第24話 「おねだり」
俺は今、達成感に満ちている。
普段の勉強が実を結び、テストで高得点を取ったのだ。
順位もクラス、学年ともに一桁台だ。
これは先輩も驚くに違いない。
その日、俺は帰る前に先輩と校門で待ち合わせをした。
『やあ』
「あっ、先輩」
『君が僕を呼ぶなんて珍しいね』
「そうなんですよ〜聞いてくださいよ〜」
そして俺はテストのことを先輩に話した。
俺がどう勉強してきたかや、先輩のおかげで、
勉強へのモチベーションが出てきたということを。
『ふふっ、僕のおかげで順位が上がったなんて嬉しいね』
『でも、今の結果は君が頑張った努力のおかげだよ』
「へへへっ」
先輩に褒められて、変な声が出てしまう。
『よく頑張ったね、枕木君。おめでとう』
「……ありがとうございます先輩!」
『ふふっ、じゃあ僕はお先に失礼するよ』
「えっ」
『え?』
もう終わりなのだろうか、正直もっと褒めてほしい。
『君は天才だね』とか『やっぱり枕木君はカッコいいよ』とか。
もっと言うと、ご褒美が欲しい。
「い、いやもっとなんか…その」
俺がそう言うと、先輩は首を傾げたあと、
俺の顔をじっと見つめてきた。
まずい、下心がバレてしまう。
『ふうん……ご褒美が欲しいんだね』
バレた。
こうなったからには仕方ない、
俺は本心を隠さずさらけ出した。
「だっ、だって、いつも先輩は俺に優しいし、テストで頑張ったらいいことしてもらえるかなって」
「実際、順位すごいですよ。見てください、一桁ですよ!一桁!」
「頑張ったんですからね、最初のころ思い出してくださいよ!」
「ノートすら取ってなくて、かなり危なかったのに今は一桁ですよ!」
「だからもっと褒めてくださいよ〜ッ」
俺は言い切った。
少し……いやだいぶ恥ずかしい。
しかも校門前で喋ったせいで、周りがヒソヒソ話しながらこちらを見ている。
あまりの恥ずかしさに、俺は猛ダッシュで帰宅した。
帰宅したあと、俺は部屋の布団の中で丸まっていた。
自分の発言と、周りの視線を思い出すたびに、
布団が丸まっていく。
すると突然、チャイムが鳴った。
俺は行きたくなかったが、配達員さんだったら申し訳ないと思い、
一応、玄関へ向かった。
俺がドアを開けると、そこにいたのは先輩だった。
「ひいいっ、ごっ、ごめんなさい」
あんなことを言ったあと、逃亡してしまったのだ、
先輩でも怒ってしまうだろう。
『忘れ物をしているよ、枕木君。ほら、これ』
「へっ?」
思っていた返答と違ったので、困惑した。
先輩が手に持っているものを見ると、
それは俺の鞄だった。
急いであの場から離れたので、忘れてきてしまったのだろう。
『ふふっ、慌てすぎだね枕木君』
「……すいません、先輩」
受け取ったあとお礼を言い、俺がそっとドアを閉じようとすると、
先輩がドアノブを引っ張ってきた。
「あの……なんですか先輩」
『入ってもいいかな?』
「えっ」
『ほら、ご褒美の話をね』
それを聞いた俺は「まだ俺に優しくしてくれるんだ」と思いながら、
先輩を家に入れ、俺の部屋へ向かった。
「その……人が来ると思ってなかったので、あんまり綺麗じゃないですけど……」
『いいよ、無理言って来たのは僕だからね』
俺と先輩はベッドに座って、話し始めた。
「あ、あの……さっきはすいません」
『ん?僕は別に気にしてないけれど』
また先輩に気を遣われてしまった。
『君はすぐ落ち込むね』
「す、すいませ」
俺がそう言いかけると、先輩は俺の体を倒して、
自分の太ももに俺の頭を乗せた。
いつもの膝枕だ。
ただいつもと違うのは、俺の頭の向きが、
先輩の体を向いているということだ。
頭もホールドされて、向きを変えることができない。
「むぐっ」
『君は喋るとすぐ落ち込んでしまうからね』
そしてしばらくの間、先輩は俺の頭を離さなかった。
別に俺も、この体勢を変える理由がなかったので動かなかった。
──やはり先輩の膝枕は落ち着く。
先輩の太ももの感触と温度を感じながら、
先輩の匂いも感じられて、幸せだ。
さっきまでの辛い記憶が薄れていくようだ。
このまま寝てしまいたい──。
そう思うと、先輩が俺を起こした。
『寝たらダメだよ、枕木君』
「そ、そんなあ」
『元気は出たかな?』
「まあ、少しは…」
『なら、よかったよ』
先輩は少し笑ってそう言った。
相変わらず、先輩の笑顔は素晴らしい。
『じゃあ、元気も出たところでご褒美の話をしようか』
「えっ」
さっきまでの膝枕がご褒美だと思っていた俺は驚いてしまった。
『ん〜?何を驚いているのかな』
「いや、さっきまでのがご褒美だと思ってて…」
『まあ、あれもご褒美といえばご褒美なんだけれど』
すると、先輩がこちらの手を握って、
天使のような微笑みでこう言った。
『せっかく君が頑張ったんだから、僕もそれに応えないとね』
それを聞いた俺は、嬉しさで泣きそうになってしまった。
子供のわがままのような、
校庭での俺の発言に応えてくれるなんて。
『じゃあ、なにがいい?』
「へっ?」
『ふふっ、なにをしてほしいか、君が決めていいんだよ』
「えっ、あっ」
俺は戸惑った。
急になにがいいかと言われても思いつかない。
いや、思いつくには思いつくが、
先輩にもドン引きされてしまいそうなものばかりだ。
他にはなにがいいだろうかと、考えていると、
俺は先輩にしてほしいことを思いついた。
『その表情……決まったみたいだね』
「先輩」
『うん』
「その、先輩の膝枕で寝たいです……」
先輩は少しキョトンとしていた。
想像していたのは、もっと過激なものだったのだろうか。
「あ、あのダメだったら別に」
『……ふふっ、いいよ。ほら、おいで』
先輩が自分の太ももを優しく叩いて、
俺を呼んでいる。
頭を乗せると、とても落ち着く。
この世のどんな枕でも、先輩には勝てないだろう。
『どうかな、枕木君』
「気持ち…いいです」
『ふふっ、じゃあおやすみ』
「……あっ、先輩」
俺は突然、あることを思い出した。
先輩は、家でご飯を作るため、
17時には帰らなければならないのだ。
現在、時計は16時45分を示している。
「家、帰らなくても大丈夫ですか」
『大丈夫だよ、君が寝たら帰るさ』
俺はそんなにすぐ寝ると思われているのだろうか。
『ほら、ご褒美なんだから寝ないと。僕のためにもね』
「……そうですね、おやすみなさい先輩」
『おやすみ、枕木君』
──気づいた時には眠ってしまっていた。
起きると、先輩はもう帰っていた。
何時だろうと思い、スマホを見ると、
時刻は19時だった。
(やっば、寝過ぎちゃった。先輩の膝枕が気持ち良すぎたせいで…ん?)
スマホの画面をよく見ると、
先輩からのメールの通知があった。
なんだろうと思い、確認すると、
そこにはこう書いてあった。
【先輩】 『君が寝たから、僕は帰ったよ』
【先輩】 『君がすぐ寝て驚いたよ、とても気持ちよさそうだったね』
そんなにすぐ寝てしまったのかと、思っていると、
まだメールの続きがあることに気づいた。
画面を下に動かすと、
【先輩】 『ほら、これ』
という文面と共に俺の寝顔の写真が送られてきていた。
その顔はとても気持ちよさそうだ。
──校門でのやり取りは恥ずかしかったが、
結果的に先輩の膝枕を二回も楽しめたのは、
よかったのかもしれない。
だが、次の日──。
「あなた、ちょっといいかしら」
「ん?なんだよ竜崎」
「昨日、校門で他の生徒に叫ぶ生徒がいたそうですわね」
「い、いやそれは…」
「話を聞かせてもらえるかしら?」
俺はそのあと、竜崎にこっぴどく叱られた。
相手は先輩だから大丈夫、と言い訳したが、
学校で叫ぶこと自体が迷惑だと言われてしまった。
人前で叫ぶのはやめよう──。




