第16話 「バレンタイン」
『君、チョコは好きかな?』
先輩に話があると言われ、わざわざ休み時間に会いに行ったのだが、
会って早々、よく分からないことを聞かれたので驚いてしまった。
「な…なんですか急に」
「まあチョコは好きですけど…これ聞くなら、メールでよくないですか…」
『君の生の声が重要なんだよ』
『バレンタインだからね』
「はい??」
俺は思わず声が出てしまった。
とっくに今年のバレンタインの時期は終わっているし、
来年のバレンタインのことなら早すぎる。
今は6月だというのに…。
「なんでバレンタインなんですか」
『ん?僕と君が会ったのが入学式、つまり4月だよね』
「まあ、はい」
『だから、今年のバレンタイン分のチョコをあげようと思ってね』
「ぜんぜん意味が分からないんですけど…」
『まあいいじゃないか、……おっとそろそろ時間だね、またね枕木君』
そう言うと先輩はクラスへ戻っていった。
正直まだ事態を飲み込めていないが、
俺もクラスへ戻ることにした──。
「ふう…」
授業が終わり一息ついていると、
先輩からメールが届いた。
【先輩】 『君は、チョコの甘さはどれくらいがいいかな?』
【まくらぎ】 「俺はハイカカオがいいです。というか生の声が重要じゃなかったんですか」
【先輩】 『生の声はさっき聞いたから大丈夫だよ』
相変わらず、先輩の考えていることはよく分からない。
だが先輩が俺のためにチョコを作ってくれるのはかなり嬉しい。
俺は今まで生きていて、バレンタインにチョコなどもらったことがない。
だいぶ季節外れではあるが、楽しみだ。
そして後日──。
【先輩】 『校舎裏に来てくれるかな?』
そうメールで言われ、校舎裏へ向かうと、
そこには包みを持った先輩が立っていた。
『やあ、はいこれ』
「あ…ありがとうございます」
『せっかくなら今食べてみてほしいな』
「じゃあいただきます」
俺は包みを開け、チョコを手に取った。
先輩が後ろで手を組みながら、にこやかに笑っている。
感想を待っているのだろうか。
とにかく一口食べてみると、口の中にカカオの風味が広がった。
ほどよい苦味のあと、心地のいい酸味がやってくる。
これこそ俺が求めていたチョコだ。
「美味しいです」
『ふふっ、なら良かったよ』
『さて、バレンタインの次はホワイトデーだね』
「えっ?」
『お返しに期待しているよ』
そう言うと先輩は上目遣いでこちらを見つめ、なにかを待っている。
まさか名前で呼んでほしいのだろうか、それともキス待ち?
どちらにせよ今の俺にそんなことをする勇気はない。
だがチョコを貰ってしまった以上、お返しをしないのも、
気が引ける。
「な…なんですか」
『ん?お返しを待っているんだよ』
「お返しって……なにがいいんですか」
『それは君の気持ち次第だよ』
おそらく先輩の中ではしてほしい行動があるのだろうが、
俺はテレパシーを持っているわけではないので、分からない。
そもそもチョコのお返しに、なぜこんなことを…なんてことを思っていると、
『まだかな』と先輩が急かしてくる。
「なにしてほしいか言ってもらわないと困りますって…」
『確かにそうだね、ならヒントをあげるよ』
「はあ」
『親しい人と』
先輩がこちらへ近づいてくる。
『体を近づけて』
さらに近づいてくる。
『互いに見つめ合いながら、そっと触れ合うことだよ』
そう言うと、先輩は俺の目の前まで来て、俺の顎にやさしく触れた。
上目遣いでこちらを見つめてきている、その顔は少し赤い。
間違いない、先輩はキスを望んでいる。
ドクンドクンと自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。
だが俺はまだキスなんかできない。
この状況を切り抜けるために頭を回転させると、あることを閃いた。
俺は地面に座って、先輩を持ち上げ、膝の上に乗せた。
『ん?』
先輩が驚いている。
「ほ、ほら、体を近づけて触れ合ってますよ」
『見つめ合っていないじゃないか』
「あっ」
慌てて先輩をこちらへ向ける。
『これはなにかな?』
「い…いや、前に先輩が俺の膝の上に座りたがってたから…」
『……そうだね、僕も少し焦りすぎてしまったよ』
『でもせっかくだし、もう少し君の上にいることにするよ』
どうやら切り抜けられたようだ。
キスもしたかったが、俺に勇気が足りなかった。
しかし、先輩が俺の膝に座っているという事実だけで、俺はドキドキする。
しばらくして、先輩が満足したのか立ち上がり、
『そろそろ僕は行くよ、素敵なお返しをありがとう、枕木君』と言って、
どこかへ行ってしまった。
俺もそろそろ行こうと、立ち上がろうとしたが、
まだ先輩の感触が残っている──。
俺はその余韻で立ち上がることができなかった──。
おまけ
【まくらぎ】 「俺、昨日先輩にチョコ貰ったんだ。」
【竜崎】 「そうですか」
【まくらぎ】 「羨ましいだろ」
【竜崎】 「私は先週いただいたので」
【まくらぎ】 「……」
【竜崎】 「羨ましいですか?」
先輩が俺より先に竜崎へチョコを渡していたという事実と、
竜崎に煽り返されたことにより、
俺は嫉妬と悔しさでベッドの上でのたうち回った──。




