第21話 「遅刻」
目覚まし時計が鳴っている──。
小鳥も囀っていて、気分のいい朝だ。
……あの時までは、そう思っていた。
「さてと、朝ご飯食べて学校行かないと…ん?」
目覚まし時計を見ると、針が指している時刻は、
普段の起床時間を30分も過ぎていた。
「や、やべっ」
思わず、声が出てしまった。
俺は急いで歯を磨き、服を着替え、
朝ご飯を食べずに、急いで学校へ向かった。
が、急いでいたせいか、
俺は足元の石に気が付かなかった。
気づいた時には、俺は地面に倒れ、
全身がじわじわとした痛みに覆われていた。
だが俺は遅刻だけは避けねばならないと、
なんとか、校門まで辿り着いた。
『やあ、枕木く…』
校門で俺のことを待っていた先輩が、
俺の姿を見て、こちらへ近づいてきた。
『大丈夫?血が出ているよ』
『頭は打ってないかい?』
心配してくれているのだろうか、
その声はいつもより、優しく感じた。
「大丈夫です、ちょっと擦りむいただけですよ」
「今日ちょっと遅れて焦っちゃって…」
「ほ…ほら、先輩も教室に行かないと遅刻しちゃいますよ」
『ならいいけれど、僕は保健室に行った方がいいと思うよ』
「こんくらい…なんてことないです」
「じゃあ、俺行きますね」
そして俺は先輩と別れ、急ぎながらも転ばないように教室へ向かい、
ギリギリ遅刻せずに済んだ。
一応、土などは払っておいたが、
まだ少し制服が汚れている。
擦りむいた部分は、持っていたタオルを巻いて、
目立たないようにした。
誰かに、なにか言われるか心配だったが、
俺はクラスで一番影が薄かったので、
触れられずに済んだ。
そしてお昼休み──。
「あら、あなた怪我してましたのね」
「ははっ、そうなんだよ竜崎。気づかなかっただろ」
「言ってくれれば、保健室へ連れていきましたのに」
「いやまあ、あんまり触れられたくなかったし、遅刻したくなかったからさ」
お昼休みに、俺たちはいつものように三人で集まっていた。
だが今日はいつもより先輩の口数が少ない気がする。
「大丈夫ですか、先輩」
『君が心配だっただけだよ』
どうやら先輩は朝からずっと、
俺のことを心配してくれていたらしい。
『……もう、急いで転ぶなんてことがないようにね』
「ははは…気をつけます」
次の日──。
「やっべえええっ」
俺はまたもや、遅刻しそうになってしまった。
寝坊しないように昨日はいつもより早く寝たはずなのに…。
だがもうそんなことは言ってられない。
俺はスピーディーに歯を磨き、着替えて、
学校へ向かった。
俺は急ごうとしたが、途中で昨日の会話を思い出した。
(先輩は昨日、もう急いで転ばないでねって言ってたな…)
(今日もまた怪我しちゃったら、先輩が心配しちゃうな)
そう思い、今日は急がずに、冷静に学校へ向かった。
……が、遅すぎた。
急がずに登校した結果、俺は遅刻してしまったのだ。
昼休み──。
「はあ…」
『どうしたのかな、枕木君』
「今日遅刻しちゃったんですよ…」
「目覚ましはつけなかったんですの?」
「つけてたよお…でもそれでもなぜか起きれなかったんだよ」
『まあでも、怪我するよりいいんじゃないかな』
「それはそうですけど…」
そのあとも、俺は遅刻したことを引きずり、
いつのまにか放課後になっていた。
「はあ…」
俺がため息をつきながら、
家へ帰ろうと校門へ向かっていると、
先輩が話しかけてきた。
『やあ』
「なんですか先輩…俺今日、元気ないんです…」
「また明日も遅刻するかもしれないし…」
『そうだね、だから僕は解決策を持ってきたよ』
「えっ」
どうやら先輩は解決策を思いついたらしい。
「で、解決策ってなんですか」
『僕の家に泊まる』
「……はい??」
『僕の家に泊まって、朝になったら僕が君を起こして一緒に登校するんだ』
『これなら、起きれないなんてことはないはずさ』
『どうかな?いい作戦だと思わないかい?』
どうやら先輩は真面目にこの作戦を考えたらしい。
表情もいつも通り、なにを考えているか分からない、
ミステリアスなものだった。
「い、いや俺はいいですけど」
「急に行くとリオさ…お姉さんとか親御さんに迷惑が…」
『お姉ちゃんは、枕木君ならいつでも来ていいよって』
『お母さんはしばらく帰ってこないしね』
「はあ…」
そんなこんなで、俺は先輩の家に泊まることになった。
俺も最初は困惑したが、先輩の家に泊まるのは全然嫌ではない。
むしろありがたいくらいだ。
そして俺は先輩の家で、夜ご飯を食べ、
リオさんと先輩と三人で遊んだあと、
お風呂に入った。
今回こそ、先輩が一緒にお風呂に入ってこないだろうかと期待したが、
結局、誰も来ることはなかった。
お風呂上がり、先輩に『ふふっ、入ってくると思ったかな?』と
からかわれてしまった。
そのあと、また三人で遊んでいると、寝る時間になった。
「ふわあ…おやすみ遊星くん、マオ」
『おやすみ、お姉ちゃん』
「おやすみなさい、リオさん」
そしてリオさんは自分の部屋へ行った。
「あ…あれリオさんって呼んだけど先輩が怒らない…?」
『別に怒ってないよ、ただお姉ちゃんには名前で呼ぶのに、僕は呼ばないんだって思ってただけさ』
『それに…もう名前で呼んでくれたからね』
「はあ」
『そんなことより、僕たちも寝ようか枕木君』
「そうですね、そういえば俺はどの部屋で寝ればいいですか」
『ん?僕の部屋だよ』
「はえ?」
思わず変な声が出てしまった。
先輩の部屋で寝る…?
考えただけで胸がドキドキしてしまう。
「そ…そしたら先輩はどこで寝るんですか」
『それはもちろん僕の部屋だけど』
「それって…」
『うん、一緒のベッドで寝るよ』
「い、いやそれは刺激が強すぎるというか…」
『もう一緒に寝たじゃないか、それにどうせ起こすんだから近い方がいいよ』
別にそんなに近くなくていいような気がするが…。
そんなことを思いながら、俺は先輩の部屋で一緒に寝ることになった。
部屋に入ると、先輩の匂いがして、
先輩に包まれたようだ。
『ほら、おいで』
いつのまにか、先輩が布団の中で俺を待っている。
俺は誘われるように布団へ入った。
とても…温かい。
隣にいる先輩の感触も伝わってきて…。
変な気持ちになってしまいそうだ。
そう思っていると。
『枕木君、興奮したらダメだよ』
「なっ、し…してませんよ!?」
『ほら、今日ここに来た理由を思い出して』
「それは、先輩に誘われて」
『どうして僕が誘ったのかな?』
「遅刻しないように…?」
『そう、だから寝ないと』
だったら添い寝せず、別々の部屋で寝かせてほしいと思ったが、
俺は言えなかった。
先輩が添い寝してくれるのは嬉しいからだ。
『まあ、このままだと君も眠れないだろうし、歌を歌ってあげるよ』
「はあ、子守り歌的なことですか?」
「そう、さあ目を瞑って」
俺が目を瞑ると、先輩は静かな声で歌い出した。
その声は透き通っていて、それでいて母親のように、
全身を包み込んでくれるような、落ち着く歌声だった。
『おやすみ、枕木君』
気がつくと俺は眠ってしまっていた……。
そして──。
『起きて、枕木君。朝だよ』
「あっ、お…おはようございます」
『ふふっ、これで起きられたね』
「……ですね、ありがとうございます先輩」
「ところで今、何時ですか?」
『8時20分だね』
「……登校時間は…?」
『8時30分までだね』
「遅刻じゃないですかあっ!??」
『目覚ましをかけ忘れてしまってね』
その後、俺は先輩と急いで支度をしたが、時間には間に合わなかった。
俺はいったいなんのために先輩の家へ泊まったのだろうか──。




