48.ルーチェの謎とエレクトラがくれたヒント
第四十八話「ルーチェの謎とエレクトラがくれたヒント」
澪は抱き上げたルーチェのおでこに自分のおでこをくっつけて、心の中でルーチェに呼びかける。ただ離れた状態で呼びかけるよりも、不思議とくっついて話しかける方が良く聞こえる気がしたのだ。
(ルーチェ、教えて欲しいの。私のトリミングが従魔を強くしてしまうのを、防ぐ方法ってないかな?)
ルーチェは澪に抱かれて嬉しそうに尻尾をぱたぱた振りながら、澪の質問に目をぱちくりさせている。
(みおのとりみんぐは、みんなを強くするわけじゃないのよ。みんなを元気にするのよ)
それはそう。澪は笑いながら頷いた。
(あのね、ルーチェ。私がトリミングすると従魔達が元気になって、そうするとこの国の偉い人が私のトリミングで従魔を強くして、戦争に出して戦わせて勝とう! って悪い事を考えるんじゃないか、ってみんなで心配してるの。私も捕まって毎日戦うための従魔をトリミングさせられるようになっちゃうかもって)
澪のその言葉を聞いた途端、ルーチェは鼻を鳴らし、ついでに鼻水も飛ばし、それは澪の顔にぴしゃしゃと飛び立った。澪は知っている、イヌは不満がある時に鼻を鳴らす。同時に鼻水も撒き散らすのだ。
(るーちぇ許さないのよ! それにね、みおのことはパパが守ってるから大丈夫なのよ)
(パパ……?)
澪が聞き返すと、ルーチェは「しまった!」というような顔をして、瞳を横に流してから、そろりと澪から額を離す。完全に失言したようだが、それが何のことなのかが分からない。従魔にとってのパパ……それはつまり、もふもふの神様の事だろうか。
聞こうにも、絶対何も答えませんよと顔に書いてあるルーチェ。そしてそのまま、ルーチェは澪の呼びかけにも応えず沈黙してしまった。
「もう、ルーチェってば」
「どうした? ルーチェと話して何か解決策が出たのか?」
ガルドとレオンハルトは興味津々だ。そりゃ、世界初の従魔と話せる人が目の前にいるのだ、気になるのは当然だろう。
だが澪は首を横に振った。何か解決策が見つかりそうな気がして話しかけてみたのだが、違ったらしい。
「なんか、ルーチェがもふもふの神様の事をパパって……」
そう澪が二人に伝えると、「言うな!」と言わんばかりにルーチェがわんわん吠え出した。明らかに怪しい、と澪はじぃっとルーチェを見つめる。
「一応、従魔はみんな五尾の神さんの子供って事になってるけどな、言い伝えだと」
そう、世界に伝わる五尾の神と、従魔の言い伝えでは、五尾の神が人々と共に暮らすために遣わしたのが従魔であり、従魔は五尾の神の分身であり子供だと言われている。
「だから特別な事を言っているようには聞こえませんが……それにしてはこの反応、何やら怪しいですね」
レオンハルトも加わり、三人からじーっと見られるルーチェ。耳をぺたんと倒し、三人に背を向けている。
澪は視線だけ動かしてちらりとヴァルクとエレクトラを見た。ヴァルクは後ろ足で耳を掻き、エレクトラはそっぽを向いて座っている。どちらの態度も何やら知っていそうな雰囲気だ。だが……。
「ルーチェが話してくれないって事は、そういう事情があるんだと思います。無理に聞き出すのは難しいだろうし、ルーチェが話してくれるのを待ちます」
澪がそう言うと、ルーチェは耳を垂らして申し訳なさそうにしながら、そろそろと澪に近付いてきた。
(みおには悪いことは起こらないのよ、ぜったいなのよ)
ウルウルした瞳で澪を見上げながら、ルーチェはそれだけは伝えてくれる。澪はうんうんと頷いて、小さく愛おしい自分だけの従魔を抱きしめた。
「分かったよ、ルーチェ。信じるから。ありがとう」
抱き合う澪とルーチェを温かい視線で見守る、ガルドとレオンハルト。二人はお互いの目線の先と表情に気付くと、ムッとした顔になった。また張り合う二人である。
澪は暫くルーチェを抱っこして、その艶々の被毛に顔を埋めていた。それが澪にとって最高の癒しなのだ。
ふと、澪はそっぽを向いていたエレクトラが、いつの間にか澪をじっと見つめていた。
(澪、主と初めて出会った時の事、覚えてるかしら?)
澪は頷いてから、首を傾げた。初めて会った時、澪はレオンハルトに突き飛ばされたのだ。あの時のレオンハルトの冷たい態度は、忘れようとしてもなかなか忘れられない。これだけ美しい外見の男性が、中身は氷のように冷たいという、凄まじいギャップを経験してしまったのだから。
そもそも突き飛ばされた理由が、戦闘系従魔に、他人の従魔に無闇に触れようとするな、という理由だった。そこまで思い出して、澪はハッとする。
「……あの!! 私の世界では当たり前にあったトリミングサロンの中で、『咬む犬はお断り』っていうお店が多かったんです。それはトリマーがケガをしたら危険っていう理由や、一人でやっているお店だと対処が難しいとか、そもそも咬む犬をトリミングするのってすごく難しくてケガをさせてしまうっていうリスクもあるし、やり方が分からないっていうトリマーも居たりします。私は、自分がどこまでできるか分からないけど、やりたいって気持ちはあるんですけど、その、戦闘系従魔のトリミングを避ける理由として、その『咬む可能性がある従魔はできません』っていうのは、どうでしょう?」
ガルドとレオンハルトは澪の言葉に顔を見合わせた。
澪の元居た世界では澪のような職人が沢山居て、従魔を〈とりみんぐ〉するのが当たり前の世界だったというのが、そもそも想像し難い。しかも、他者に攻撃的な従魔でさえ、何とかして手入れをしていたというのだ。
澪が提案した『咬む可能性がある従魔はできません』というのは至極真っ当な事だし、イングロンではそもそも他人の従魔に許可なく触れる事はあまり良い事とされていない。
「それならば、皆が違和感なく受け入れられるでしょうね」
「あぁ、いいんじゃねえか。そうと決まれば、候補の店を見に行ってみるか。気に食わなかったら、こちらのお偉いさんの力を借りて違う場所も見てみようぜ」
三人と三匹はオデリーには会わず(ガルドがどうしても会いたくないと言うので)、受付嬢に礼を伝えるように言うと、下町地区商業ギルドの建物の外に出た。
澪が見上げると、五尾の眼と呼ばれる二つの太陽が、真上より少し落ちて来たところにある。レオンハルトはその位置を見て深くため息を吐いた。
「午後は仕事があって、失礼しなければならないのですが、また進捗を聞きに参ります。……侯爵邸の、秘密の場所にも来て下さる事、エレクトラと共にお待ちしていますね」
そう言うと、レオンハルトは片足を後ろに引いて、澪の手を取り恭しく口付けをした。
隣に立っていたガルドがバッとその手を振り払う。
「何が秘密の場所だ! 俺がどこにでも着いて行ってやる!!」
その台詞が澪にはまるで「お前に娘は嫁にやらん!」と言っているようで、くすりと笑ってしまった。
一日遅れでの更新、お待たせしてすみませんでした!
店舗の地域探し、と、レオンハルトとの仲直り……? はどうなる!




