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第35話 「催眠術」

「はあ……」


 朝、俺はため息をつきながら学校へ向かっている。

なぜなら、前の期末テストで全てを出し切り、

燃え尽きてしまったからだ。


(めんどくさい……テスト終わったんだから、もう夏休みでいいだろ……)


 そんなことを考えながら、

校門へたどり着くと、

いつも通り先輩が立っていた。


『やあ』

「先輩……どうも」


 すると、先輩がこちらの顔を見つめてきた。


『ふうん、やる気が無くなってしまったようだね』


 隠すつもりもなかったが、

せっかくだし、俺は先輩に愚痴ることにした。


「先輩、テスト終わったんだから、もう夏休みでよくないですか?」

『まだテストが返却されていないじゃないか』

「それは、郵送かなんかで送って……」

『手間がかかって面倒くさそうだね』


 ……どうやら、今日は黙って俺の愚痴を聞いてくれないようだ。


『まあ、僕はだいたいこうなると予想していたよ。だからいいものを持ってきたんだ』

「なんですか、いいものって」


 そして、先輩は鞄を開け、中からなにかを取り出した。


『これが、秘密兵器さ』


 それは五円玉に糸を通してあり、

テレビや漫画なんかでもよく見かける、

催眠術の定番とも言える振り子だった。


「……これって、まさか」

『そのまさか、催眠術さ』


 先輩もテストでおかしくなってしまったのだろうか。

いや、いつもこんな感じだし、冗談かも……と思っていたが、

先輩の顔を見るに、どうやら本気らしい。


 先輩は相変わらずよく分からない。


『ほら、揺らすから五円の部分をよく見ていてね』

「はあ……まあ、別にいいですけど」


 俺は先輩の指示に従い、振り子を見つめた。

「本当に催眠術にかかるのだろうか?」と半信半疑で見つめていると、

先輩が声を出し始めた。


『君はだんだんやる気が出る〜』


 ……これで本当にやる気が出るのだろうか、

バカらしくて、俺は少し眠くなってきてしまった。


『君はとても、やる気が出る〜』


 まずい、だいぶ眠たくなってきた。

先輩には悪いが……もう寝よう。

いや、ここで寝ては学校に遅刻してしま──。


 ──突然、ハッとなり、目が覚めた。

俺は校門で寝てしまったのか?

だとしたら大遅刻に……。


 周りを見回すと、そこは校門ではなく、

いつも三人でお昼を食べている場所だった。


『やあ、おはよう枕木君』

「あら、本当に催眠にかかっていたんですのね」

「……えっ?」


 二人の言葉に戸惑っていると、

先輩が口を開いた。


『ほら、朝に催眠術をかけただろう?』

「そういえばそんなことを言っていたような……」


 そのあと、先輩が説明してくれた。

どうやら、俺は催眠術にかかったあと、

やる気を出し、授業に取り組んでいたらしい。

それは周りのクラスメイトが引いてしまうほど……。


 それに違和感を持った竜崎が先輩に聞くと、

催眠術だと言うので、なら解除してみてほしいと言い、

先輩は催眠術を解いたらしい。


「え……俺、全然記憶ないんですけど……」

『なら、成功だね』

「成功なんですか、これ」


 先輩に聞くと、放課後に解く予定だったらしいが、

午後の授業が嫌だし、どうせならそうしてほしかった。


「先輩、もう一回かけてくださいよお」

『どうしようかな』


 俺と先輩が話すと、竜崎が割り込んできた。


「それはダメですわ」

「な、なんでだよ」

「あなた、先ほど記憶がないと言いましたね」

「まあ、そうだけど」

「それはつまり、授業を聞いていないということ。それでは授業の意味がありませんわ」


 確かにそうかもしれないが、俺はそんなことより授業をサボりたい。

だがそんなことを言えるはずもなく、

俺は沈黙した。


「それと先輩も、いくらやる気を出させるためとはいえ、こんな強力な催眠は良くないですわ。これ以上しないように」

『ごめんね』

「……反省しているのならいいんですよ」


 そう言いながら、竜崎は先輩の頭を撫で始めた。

……本当は口実を作って、頭を撫でたかっただけじゃないのか?


 そう思った俺は、竜崎に対抗して先輩の頭を撫でた。

結局お互いにヒートアップして、昼休みが終わるまで先輩を撫で続けた。

撫でられている間、先輩はまったく表情も変えず、動じていなかった。


 そして、催眠術がない状態で午後の授業が始まり、

俺は辛い思いをしながら、なんとか乗り切ることができた。


「はあ…」


 行きと同じようにため息をつきながら、

帰ろうとすると、校門に先輩が立っていた。


『お疲れ様、枕木君』

「先輩……」

『ねえ、枕木君。今日君の家に行っていいかな?』


 先輩の急な一言に、俺は驚いた。


「えっ」

『ダメなら大丈夫さ、急に言った僕が悪いからね』

「な、なにするつもりですか」

『ん〜、君に催眠をかけてもらおうかなって』


 先輩に催眠……?

まずい、いやらしいことしか思いつかない。

だが、こんなチャンスを逃してはいけないと思い、

俺は承諾した。


 そのあと、二人で俺の家に向かい、

家に着いたあと、とりあえず俺の部屋に案内した。


「で、なんで急に催眠かけてほしいなんて言ったんですか」

『今日、君に催眠をかけただろう?かけたんだから、かけられても仕方ないということさ』

「はあ」

『それと……君の部屋に来たかったんだ』


 その一言で、俺はある考えに達した。

もしかして先輩は俺のことが……。

そんなことを思うと、先輩が遮るように口を開いた。


『ほら、早くかけてみて』

「あっ、はい」


 そして、俺は朝に先輩が使った、

振り子を渡された。


 しかし、どんな催眠をかけよう。

あんまりいやらしいと催眠をかける前に、

引かれてしまいそうだ。


 すると、いいことを思いついた。


「よし、じゃあ先輩。振り子を見ててくださいね」

『うん』


 俺が思いついたのは、質問に正直に答える催眠だ。

これで先輩が俺のことを好きか分かる。


だが、最初から「質問に正直に答える〜」と言うのは恥ずかしい、

だから、催眠術でぼーっとさせ、

そこで聞くことにした。


「あなたはだんだんぼーっとする〜」


 催眠が効いているのか、先輩の瞼が下がってきている。

あとひと押しだ。


「あなたはだんだんぼーっとする〜」


 すると、先輩がうつろな目になった。

これは催眠にかかっているだろう。

だが、俺は心配性なので最初は別の質問で確かめることにした。


「えっと……先輩の苦手なものを教えてください」

『……苦いもの』


 確かに前、ブラックコーヒーがどうのと、

先輩のお母さんが言っていた気がするし、

これは催眠にかかっているだろう。


 そして、俺は満を持して、本命の質問を振った。


「その……先輩は、俺のこと……好きですか?」

『……』


 返事はない。

催眠が効いていないのだろうか。

それとも、俺のことなんか好きではないのか……。

そんなことを考えていると……。


『好きだよ』

「えっ」


 先輩が喋った。

しかも、俺のことが好きと言った。

「やはり、催眠にかかっていたんだ」と思い、先輩の顔を見ると、

さっきまでのうつろな目ではなく、いつもの目になっていた。

しかも、少しこちらを見つめて、にやけている。


「あの……もしかして催眠には……」

『うん、かかってないよ』

「な、なあ」


 俺は恥ずかしさで消えそうになってしまった。

催眠にかかっていると思って、

先輩にあんなことを聞いたなんて、俺がバカみたいだ。


「お、俺を催眠にかかったふりしてからかってたんですか」

『うん、君の反応が可愛いからね』

「ひ、酷いですよ、俺のことが好きなんて嘘ついて」

『それは嘘じゃないよ』

「へ?」


 先輩の一言に俺は戸惑ってしまった。


『確かに催眠にかかってはいないけれど、答えは本当だよ』

「そ、そんなの信じられないですよ。先輩はよく嘘つくし……」


 俺がそう言うと、先輩はこちらに近づいてきた。


『そうだね、信じてもらえないのも当然さ』


 さらに先輩がこちらへ近づいてくる。

もう触れてしまいそうな距離だ。


『でも、僕は君のことが好きだよ』


 そして、先輩は背伸びをし、俺の頬にキスをしてきた。


「ほ、ほあっ」


 驚きのあまり変な声が出て、腰が抜けてしまった。

すると、腰が抜けた俺の顔を両手で優しく持ち、

先輩が俺の顔を見つめてきた。


『好きだよ、枕木君』


 俺はその一言で興奮してしまい、気絶してしまった。


『おや、起きたね枕木君。君は気絶するのが好きだね』


 起きると、俺は横になっていて、

頭には柔らかい、何度も体感した感触があった。

おそらく膝枕だろう。


「す、すいません先輩」

『ふふっ、いいよ。君が気絶するのは慣れているからね』

「……あの、先輩」

『なんだい?』

「さっきの言葉は……」

『何回も言ったじゃないか、本当だよ』


 俺はその言葉で嬉しくなった。

そして、二人で話していると、先輩が帰る時間になってしまった。


『じゃあ、僕はそろそろ帰るとするよ』


 先輩が帰ると思うと寂しくなってしまう。

さっきの……好きだという言葉を思い出すと、

今でもドキドキしてしまう。


 だが、俺は余計なことを思ってしまった。

さっきの好きは友達としてなのか、

それとも……恋人としてなのかを。


「あの、先輩」

『ん、なんだい?』

「さっきの好きって……友達としてですか?それとも……」

『ふうん……』


 俺がそう言うと、先輩は少し考えたあと、こう言った。


『秘密だよ』

「えっ」

『答えを知りたかったら、催眠術を勉強してみたらいいんじゃないかな。じゃあね』


 そして、先輩は帰っていってしまった。

結局、答えは分からなかったが、確かに催眠術で聞けばいいんだ。


そのあと、俺はネットで催眠術の本を買い、徹底的に練習した。

だが……。


「あなたは俺の質問に正直に答える〜。さあ、先輩、俺のことを友達として好きなんですか?それともこ、恋人ですか?」

『どっちかなあ〜』


 先輩に催眠が通じることはなかった──。


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