第32話 「先輩のお母さん・下」
俺は今、リオさんを抱っこしながら、
先輩の家へ三人で向かっている──。
家へ近づいていくたび、
心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。
その理由は、おそらく先輩のお母さんが原因だろう。
会ってみたいと言われてしまったし、
ここまで来て帰ることはできないが、
もし、会った途端に「あなたは真央に相応しくないわ」なんて言われたら、
俺はだいぶ落ち込んでしまうだろう。
そんな不安を抱えていると、
表情に出てしまっていたのか、
先輩に『そんなに、不安にならなくて大丈夫さ』と言われてしまった。
先輩がそう言ってくれるなら、
不安も抑えられる。
そのあと、リオさんが「やっぱ、いやだあ……」と言って、
逃げようとしたりしたが、なんだかんだ無事に、
先輩の家へ着き、俺はリオさんを抱っこから下ろした。
『おや、まだお母さんは来ていないみたいだね』
思わず、ほっとしてしまった。
いきなりいたら、俺は緊張でおかしくなっていただろう。
まあ、今でも緊張はしているが……。
『ふふ、ほっとしたね枕木君』
「い、いやこれは」
『まあ気にしないで、まだ時間はあるから一旦リビングで休んでておくれよ』
先輩に言われたので、俺はリビングのソファーで休むことにした。
そこで一息つこうとしたが、心臓の鼓動が収まらない。
俺は今まで友達がいなかった。
だから当然、友達の親など会ったことはない。
もしかしたら、これほど緊張しなくてもいいのかもしれないが、
経験がない俺にはそれが分からない。
そんなことを考え、緊張で休めないでいると、
先輩が俺の隣に座ってきた。
『やっぱり、緊張するかな?』
「……はい」
俺がそう言うと、
先輩は体をこちらに傾け、耳を俺の胸に当てた。
『ふふっ、ほんとだ。君の音がよく聞こえるよ』
「な、なあっ」
先輩の急な行動に、余計ドキドキしてしまう。
「な、なにするんですか、余計に落ち着かないですよッ」
『ふふっ、ごめんね。君の音が気になってね』
「もお……先輩はいつも通りですね」
先輩はいつもと変わらず、よく分からない。
だが『君もいつも通りでいいんだよ』と言われたようで、
少し落ち着いた。
先輩はこのことまで考えていたのだろうか。
落ち着いて、俺の表情が変わったのか、
先輩が話しかけてくる。
『少し落ち着いたみたいだね』
「そうかもしれません……先輩はここまで考えてたんですか?」
俺は考えていたのか気になったので聞いてみた。
だが、返事は『どうかなあ』という、
曖昧なものだった。
相変わらず、不思議な人だ。
──そういえば、リオさんはどこに行ったのだろう。
「先輩、リオさんはどこ行ったんですか?」
『お姉ちゃんは、今君の近くのカーテンに隠れているよ』
「えっ」
俺が「そんな訳は……」と半信半疑でカーテンをめくると、
本当にリオさんが隠れていた。
「な、なんで言うのマオ」
『隠れても無駄ということさ』
「ちょっ、ちょっと待ってください。い、いつ隠れたんですか?俺は結構すぐリビングに来たと思うんですけど……」
話を聞くと、俺がリオさんを抱っこから下ろし、
先輩と話している最中に、そっと抜け出し隠れたらしい。
なんてスピードなんだ。
そのあと、三人でソファーに座って話していると、
急に先輩が『さて、そろそろかな』と言い、
玄関の方から音がしてきた。
そして、足音がどんどんこちらへ近づいてくる。
ついに……ついに先輩のお母さんが来てしまった──。
「久しぶりね、マオ、リオ。そして初めまして、遊星君」
先輩のお母さんに最初に抱いた印象は、
「想像していたより身長が高い」だった。
180cm以上はありそうで、
人のお母さんにこういうことを思うのはあれだが、
スタイルが良く、胸も大きい。
髪は先輩と同じ綺麗な白髪で、
顔もまるで先輩が大人になったような、
まつ毛が長くて、青い瞳のとても綺麗な顔立ちだ。
「ど、どうも初めまして、ま、枕木遊星です。先輩にはいつもお世話になってます……」
「あら〜緊張させちゃったみたいね」
「い、いえそんなことは……」
すると、先輩のお母さんがこちらに近づき、
じっと見つめてきた。
なにかまずいことをしてしまったかと思い、
俺が震えると、先輩が俺の手を握ってくれた。
『お母さん、あまり見つめすぎると枕木君が困ってしまうよ』
先輩にそう言われると、お母さんはハッとしたような表情になった。
「あら、見すぎちゃった、ごめんなさいね遊星君。マオがどんなところに惹かれたのか気になっちゃって……」
「いえ、だ、大丈夫です」
「ふふふ、あなたのことを、マオから何回も聞いたわ。その時のマオは、いつも嬉しそうに話すのよ」
そうだったのかと、俺が思っていると、
先輩がそれ以上話すのを牽制するかのように、
『お母さん』と言った。
「あら、マオに怒られちゃったわ。反省反省っと」
容姿は似ているが、
先輩のお母さんの性格は、二人とは違ってかなり明るそうだ。
「……遊星君、少しいいかしら」
「あっ、はい、なんでしょうか」
「良かったら……これからもマオと仲良くしてあげてね」
俺は嬉しくなった。
会う前は、先輩と別れさせられたりするかと思っていたが、
実際はそんなことは言われず、むしろ仲良くしてほしいと言われるなんて。
「も、もちろんです」
「ふふふ、なら良かったわ。は〜、今度は竜崎ちゃんとも会ってみたいわね」
『いつかね』
そのあと、俺はお母さんから、いろいろと先輩の話を聞いた。
先輩が体育でヘロヘロになった話や、
苦いものが苦手で、ブラックコーヒーを初めて飲んだ時は、
一口飲んですぐお母さんに渡した話など、いろいろなことを聞いた。
いろいろな先輩の話が聞けて、俺は楽しかった。
「あら、いろいろ話しすぎてしまったわ。ごめんね遊星君」
『お母さんは話すと長いからね』
「俺は、先輩の話を聞けて楽しかったです」
「ならよかったわ、ほんとはもっと話したかったのだけれど、そろそろ本題に入らなきゃね」
俺が「本題ってなんだ?」と思っていると、
お母さんは、いつのまにかカーテンに隠れていたリオさんを見つけ、
持ち上げた。
「さて、リオ。お母さんと、リオの部屋でお話し、しよっか」
そう言った時の表情は笑顔だったが、
なぜかとてつもない恐ろしさを感じた。
「た、た、助けてーっ」
そう叫びながら、リオさんはお母さんと部屋へ入っていった。
「あ、あのリオさん大丈夫ですかね」
『ん?いつものことだし大丈夫さ、それより』
「はい?」
先輩がこちらに近づいてくる。
『これからもよろしくね、枕木君』
「……はい!」
俺は先輩とまた一つ、仲を深められた気がした──。




