妬などの負の感情が詰まっているような、

恐ろしいものだった。

俺は、怖くなったので、

抱きしめるのをやめて、先輩を俺から離した。


「ん? もう終わりなのかい」

「ははは、竜崎が帰ってきたし、喉が渇いたなって……はは」


 俺は抱きしめられなかったことを残念に思いながら、

飲み物を飲んだ。

海のせいだろうか、しょっぱい味がする──。


「そういえば先輩。砂のお城はどうなったのでしょう? 私、見たいですわ」

「ああ、それはね……」


 先輩が竜崎に、さっきまでのことを話すと、

竜崎は膝から崩れ落ちた。

竜崎には悪いが、あの城は俺と先輩だけの思い出になったのだ──。

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