第29話 「ポニーテール」
『やあ、おはよう』
朝、登校すると、
先輩が俺に話しかけてきた。
それ自体はいつも同じだが、
明確に違うところが一つある。
髪を結んでいるのだ。
いわゆるポニーテールというやつだ。
「先輩が髪を結んでるなんて珍しいですね」
『暑いからね』
普段のロングヘアの先輩と雰囲気が違って、
とてもいい。
普段が綺麗な印象だとすると、
今の先輩は可愛い印象だ。
「その……とても似合ってますよ先輩」
『ふふっ、ありがとう。じゃあ僕は教室へ行くよ』
そう言って、先輩は教室へ向かった。
その時、チラッと先輩のうなじが見えた。
昔、ニュースかなにかでポニーテールは、
男子の感情を昂らせるから校則で禁止という学校を見たことがある。
その時は「なんだその校則」と思っていたが、
今なら分かる。
これは危険だ。
そう思いながらずっと先輩のうなじを見ていると、
教室へ向かっていた先輩が、
こちらに振り向き、戻ってきた。
「ど、どうしましたか……?」
『君こそ、そんなに僕を見つめてどうしたのかな』
「い、いやそれは」
まずい。
見つめていることがバレてしまった。
いや、それ自体はいつもやっているからいいが、
問題は見つめている場所がうなじだということだ。
うなじをずっと見つめていたとバレたら、
俺がスケベみたいに思われてしまう。
「先輩の……姿勢が綺麗だなと」
『うなじを見てたんじゃないのかい?』
バレていた。
『君があまりにじろじろと見てくるから、気になってしまったよ』
「そ……そんなに見てましたか?」
『うん、背中越しでもいやらしい視線を感じたよ。君はスケベだね』
「な、お俺はスケベじゃないですってば」
『ふふっ、またね枕木君』
結局、先輩にスケベ扱いされてしまった。
俺はモヤモヤを抱えたまま、教室へ向かった。
(いや俺はスケベなんかじゃないし、ポニーテールが悪いんだ)
そんなことを考えていると、ホームルームが始まった。
今日もまた、竜崎が連絡事項を話している。
そこで気づいたが、竜崎も今日はポニーテールだった。
だがなぜだろう、まったく気持ちが昂らない。
連絡事項が終わり、竜崎が席へ戻る際、
チラッとうなじが見え、周りの男子たちは「おお」と言っていたが、
俺はその時も、気持ちに変化は生じなかった。
そこで気づいた。
「俺はポニーテールが好きなんじゃない、先輩のが好きなんだ」と。
そして午前の授業が終わり昼休み──。
俺がいつもの場所へ行くと、
先輩と竜崎が話しているのが見えた。
どうやらポニーテールのことを話しているらしい。
「今日は暑いので髪を結んでみたのですが、男子の視線が気になりましたわ」
『その気持ち、分かるよ。僕も今日、いやらしい目で見られてしまってね』
「先輩をそんな目で見るなんて……私、許せませんわ」
これはまずい。
その話題を話している最中に、俺が二人の前へ行ったら、
先輩に『あっ、いやらしい人が来たね』と言われてしまいそうだ。
そんなことになったら竜崎にどんなことを言われるか……。
想像しただけで全身が震えてくる。
俺は話題が変わるまで、物陰に隠れることにした。
『そういえば、枕木君が来ないね』
「そうですね」
『なにかあったのかな?電話をかけてみるよ』
この流れはよくない。
俺は着信音を切ろうとしたが、間に合わなかった。
物陰にいたことがバレた。
『いたなら来てくれてよかったのに』
「い、いや」
「そうですわ、物陰で盗み聞きなんてマナーがなっていないです」
『まあまあ、三人揃ったことだしお昼を食べようか』
そしてお昼ご飯を食べ始めたが、
いつ、うなじの話をされるかと思うと味がしない。
ただでさえ盗み聞きで竜崎からの印象が悪い上に、
うなじを見ていたことがバレたら軽蔑されてしまうだろう。
こんなにお昼休みが早く終わってほしいと思ったことはない。
だが竜崎が余計なことを言い始めた。
「それで先輩、いやらしい目で見てきた人はどうしたのでしょうか」
(やめろ竜崎、その話題を出すなあ〜っ)
『スケベって言っておいたよ、それで終わりさ』
「ならいいのですが……」
これ以上、その話をするなと思っていると、
先輩がこちらの顔をチラッと見たあと、
別の話題を振ってくれた。
もしかして、俺がその話をやめてほしいと思ったのが伝わったのだろうか。
だとしたら、先輩は優しい。
その後は何事もなく、
いつも通り、昼休みが終わるまで三人で話した。
「あら、もうこんな時間ですか、私はクラス委員の仕事があるのでお先に失礼します」
『またね、りゅりゅ』
竜崎は早めにいなくなってしまった。
ちょうどいいので、俺は先輩にさっきのことを聞いてみることにした。
「先輩」
『ん?どうしたのかな』
「さっき……俺の顔を見て、話題を変えてくれましたよね」
俺がそう言うと、先輩が少し笑った。
『気づいてたんだ』
「そりゃまあ、気づきますよ」
『だって、君もスケベってバレたくないだろうからね』
「だから俺はスケベじゃ……まあ、とにかく助かりました」
また先輩が笑い、そのあと、少し話して、
俺たちも教室へ戻ることにした。
だが先輩は動かずにその場で止まっている。
「どうしました先輩?早く行かないと」
『だって、先に行ったら君にじろじろ見られてしまうからね』
「い、いやそれは……」
俺が言い返せないでいると、先輩がなにかを閃いたような表情になり、
髪を結んでいたゴムを外した。
『こうすれば、うなじを見られることもないね』
俺はポニーテールじゃなくなって、少しガッカリしたが、
髪を下ろして、いつもの姿になった先輩は、
美しかった。
やはり、いつも通りが一番いいのかもしれない。
そう思いながら見つめていると、先輩が口を開いた。
『……やっぱり枕木君はスケベだね』
「なっ、お、俺は」
俺はスケベなんかじゃない──。




