第2話 「気になること」
俺が学校に入学してしばらく経って、学校生活にも少しずつ慣れてきた。
それに、先輩がいるから学校が楽しい。
先輩は俺に優しいし、ご飯も一緒に食べてくれる。
そんな先輩との時間を過ごしていると、俺の頭には突然ある疑問が浮かんだ。
(どうして先輩は俺なんかと仲良くしてくれているんだ?)
その疑問が生まれてからは、意識のすべてがそれに持っていかれていた。
具体的には電柱に何度もぶつかり、何度も通った帰り道を間違えるほどに。
(と……とりあえず家に帰ってから考えよう……)
そんなことを考えながら、電柱にぶつかりすぎてフラフラになった頭のまま家へ帰り、
部屋へと駆け込み、息を切らしたままベッドにダイブした。
ベッドに入って少し時間が経ち、冷静さをある程度取り戻した俺は、改めて疑問について考えてみた。
だが、いくら考えても答えに辿り着くことはできず、
俺はあまり眠れないまま、次の日を迎えた。
(……先輩に直接聞こうかな)
そう思い、俺はお昼休みに先輩に聞こうとしたが、
先輩の顔を見たら、緊張のあまり言葉が出なくなってしまった。
「僕の顔を見て、どうかしたのかな?」
「えっ、あっ、なんでもないですっ。お、俺は教室に戻りますね」
せっかく先輩に話しかけてもらえたのに、
俺は聞くことができなかった。
そして、俺はモヤモヤを抱えながら、放課後を迎えた。
(また今日もモヤモヤしながら帰ることになるのか……)
そう思った時であった。
ポンッという感触を背中で感じ、振り向くとそこには先輩が少し笑いながら立っていた。
「やあ、少し驚かせてしまったね」
「せ……先輩、驚かせないでくださいよ……」
「ごめんごめん、君と少し話をしたくてね」
そう言うと、先輩が俺の顔を見つめてきた。
相変わらず綺麗な顔だ、なんてことを思っていたら──
「君は僕に何か聞きたいことがあるんじゃないかな?」
と言ってきたので自分の考えを覗かれたようで、また驚いてしまった。
「な……なんで分かったんですか」
「ふふっ、当たりかな?お昼の時から少し気になっていたんだ」
「聞きたいことがあるなら言ってくれて構わないよ」
そう言われたので思っていたことを全て言った。
なんで俺に構ってくれるのか、
そもそもなんで入学式の日に俺に話しかけてくれたのか、気になっていたこと全てを。
それを聞いた先輩は驚いて少し目を丸くした後こう言った。
「ふふっ、君がそんなことを気にしているとは思わなかったよ」
「友達ってそういうものじゃないのかな、特に理由はないけど一緒にいたくなる」
「でもあえて言うなら君といたいからかな」
先輩が俺のことを友達だと思ってくれていた、その事実だけでずっと一人だった俺は嬉しかった。
「ほっ……よかったです、実は何が裏があるのかとずっと思ってて……」
「君は僕のことをなんだと思っていたのかな?」
「い、いやそれは……」
「ふふっ、別に気にしてないよ」
「よ……よかったです」
そんなことを話した後、お互いを見つめながら少し笑った。
その時、俺はあることに気づいた。
「あ、あれ?構ってくれる理由は分かりましたけど、あの日話しかけてくれた理由はなんだったんですか?」
「おや?聞かれないからもう忘れていたと思っていたよ。しかし……改めて考えるとどう答えればいいか難しいね」
先輩がなんで話しかけてくれたのかようやく分かる……!そう思うと胸がドキドキしてくる。
心の中でもしかしたら俺がカッコよすぎて声をかけたのか?
実は先輩は俺に一目惚れしたんじゃないのか?
そんな気持ち悪い妄想をしているとついに先輩が口を開いた。
「なんとなくかな」
それを聞いた俺はズッコケてしまった。
俺は勝手に、先輩にはもっと何か、深い理由があるんだろうと思いすぎていたのかもしれない。
「確かに話しかけたこと自体に深い理由はないけれど……」
「今は、あの時君に話しかけて良かったと思ってるよ。だって君と出会えたからね」
その言葉を聞いてまた俺は、嬉しくなった。
先輩も俺といて楽しいと思ってくれていて……出会えて良かったと思ってくれていて。
そして俺も出会えて良かったですと言おうとした時だった。
「ところで……君はいつ僕のことをマオと呼んでくれるのかな」
俺は「えっ」と思わず声が出てしまった。
「僕は入学式の日からずっとマオと呼ばれるのを待っているのだけど」
確かにあの日そんなことを言われたような気がする…。
だがいきなり名前を言うのが恥ずかしく、ずっと先輩と呼んでいた。
「僕は君の質問に答えたのだから、僕のにも答えてほしいな」
「名前を呼ぶのが少し恥ずかしくて……」
「じゃあ一回だけでいいから言ってみてほしいな」
確かに自分の悩みだけ解決してもらって相手には何もしないというのは情けない。
しかも先輩は一回だけでいいからと言ってくれている。
俺は決心し、名前で呼ぶことにした。
「ま……ま……」
先輩が微笑みながらこちらを見ている、俺の恥ずかしがる姿が好きなのだろうか?それとも名前で呼ばれることがそれほど嬉しいのだろうか。
だがなんにせよここまできたら言うしかない。
「ま……ま……ま……」
「ま? なにかな? あと少しだよ」
「ま……先輩」
言えなかった。
俺の決意というのはまったく意味がないことが分かった。
なんて情けない男なのだろう。
怒っていないだろうかと恐る恐る先輩の顔を見ると笑っていた。
そして笑いがおさまったあと、先輩が喋った。
「君がそんなに恥ずかしがるとは思っていなかったよ」
「すみません……」
「でも、これ以上無理に言わせるのも可哀想だし、いつ呼んでくれるのか楽しみに待つことにするよ。じゃあ今日はそろそろ帰ろうかな」
先輩はそう言うと学校の外へと歩き始めた。
自分もそろそろ帰るかと思い歩いていると、先輩が引き返してきた。
「あ、そうだ。大事なことを言い忘れていたよ。また明日ね、枕木くん」
「……は、はい。また明日会いましょう、先輩」
そして先輩は俺に手を振りながら帰っていった。
俺も帰路につきながら昨日のように考えていた、ただし昨日と違うのは今回はポジティブなことだ。
(先輩も俺といて楽しいと思っていて良かった。先輩が声をかけてくれた理由も分かったし……)
(そういえば先輩は名前で呼んで欲しがっていたな……次こそはちゃんと「マオ先輩」って呼ぼう)
俺は、そう決心したのだった──。
一方そのころ──。
(……枕木君が急に「どうしてあの日話しかけてくれたんですか?」なんて言うから焦って「なんとなく」って言ってしまったよ。本当は、なんとなくなんかじゃないのにね──)




