第31話 「先輩のお母さん・上」
休日の朝は気持ちがいい──。
学校がなく、リラックスして過ごせる。
予定もないし、
今日の朝ごはんは、
いつもより気合いを入れて作ろうかなんて考えていると、
突然、チャイムが鳴った。
俺がなんだろうと思い、
玄関を開けると、そこにはリオさんが立っていた。
手に持っている鞄は、荷物かなにかで膨らんでいて、
さらにスーツケースまで持っている。
「ど、どうしたんですか、そんな大荷物で。というかリオさんに住所教えたことありましたっけ……?」
「それはその……ひ、秘密だよ」
「そうですか」
秘密ってなんなのだろうか。
先輩から聞いたりしたならば、
人に言えないようなことではない気がするが……。
「それより遊星君」
「なんですか?」
「し、しばらく、泊めてくれないかな……」
俺は予想外の一言に衝撃を受けた。
こんな早朝にアポ無しで泊めてほしいなんて、
言われると思わなかったからだ。
先輩でも泊めたことはないというのに……。
いや、先輩と姉弟だから、同じように冗談かもしれない。
俺はリオさんに聞いてみることにした。
「あ、あの冗談ですよね?」
「違うよぉ……遊星君しか頼れる人いないの……うぅ……」
なんとリオさんが泣き始めてしまった。
相当なにか嫌なことがあったのだろうか、
大粒の涙を流し、啜り泣いている。
どうやら冗談ではなさそうだし、話を聞くため、
一度家にあげることにした。
「えっと……お茶です。とりあえず話を聞かせてもらえませんか?」
「うん……」
話を聞くと、お母さんが久しぶりに家に帰ってくることになって、
そのお母さんが怖いから、家から逃げてきたそうだ。
「まあ、詳しいことはわからないですけど、一旦うちにいても大丈夫ですよ」
「あ……ありがとう、遊星君。優しいね……へへ」
俺はとりあえず、リオさんにいてもらうことにした。
しかし、そんなにそのお母さんは怖いのだろうか?
先輩からはそんな話、聞いたことはないが……。
そんなことを思っていると、またもやチャイムが鳴った。
俺は「またか……」と思いながら、玄関へ向かった。
すると、今度は先輩が立っていた。
『やあ、枕木君』
「あの、先輩も別に泊まるのはいいですけど、泊まるなら事前に連絡してくれないと……」
『違うよ』
「えっ」
『お姉ちゃん、ここに来てるよね』
どうやら、先輩はリオさんを探しにきたらしい。
俺が先輩を家にあげると、リオさんを探し、
見つけた瞬間、一瞬で背後に回って捕まえるように抱きしめた。
『やっぱりいたね、お姉ちゃん』
「は、離してマオ。わ……私は帰らないから」
リオさんは、手足をバタバタし、
先輩から離れようとしたが、
諦めたのか、しばらくして動かなくなった。
『ごめんね、枕木君。迷惑をかけてしまったね』
「大丈夫ですけど……その……」
『ん〜?』
「リオさんが嫌がってますし、無理して連れ帰るのは……」
それを聞いたリオさんが、目を輝かせるように言った。
「ほ、ほら、遊星君もこう言ってるよ!だから離してマオ〜」
『……枕木君、これはいつものことだから気にしなくて大丈夫さ』
「はあ」
先輩が言うには、お母さんが帰ってくるたびに、
逃げたり隠れたりするらしい。
「だ、だってお母さん、怖いんだもん……」
『それはお姉ちゃんの将来を思っているからだよ。お姉ちゃんもそれは分かっているだろう?』
「……うん」
どうやら、リオさんも落ち着いたらしい。
先輩も抱えるのをやめて、リオさんを離した。
最初はリオさんが泣く姿を見て、虐待かと思ってしまったが、
そうではなさそうで俺も安心した。
『じゃあ、僕らは帰るとするよ。枕木君』
そして先輩たちは玄関へ向かい、
俺もお見送りに向かうと、リオさんが俺の服を掴んできた。
「ど、どうしましたリオさん」
「遊星君……抱っこして」
少し困ったが、持ち上げて抱っこすると、
嬉しそうな顔でリラックスしている。
すると、リオさんがなにか思いついたような表情になった。
「そうだ、遊星君も家に来てよ、そしたらお母さんも怖くないよ」
「ええ……」
俺は少し戸惑った。なぜなら、
ついていくと、ほぼ確実に先輩のお母さんに会うことになるからだ。
先輩のお母さんも久しぶりに家に帰った時に、
知らない男がいたらきっと嫌だろう。
『お姉ちゃん、枕木君が困ってしまうよ』
「だってぇ……」
「俺は別にいいですけど、お母さんが嫌がるんじゃ……」
『言えば大丈夫だと思うよ』
そう言うと、先輩はメールを送った。
すると、すぐ通知音が鳴った。
『いいってさ、どうやらお母さんも、君に会ってみたいらしいね』
「えっ、なんで俺のこと知ってるんですか」
『僕が、今日はこんなことがあったよってたまにメールしているからね』
「はあ」
いいと言った手前、もう断ることはできないが、
お母さんが会いたいと言っていることを知り、
俺も怖くなってしまった。
『怖くなったかな?』
「い、いやそんなことは」
『ふふっ、じゃあ、行こうか』
「……ですね」
「レッツゴーだね、へへ」
『ところで……お姉ちゃんはいつまで枕木君に抱っこされているのかな』
先輩がリオさんを真顔で、じーっと見ている。
『枕木君も疲れただろう?そろそろ下ろしても大丈夫だよ』
「いや、俺は大丈夫ですよ、全然疲れてないです」
そう言うと、今度は俺をじーっと見てきた。
なにかまずいことでも言ってしまったのだろうか。
『……まあいいや、じゃあ行こうか』
「へへっ、任せたよ遊星君」
「はは…」
こうして、俺は先輩の家へ向かい始めた──。




