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51.澪の初めての休息

第五十一話「澪の初めての休息」





 翌朝、澪は目の下にクマを作って起きた。ルーチェが心配そうにそのクマを舐めて魔力を分けている。寝不足、空腹続き、過労など、体調を崩すような事があると魔力が作られないらしい。十分な休息で体内の魔力は生成され、余剰分は従魔に送られる仕組みになっている。


(みお、昨日とりみんぐがんばったのに、眠れてないから、魔力ないのよ。今日はお休みの日にするのよ)


 体調管理のアドバイスまでくれる、愛らしい従魔(ルーチェ)に胸がきゅんとなる。

 澪は大きな溜息をつくと、一気に胸の内を吐き出した。


「はぁ、私、ルーチェが居てくれればそれでいいのに。結婚なんて全然考えた事も無かったよお。だって、私が居た世界だとね、私の年齢で結婚する人ってすっごく少ないの。もっと年上になってから結婚する世界なんだよ。それに、これからお店を持ってがんがん働こう! って時に、誰かと恋愛したり、結婚している暇は無いでしょ」


 澪がベッドで頭を抱えて、珍しく騒いでいる。ルーチェは心配そうにはしていたが、フゥと溜息を主の顔に吹きかけた。


(落ち着くのよ。みお、おっさんどうせ酔っぱらってて覚えてないのよ)


 ルーチェの容赦ない「おっさん」呼びはどうかと思いつつ、それよりも澪はその台詞にハッとした。


「そ、そうだよね! 何も無かったようにすれば、大丈夫だよね?」


 澪は不安そうだが、ルーチェは堂々としてウンウン頷いている。

 ほっとしたのか、澪はルーチェの頬にちゅっとキスを落としてから、その小柄な体をそっと隣に置いて、自分はベッドから降り立った。困惑していても、寝不足でも、朝は来るしすべての人に時間は有限だ。


(ガルドさんに結婚を申し込まれた訳でも無いし、女将さんの言葉を真剣に聞きすぎちゃっただけ。いつも通りに過ごそう)


 自分に言い聞かせる。そして手早く身支度を始めた。


 いつも神様から貰った魔力ブロワーで、頭の先からつま先まで自分を吹いて汚れを落としている。本当はお風呂に入りたいが、貴族でもない限り、お風呂は難しいらしい。まず水が貴重で、井戸から汲むか、若しくは魔道具を使って魔力を水に変換するしかないそうだ。どちらにしても膨大な人力か、膨大な魔力が必要になる。

 それからバケツの水に浸した手拭いで、全身を拭いて、また魔力ブロワーを使う。

 今日は城下町で買った洋服上下を着た。スカートの丈で既婚か未婚かが分かるという謎の画期的? システムに驚いたが、結婚指輪より見やすくて良いかも、と思う。でも、男性の場合はどうやって見分けるのだろう。それについては今度、女将さんに聞いてみようと思った澪であった。


 最後に靴を履く。前の世界で履いていたスニーカー。こんなに軽くて足が疲れない靴が、この世界にあるだろうか、と不安に思っていたが、ガルドが作ってくれたストラップ付のパンプスのような靴は不思議と疲れにくかった。澪は知らないが、ストラップの金具に疲労緩和の効果が付けられているのだ。

 ガルドがいる以上、澪はこの世界で不自由な思いをあまりする事が無い――――のだが、それを本人が知る日が来るは、無いかもしれない。


「ルーチェ、行こう、朝の時間だ。女将さんが朝ごはんを用意してくれてる」


 階下に降りて行けば、ガルドがいる。そう思うとドキドキしてしまうが、澪は頭を左右に振って雑念を振り払った。

 ルーチェが先導し、澪もすっかり慣れた階段を下りて行く。ちょうどカウンターのところに立ってた女将が、澪の降りてくる音に顔を上げた。


「澪ちゃん、おはよう! あら、少し疲れた顔してるわね?」


 さすが長年接客業をしているだけはある。澪の目の下のクマや、疲れた様子にすぐ気付いたようだ。澪は愛想笑いをして、「疲れが溜まってたみたいで」と答えた。女将に対しても、昨日の事は触れまいと決めている。


 さて、澪が食堂を見渡すと、なぜか見慣れた長身の男性の姿がどこにもない。

 しばらく何も言わずにきょろきょろしていると、いつまでも席に座らない澪に気付いた女将が、朝食を片手に来てくれた。


「ガルドさんね、今日、商業ギルドに行ってくるって言ってたわ。澪ちゃんのお店の事で」


「そ、そうでしたか」


 内心、ホッとしつつも、自分のお店の事なのに任せてしまっていいのかな、という考えが頭をよぎった。とはいえ、もう彼は行ってしまったのだから、どうしようもない。帰ってきたら、たくさん感謝を伝えよう。澪がガルドにできる感謝のしるしと言ったら、ヴァルクのトリミングしかない。だから早く魔力を回復させて、ヴァルクをすっごく綺麗にしてあげたい。そう思いながら、朝食を口に運んだ。

 この世界に来てから、初めての一人きりの朝食だ。今朝のメニューは骨付きのクセの無い白っぽいお肉と、様々な野菜の切れ端が入った具沢山のスープ。それに焼きたてのパン。美味しいが、どこか寂しい。


「ちょうどいいじゃない。澪ちゃん、ずっと休まず動き回ってたでしょ? 今日はのんびりしなさいな」


 女将にそう言われ、澪は心の何処かでホッとした。毎日「何かしなくては」と思っていたから。休んでもいい、と言われたのは始めてだ。体に入っていた余計な力が抜ける。


「ありがとうございます、女将さん。そうします」


 こうして、美味しい朝食を終えると、澪は部屋に戻ってベッドでゴロゴロし始めた。スマホも本も無いが、それが余計に休息を促してくれる気がする。開け放った小窓から心地良いそよ風が部屋に流れ込んでくる。

 そよそよと、顔を撫でる風が心地良い。そして腕の中にいる、ルーチェのぬくもりも、自分が守られているような安心感を感じる。

 そうしているうちに、澪はウトウトし始めた。




 ……コンコンと、ドアがノックされている。

 澪はそれを自覚した瞬間、ベッドから飛び起きた。寝てしまった! と咄嗟に慌ててしまう。


「はい!」


 扉の向こうの人に返事をする。小窓の外を見れば、日が沈み始めているのが分かった。かなり長く眠ってしまったようだ。扉の外から「ウゥ、アン!!」と人ではなく従魔の返事がした。

 その犬種特有の可愛らしい吠え声は、キャバリアだろう、だからアンジュだな、と思って澪は扉を開ける。開けて足元を見れば、やはり大きな瞳がキュートなアンジュが、尻尾を振りながら何か薄いものを咥えてお座りしている。


「これ、私に? 咥えてるのに、吠えるの上手ね」


 澪はアンジュが咥えていたものを手に取り、アンジュの頭を優しく撫でた。アンジュは尻尾をふりふり、ご機嫌なまま階下に戻っていく。

 澪はアンジュから受け取ったものを部屋に戻り、扉を閉めて眺めてみる。


「手紙……?」


 それは、澪の知る紙よりはかなり厚みのある紙でできた、恐らく手紙だろう。封蝋には何かの刻印が押してあり、宛名も書いてある。この世界の文字だが、もふもふの神様のサービスで文字翻訳してもらえる澪の目には、きちんと宛名が見えた。


「ミオ・ハナモリ嬢?」

昨日は山盛りの誤字のままで更新してしまい、すみませんでした。

新しい章を書く前に、読み直しておかしなところは修正しております。

いつも誤字を教えて下さる方も、本当にありがとうございます。


思っていたより話が進みませんでした、まったりこの世界の話をしたいと思っているので、制度や生活などに触れているとなかなか進みません。

次回こそは!と毎回思って書いています。

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