第20話 「体育」
体育の授業は嫌いじゃない。
俺はあまり身体を動かさないから、動く機会があるのは楽しい。
ただし、チームでやる授業は別だ。
コミュニケーションは苦手だし、
足を引っ張ったらどうしよう、
授業後に陰口を言われていないだろうかと思うと、
気分が落ち込んできて──。
「だから俺、今日の体育やりたくないです先輩」
俺は登校時にたまたま会った先輩に愚痴っていた。
『君は嫌なものが多くて大変だね』
「なんとかしてくださいよ先輩…」
『無理だよ』
『そもそも今日はなにするのかな?』
「バレーボールです」
『なら他の人に任せて後ろにいればいいんじゃないかな』
「でも…だって…」
確かに、後ろの方で味方に任せておけば、
こちらにボールが来ることはあまりないかもしれない。
だが低確率でもある時点で俺は嫌なのだ。
『君は文句ばかりだね』
『おや、そろそろ時間だね。まあ、頑張ってね、枕木君』
そう言うと先輩は校舎へ入っていった。
俺も遅刻はしたくないので、
いやいや自分のクラスへ向かった。
体育は4限目…。
俺は憂鬱な気持ちで1限目の授業を受けた。
だが、授業がまったく頭に入ってこない。
どれだけ嫌がろうと避けられない体育、
それが近づいてきているという絶望感で、
俺の頭はいっぱいになってしまった。
そして時間が経ち──。
「えー、ではまず準備運動から始めます」
ついに体育の時間がやってきてしまった。
ここからなにかの間違いで個人競技にならないだろうか。
そんなことを考えていると、準備運動が終わり、
チーム分けが始まってしまった。
この時間も苦手だ。
周りは友人とチームを組んでいる。
だが俺に友人はいない。
竜崎が男ならば話は変わっただろうが…。
女子の方をチラッと見ると、
クラスの女子とチームを組んでいる竜崎が見えた。
(竜崎はクラスのカーストでも上の方だもんなあ…)
(あーっ、今からでも仮病で休もうかな)
なんて邪な考えをしていると、
先生から「君はこのチームね」と言われ、
俺はチームに入れられた。
俺以外のチームメンバーは知り合いらしく、
楽しそうに会話をしている…俺を除いて。
そしてバレーボールが始まり──。
そこからの記憶はない。
思い出したくもない。
『ふうん、だから落ち込んでいるんだね』
俺は昼休み、とにかく先輩に話していた。
愚痴ったり、落ち込んだり、とにかくいろいろ話した。
竜崎はクラス委員の仕事かなにかで来れないらしい。
こんな姿は見られたくないからちょうどいい。
「もういやです、今日は帰りたいです先輩」
『まだ午後も授業があるよ』
「クラスに戻りたくないです」
『戻ってね』
「もっと慰めてくださいよ…」
『えー、しょうがないね』
そう言うと先輩は、俺を優しく横に倒して、
膝枕をしてくれた。
『これでいいかな』
「……」
『反応が薄いね、そんなに落ち込んでるのかい?』
「さっきからそう言ってるじゃないですか…」
俺の心の傷は先輩の膝枕でも癒せない。
だがそれはそれとして、膝枕は続けてもらった。
『まあ、君の気持ちはわかるよ』
『僕も体育は苦手だしね』
「でもそれは先輩が体力ないだけじゃないですか」
『僕も人と話すのは苦手だよ』
「本当ですか〜?」
『言い返せるくらい元気なら大丈夫だね』
『そろそろ時間だね』
そう言うと、先輩は俺の頭をそっと持ち上げ、俺を立たせた。
「なんですか先輩」
『君に元気をあげようと思ってね、じゃあいくよ』
すると先輩が俺の背中に手を当てた。
「なんですかこれ」
『元気を送ってあげたんだよ』
「はあ」
『じゃあ僕は教室へ戻るよ、ばいばい枕木君』
行ってしまった。
だが確かに、少し元気が出てきたかもしれない。
そして俺は先輩パワーで午後の授業を乗り切り、放課後になった。
俺が帰ろうと校門へ行くと、先輩が立っていた。
『やあ、頑張れたみたいで嬉しいよ』
「多分、先輩のおかげですよ」
『ふふっ』
そんなことを話していると、先輩の服装に違和感を覚えた。
「先輩、いつもと制服がちょっと違いますね」
『だってこれ、体操服だからね』
「えっ」
『最後の授業が体育だったんだ』
『それで疲れてしまってね』
『着替える気力が湧かずに、体操服の上からブレザーとスカートを着たんだ』
そう言われてみると、先輩の顔が少し赤い気がする。
それと匂いも…。
『君はなにを考えているのかな』
「あっ、いやなんでもないです」
先輩にバレてしまった。
『はあ、ふらふらするよ』
先輩が少しふらついている。
本当に身体を動かすのが苦手らしい。
俺は先輩を支えて、水を飲ませた。
『ありがとうね、枕木君』
「いやまあ、そんな目の前でふらふらされたら」
『ふふっ、優しいんだね』
『と、そろそろ僕は帰ることにするよ』
「……一人で大丈夫ですか?」
『大丈夫だよ』
先輩はそう言うが、俺は心配だ。
ただでさえ先輩は綺麗で、変なやつに狙われるかもしれないのに、
今のへとへとの先輩を一人で帰すのは危ない気がする。
「お…俺、一緒に行きますよ」
『……ふふっ、それは頼もしいね』
そうして俺は先輩についていった。
すると道中、先輩がこけてしまった。
「だ…大丈夫ですか」
『ん、怪我はないよ、安心して』
「ならよかったですけど…やっぱりついてきてよかったです」
『そうだね』
俺は、これ以上先輩を歩かせて大丈夫なのか心配になってくる。
だが俺はここで名案を思いついた。
「先輩、俺が抱っこしてあげます」
「俺は…先輩をこれ以上歩かせられません」
先輩は目を丸くしていたが、少しして、承諾してくれた。
そして俺は先輩を持ち上げ、抱きかかえた。
先輩との距離が近づき、より匂いを感じる。
いつもの先輩のいい匂いに汗が混じっている。
だけど、嫌な匂いじゃない。
むしろもっと嗅ぎたくなるような…。
『……』
先輩がこちらを見ている。
「へ…変なことなんか考えてませんからね!?」
『僕はなにも言っていないけれど…まあいいや。重くないかい?』
「まあまあです」
『……ふうん』
なにかまずいことを言ったのだろうか、先輩が少し不満げな顔になった。
俺は話題を変えるために、別の話を振った。
「先輩、一年生の時どうやって体育がある日に帰ってたんですか」
「こんなへとへとになるのに…」
『体育の日だけは、お母さんが迎えに来てくれていたんだ』
『でも最近はお母さんが忙しいから、一人で帰っているのさ』
「はあ、そうなんですか」
「まあその、対策を考えた方がいいですよ先輩」
「毎回俺がついていけるわけじゃないんですから」
『……そうだね、考えておくよ』
そんなことを話していると、先輩のマンションに着いた。
「着きましたよ、先輩」
『ありがとね、枕木君。おかげで助かったよ』
「じゃあ、俺は帰りますね」
『少し、待ってほしいな』
「はい?」
『あと、しゃがんでほしいな』
「はあ」
俺がしゃがむと先輩が近づいてきて、
俺の頬に軽いキスをした。
「えっ、あっ」
『今日のお礼だよ』
『じゃあ、またね枕木君』
俺が衝撃で止まっていると、先輩はエレベーターに乗っていった。
俺の頬にはまだ先輩の感触が残っている。
とても柔らかくて、先輩の温度を感じた。
先輩には毎日、体育を受けてほしいと思った──。




