↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/34

第20話 「体育」

体育の授業は嫌いじゃない。

俺はあまり身体を動かさないから、動く機会があるのは楽しい。

ただし、チームでやる授業は別だ。


コミュニケーションは苦手だし、

足を引っ張ったらどうしよう、

授業後に陰口を言われていないだろうかと思うと、

気分が落ち込んできて──。


「だから俺、今日の体育やりたくないです先輩」


俺は登校時にたまたま会った先輩に愚痴っていた。


『君は嫌なものが多くて大変だね』

「なんとかしてくださいよ先輩…」

『無理だよ』

『そもそも今日はなにするのかな?』

「バレーボールです」

『なら他の人に任せて後ろにいればいいんじゃないかな』

「でも…だって…」


確かに、後ろの方で味方に任せておけば、

こちらにボールが来ることはあまりないかもしれない。

だが低確率でもある時点で俺は嫌なのだ。


『君は文句ばかりだね』

『おや、そろそろ時間だね。まあ、頑張ってね、枕木君』


そう言うと先輩は校舎へ入っていった。

俺も遅刻はしたくないので、

いやいや自分のクラスへ向かった。


体育は4限目…。

俺は憂鬱な気持ちで1限目の授業を受けた。

だが、授業がまったく頭に入ってこない。


どれだけ嫌がろうと避けられない体育、

それが近づいてきているという絶望感で、

俺の頭はいっぱいになってしまった。


そして時間が経ち──。


「えー、ではまず準備運動から始めます」


ついに体育の時間がやってきてしまった。

ここからなにかの間違いで個人競技にならないだろうか。

そんなことを考えていると、準備運動が終わり、

チーム分けが始まってしまった。


この時間も苦手だ。

周りは友人とチームを組んでいる。

だが俺に友人はいない。

竜崎が男ならば話は変わっただろうが…。


女子の方をチラッと見ると、

クラスの女子とチームを組んでいる竜崎が見えた。


(竜崎はクラスのカーストでも上の方だもんなあ…)

(あーっ、今からでも仮病で休もうかな)


なんて邪な考えをしていると、

先生から「君はこのチームね」と言われ、

俺はチームに入れられた。


俺以外のチームメンバーは知り合いらしく、

楽しそうに会話をしている…俺を除いて。


そしてバレーボールが始まり──。

そこからの記憶はない。

思い出したくもない。


『ふうん、だから落ち込んでいるんだね』


俺は昼休み、とにかく先輩に話していた。

愚痴ったり、落ち込んだり、とにかくいろいろ話した。

竜崎はクラス委員の仕事かなにかで来れないらしい。

こんな姿は見られたくないからちょうどいい。


「もういやです、今日は帰りたいです先輩」

『まだ午後も授業があるよ』

「クラスに戻りたくないです」

『戻ってね』

「もっと慰めてくださいよ…」

『えー、しょうがないね』


そう言うと先輩は、俺を優しく横に倒して、

膝枕をしてくれた。


『これでいいかな』

「……」

『反応が薄いね、そんなに落ち込んでるのかい?』

「さっきからそう言ってるじゃないですか…」


俺の心の傷は先輩の膝枕でも癒せない。

だがそれはそれとして、膝枕は続けてもらった。


『まあ、君の気持ちはわかるよ』

『僕も体育は苦手だしね』

「でもそれは先輩が体力ないだけじゃないですか」

『僕も人と話すのは苦手だよ』

「本当ですか〜?」

『言い返せるくらい元気なら大丈夫だね』

『そろそろ時間だね』


そう言うと、先輩は俺の頭をそっと持ち上げ、俺を立たせた。


「なんですか先輩」

『君に元気をあげようと思ってね、じゃあいくよ』


すると先輩が俺の背中に手を当てた。


「なんですかこれ」

『元気を送ってあげたんだよ』

「はあ」

『じゃあ僕は教室へ戻るよ、ばいばい枕木君』


行ってしまった。

だが確かに、少し元気が出てきたかもしれない。

そして俺は先輩パワーで午後の授業を乗り切り、放課後になった。


俺が帰ろうと校門へ行くと、先輩が立っていた。


『やあ、頑張れたみたいで嬉しいよ』

「多分、先輩のおかげですよ」

『ふふっ』


そんなことを話していると、先輩の服装に違和感を覚えた。


「先輩、いつもと制服がちょっと違いますね」

『だってこれ、体操服だからね』

「えっ」

『最後の授業が体育だったんだ』

『それで疲れてしまってね』

『着替える気力が湧かずに、体操服の上からブレザーとスカートを着たんだ』


そう言われてみると、先輩の顔が少し赤い気がする。

それと匂いも…。


『君はなにを考えているのかな』

「あっ、いやなんでもないです」


先輩にバレてしまった。


『はあ、ふらふらするよ』


先輩が少しふらついている。

本当に身体を動かすのが苦手らしい。

俺は先輩を支えて、水を飲ませた。


『ありがとうね、枕木君』

「いやまあ、そんな目の前でふらふらされたら」

『ふふっ、優しいんだね』

『と、そろそろ僕は帰ることにするよ』

「……一人で大丈夫ですか?」

『大丈夫だよ』


先輩はそう言うが、俺は心配だ。

ただでさえ先輩は綺麗で、変なやつに狙われるかもしれないのに、

今のへとへとの先輩を一人で帰すのは危ない気がする。


「お…俺、一緒に行きますよ」

『……ふふっ、それは頼もしいね』


そうして俺は先輩についていった。

すると道中、先輩がこけてしまった。


「だ…大丈夫ですか」

『ん、怪我はないよ、安心して』

「ならよかったですけど…やっぱりついてきてよかったです」

『そうだね』


俺は、これ以上先輩を歩かせて大丈夫なのか心配になってくる。

だが俺はここで名案を思いついた。


「先輩、俺が抱っこしてあげます」

「俺は…先輩をこれ以上歩かせられません」


先輩は目を丸くしていたが、少しして、承諾してくれた。

そして俺は先輩を持ち上げ、抱きかかえた。


先輩との距離が近づき、より匂いを感じる。

いつもの先輩のいい匂いに汗が混じっている。

だけど、嫌な匂いじゃない。

むしろもっと嗅ぎたくなるような…。


『……』


先輩がこちらを見ている。


「へ…変なことなんか考えてませんからね!?」

『僕はなにも言っていないけれど…まあいいや。重くないかい?』

「まあまあです」

『……ふうん』


なにかまずいことを言ったのだろうか、先輩が少し不満げな顔になった。

俺は話題を変えるために、別の話を振った。


「先輩、一年生の時どうやって体育がある日に帰ってたんですか」

「こんなへとへとになるのに…」

『体育の日だけは、お母さんが迎えに来てくれていたんだ』

『でも最近はお母さんが忙しいから、一人で帰っているのさ』

「はあ、そうなんですか」

「まあその、対策を考えた方がいいですよ先輩」

「毎回俺がついていけるわけじゃないんですから」

『……そうだね、考えておくよ』


そんなことを話していると、先輩のマンションに着いた。


「着きましたよ、先輩」

『ありがとね、枕木君。おかげで助かったよ』

「じゃあ、俺は帰りますね」

『少し、待ってほしいな』

「はい?」

『あと、しゃがんでほしいな』

「はあ」


俺がしゃがむと先輩が近づいてきて、

俺の頬に軽いキスをした。


「えっ、あっ」

『今日のお礼だよ』

『じゃあ、またね枕木君』


俺が衝撃で止まっていると、先輩はエレベーターに乗っていった。

俺の頬にはまだ先輩の感触が残っている。

とても柔らかくて、先輩の温度を感じた。


先輩には毎日、体育を受けてほしいと思った──。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。