第19話 「お泊まり会・下」
『一緒にお風呂に入るかい?』
俺はその一言でフリーズしてしまった。
先輩と一緒にお風呂など、俺には刺激が強すぎる。
少し経って、ようやく俺は口を動かすことができた。
「は…はは、先輩の冗談は面白いですね、はは…」
『……』
先輩は何も言わなかった。
ただ無言で、こちらを見つめている。
その表情はまるでなにかを期待しているようだった。
まさか冗談じゃないのか?そう思い始めると竜崎が、
「入浴の順番はどうしましょう?」と言い、
先輩の視線が竜崎へ移った。
俺が今のは冗談なのか、本気だったのかを考えていると、
どうやらお風呂の順番は、じゃんけんで決めることになったらしい。
そして竜崎→リオさん→先輩→俺の順番になることが決まった。
じゃんけんでも負けてしまうなんて、
今日の俺はとことんゲームが弱いらしい。
そして竜崎がお風呂へ向かった。
俺は竜崎がお風呂に入っている間に、
さっきのことを先輩に聞くことにした。
「先輩」
『ん〜?どうしたのかな』
「さっきのは冗談ですよね…?」
『半分冗談だよ』
「えっ、あ…あと半分は」
『君が「はい!」って即答したら一緒に入ろうかなって』
「えっっ」
俺は即答しなかったのを少し後悔したが、
竜崎もリオさんもいるのに一緒に入るのは、
冷静に考えて危険だと思い直した。
『まあ、またいつかね』
「今のは…?」
『冗談だよ』
そのあと、先輩と会話を楽しんだり、
いつのまにか寝ていたリオさんを起こしたりしていると、
竜崎がお風呂から上がり、眠たげなリオさんがお風呂へ行った。
「先輩、お風呂ありがとうございました」
『りゅりゅはきちんとしてるね』
そのあと、なにやら先輩と竜崎はスイーツやらのことを話している。
混ざりたいが、俺は話に入れるほど詳しくないので、
部屋の隅っこでじっとしていた。
そしてリオさんがお風呂から上がり、先輩が入っていった。
するとリオさんがこちらを、じーっと見つめてきた。
「な…なんですか」
「リオって呼んでほしいな…」
「えっ?」
「今ならマオがいないから…言っても大丈夫だよ」
「はあ…」
俺が名前を言おうとすると、竜崎が無表情で見てきた。
「な…なんだよ竜崎」
「先輩には言わないのに、お姉さんには言うんですのね」
「ベ…別に、竜崎には関係ないだろ」
するとリオさんが「んむぅ…」と鳴き声のような音を発した後、
俺の膝の上に座ってきた。
「マオにも言ってあげないとダメだよ〜」
「なっ、リオさんまで…」
「二人きりの時でいいから、言ってあげてね…」
そう言うと、リオさんは俺の膝の上で眠った。
「お姉さんの言う通りですね」
「……というか竜崎はなんでそんなこと知ってるんだよ」
「たまに先輩がメールで送ってくるんです」
俺はそうだったのかと思い、今度こそ二人きりのタイミングで、
言おうと心の中で誓った。
そんなことを思っていると、先輩がお風呂から上がってきた。
『やあ、最後は枕木君だね』
「あっ、じゃあ入ってきますね」
俺は先ほどまでの話を先輩に表情から察されたくなかったので、
膝の上のリオさんをそっと先輩に預けて、そそくさとお風呂へ向かった。
先輩の家のお風呂は綺麗でお湯も気持ちよかったが、
先輩と二人きりの時に名前を言えるだろうかと考えていたので、
あまり心は休まらなかった。
それから、急に先輩がお風呂に入ってこないだろうかと、
妄想をしたりしたが、特になにも起こらず、
俺はお風呂から上がった。
少し遊んだあと、歯磨きを済ませて就寝時間になった。
先輩とリオさんは自分の部屋、
俺と竜崎は、普段使っていない空き部屋で寝ることになった。
使っていない部屋にもベッドとちょっとした机が置いてあり、
先輩の家の凄さを感じる。
そして先輩がリビングの電気を消し、各々の寝室へ向かった。
俺はすぐ寝ようとしたが、なかなか眠れない。
先輩の名前のことを考えているからだろうか。
(俺は…二人きりの時に、名前を呼んであげれるんだろうか…)
そう考えていると、ドアがノックされた。
なんだと思い、鍵を開けると、そこには先輩がいた。
『やっぱり起きてたね』
「起きてたって…そりゃノックされたら起きますよ」
『……それもそうだね』
「というかこんな時間になんですか」
『君と話したいなって』
とりあえず俺は先輩を部屋に入れ、電気をつけた。
「話ってなんですか」
『僕がお風呂に入っている時、僕の名前のこと話してたでしょ』
「えっ、なんでそれを…まさか竜崎が」
『ん?違うよ。君の顔で分かっただけだよ』
俺は表情に出していないつもりだったが、
どうやらバレていたようだ。
『何回か言ったけど、無理して言わなくていいんだよ』
『僕も無理して言われても嬉しくないしね』
「…すいません、気を遣わせちゃって」
先輩にこんなことまで言わせてしまって…俺は最低だ。
「先輩も俺なんかに構わず、部屋に戻っても大丈夫ですよ…」
『……いてて、急に足を痛めてしまったよ』
「どうしましたか?」
『この痛みじゃ僕は自分の部屋に戻れないね』
「痛いなら自分が運びますけど…」
『君と一緒の部屋で寝たら治る気がするな』
「はい??」
俺は先輩の急な言葉に思考が追いつかなかった。
こんなの明らかに嘘だろう。
「冗談…ですよね?」
『違うよ』
『君と一緒にいたいんだ』
俺は、先輩のストレートな言葉に衝撃を受けた。
いつも本気かよく分からない冗談を言ったり、
直接的なことを言わない先輩の素直な言葉に…。
「え、あっ」
言葉が出ない。
すると先輩が少し背伸びし、俺を抱きしめた。
先輩は温かい。
俺も、先輩を強く抱きしめると、
『んっ、息ができないよ枕木君』と言われてしまった。
「す…すいません先輩」
『いいよ、ふふっ、元気になったね』
「そ…そうですか?」
『うん、じゃあそろそろ寝ようか』
そう言うと先輩はベッドの布団に入った。
『おいで、枕木君』
「えっ、本当にここで寝るんですか」
『さっき言ったじゃないか』
「い…いや俺は床で寝ますから、どうぞベッドは使ってください」
『……足がさらに痛くなってしまったよ。これを治すには…』
「分かりましたよ!」
そして俺は先輩が待っている布団へ入った。
そこはとても温かい。
先輩の体温や身体を感じる。
『枕木君ってあったかいね』
「そ、そうですか?」
俺は人と添い寝などしたことがない。
しかも相手が先輩なので、さらにドキドキする。
だが、不思議と落ち着いていく。
先輩のおかげだろうか。
「先輩」
『ん〜?』
「足が痛いって嘘ですよね」
『うん、君と一緒に寝るための口実だよ』
(先輩にしてはだいぶ下手な嘘だった気がするけど…)
「でも俺、先輩がそんなに俺のことを思ってくれて嬉しいです」
『ふふっ、そうだね』
「……ありがとうございます、マオ先輩」
あんなに悩んでいたのに不思議と、自然に声が出た。
『……ふふっ、君はずるいね枕木君』
その時の顔は暗くてよく見えなかったが、
今までの先輩の顔で、一番嬉しそうだった気がする。
そのあともいろいろと話をし、いつのまにか寝てしまった。
朝起きると、先輩はいなくなっていた。
昨日の夜のことは俺の夢だったのだろうか?
そんなことを思いながら顔を洗い、歯を磨いてリビングへ行くと、
そこには先輩がいた。
『やあ、おはよう枕木君』
「おはようございます先輩」
『ふーん、結局その呼び方なんだね』
「えっ」
『ふふっ』
昨日の夜は夢のようだったが、夢じゃない。
だが、夢のような時間だった──。




