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44.レオンハルトの告白

第四十四話「レオンハルトの告白」





 澪にとって、二度と目にする事はあるまい――――そう思っていた、そうなって欲しかった、美しい長い金髪を靡かせた、美形の騎士団長その人が、マナーを無視して扉を強引に開け、そこに立っていた。

 隣にはガルドの姿もある。そして二人の男の足元にはアフガンハウンドのエレクトラと、ジャーマンシェパードのヴェルクの姿も、勿論ある。


「久しいな、<虹硬貨(ピアコリン)>ギルド長オデリー・ガロット」


 声すらも格好良い。澪は内心思った。この人が残念なのは中身だけだ。逆に言えば、ここまで外見が格好良いのに、何故中身はあんなにも残念まみれなのだろう、と。

 それから我に返る。何故ここにレオンハルトが来たのだろう。その疑問はオデリーも同じで、しかもノックもせずに突然扉を開かれたのだ、無作法にも程がある、と不快そうな彼女の顔に書いてある。


「あらぁ、王都で結婚したい男第一位のレオンハルト・ベルディス侯爵こと、王立騎士団長どのではありませんか。どのようなご用件で、普段は絶対に来られない下町までわざわざ?」


 色々情報が多い台詞、と澪は思いながら、こそっとトリミング道具を仕舞い、肩に掛けるとガルドのそばにトコトコと歩いて行く。レオンハルトはそんな澪をじぃ、っと見つめて、目を離さない。澪を見つめたまま、オデリーに返答する。


「澪嬢に用がありまして、聞けばここに向かったと。澪は我がベルディス侯爵家で後援すると決めた、有能な職人。それが、下町に店を出すというのは、立地的にもどうかと思い、本人と話したくて来たのです」


 淡々と、返答はオデリーに対してなのに、レオンハルトの碧眼はじっと澪に注がれたまま。澪は居心地が悪くなり、大きなガルドの図体の後ろに隠れるようにしてレオンハルトの視線から逃れた。


「まあぁ、随分な物言いですこと。下町の商業ギルドがあってこそ、王都に多くの人が出入りできるのですわよ。侯爵様はそれをご存じの上で、そのような言い方を?」


 下町商業ギルドを敵に回すのか? と言わんばかりのオデリーの迫力に、しかしラインハルトは微塵も反応しない。


「それについては、澪本人の意向で決めればいいでしょう。話は以上ですので……あの、澪嬢、外で話すべきことがあるのですが」


 澪に話しかけたレオンハルトの、その声音や瞳の揺らぎを見逃さなかったのは、オデリーだ。「ふぅん……」と何かに気付いたように声を漏らし、そのままガルドに歩み寄って、ガルドの手を掴む。


「ねぇ、ガルド。久しぶりに会えたのだし、少しだけでいいから、話して行かない?」


 猫なで声で、ガルドに話しかける。だが実際のところ、オデリーの狙いはガルド本人だけではなかった。それは、少し後になってから分かる事なのだが。

 今、澪はオデリーとガルドに気を遣わなくては、と思いつつ、目の前に現れたラスボス、レオンハルトをどうしよう、とガルドとレオンハルトの顔を交互に見る。


「ハナモリミオ、隣の応接室を使っていいわよ。侯爵様からのお誘い、断る事は出来ないでしょうから」


 確かに。レオンハルトは侯爵の爵位も持つ、れっきとした貴族だ。本来なら、こんな下町に足を運ぶ事も無いような雲の上の存在である。澪はいっそ雲の上に居て、私には会わないで、と思ったが、断れないというオデリーの言葉に従い、渋々レオンハルトと共に隣の部屋に向かう。


「澪、すぐ話を済ませてそっちに行く」


 ガルドの声が背中に届いた。無意識にホッとする。結局のところ、澪にとってガルドは保護者なのかもしれない、と思った。


 オデリーの執務室の隣、下町の商業ギルドの応接室に入ると、大きな低い石造のテーブルと、その左右に上質なソファが置いてある。やはり侯爵家のインテリアには遠く及ばないが、それでも澪が見て来た下町の暮らしの中では、とても上品でお金がかかっていそうな感じがする。


 レオンハルトはソファを手で指し示し、澪に「おかけ下さい」と声を掛けた。澪は無言でそれに従う。レオンハルトは向かい側に腰掛けた。

 エレクトラは迷うことなく澪のそばに来て、自分のコートのもつれチェックをせがむかのように、澪に擦り寄っている。そんなエレクトラに対して、澪はふふっと優しい笑顔を浮かべた。それを見たレオンハルトは、胸が何故かぎゅうと痛くなるのを感じる。


「その……ガルドが説明していなかったようなので、私から伝えたいのですが、澪嬢の事を、我が侯爵家で後援しようと思っています。ガルドも同意しています」


 澪は驚きの表情と、僅かにだが、嫌そうな表情を浮かべた。レオンハルトはそれを見逃さなかった。


「お気持ちは……分かります。私が貴方にした数々の無礼も、騎士のアインが働いた無礼も、貴方にとって私の印象を悪くするのに充分でしたよね。ですが、貴方のスキルによって、従魔が強くなってしまうという事が王や戦争支持派に分かってしまったら」


「レオンハルトさんは戦争支持派じゃないんですか? 従魔を戦わせて何とも思わないんですよね?」


 どうしても、レオンハルトが相手だと言葉がきつくなってしまう。澪は、自分らしくない、と思いつつも、どうしてもこの人と向き合うと、感情的になってしまうと感じていた。

 レオンハルトは首を横に振る。


「私の立場は王立騎士団団長であり、この王国の高位貴族でもあります。ですから、王の決定には従わねばなりません。ですが、私の騎士としての信念は、この剣は王国民を守るためにある、という事です。国民の安全と命を守るために、従魔を犠牲にしているのです」


「じゃあ、戦争には賛成じゃないんですか?」


「あえて王国民を危険に晒すような事は、私は望みません。ですが、王の意向に従うべき立場なので」


 それは、心から苦しそうに搾り出された言葉で。普段、冷淡な雰囲気のレオンハルトらしくない、血肉の通った人間らしい声音と表情だった。

 澪はそれを見て、胸が苦しくなるのを感じた。それが何故かは分からない。


「私の事を、戦争の道具にされないように守って下さるお気持ちは、有り難いと思ってます。何の後ろ盾もない私の力になって下さるなんて、意外でした」


 澪の言葉に、レオンハルトは大きな溜息をついた。

 それから、顔を上げて真っ向から澪を見つめる。澄んだ碧眼が澪を捉えて離さない。


「澪嬢が私の事を嫌っているのは、分かります……ですが、エレクトラの〈とりみんぐ〉に感謝していますし、私も貴方の力になりたいのです……侯爵家では、見送りもせず立ち去ってしまい、申し訳ありませんでした。騎士としてあるまじき行為でした、謝罪します」


 この人、不器用なのかな、とふと澪は思った。必死に澪の許しを乞うような台詞を口にしてはいるが、あまりに美形な上、無表情なので本心で言っているのか、分からない。深掘りしてみないと、この人の事はよく分からないようだ。


「あの時、従魔は言葉が分かるって言ったら、否定しながら走り去って行きましたよね? 騎士がというより、人としてあの態度はどうかと……あと、信じてくれなくて結構ですけど、私、本当に従魔の声が聞こえるんです。きっと、もふもふの神様のお陰で。だから、レオンハルトさんが、従魔は喋れないとか、人より命が軽いとか、そういう考え方してるのが、すごく嫌なんです」


 不敬罪で捕まるかな、と思いつつ、どうしても澪は黙っていられなくて、レオンハルトに対する不満をぶちまけた。

 次の瞬間、レオンハルトは意外な行動を見せた。


 いきなりソファから立ち上がると、澪の横に進み、座っている澪の手を取って、片膝をついて澪に対してかしずいたのだ。そして澪の手を己の額に当てて、じっとしている。


 訳が分からなくて澪がおろおろしていると、レオンハルトは澪の手を額に当てて俯いたまま、声を絞り出した。


「……信じたく、無かったのです。私が犠牲にしてきた従魔達にも心がある、という事を。もしそれが本当だとしたら、私は、従魔にとって最悪の存在で、大量虐殺者となりますから……私は騎士として、王国民の命を守るため常に先陣を切って戦って来ました。自らの命を賭してでも守ろうとしてきました。ただ、そこに従魔の命への考えは無く……犠牲にした従魔達には心が無いから犠牲にしても平気だ、と自分に思い込ませて生きてきたのです」


澪はレオンハルトの告白を聞きながら、エレクトラがじっと自分を見ている事に気付いた。切なげに、何かを言いたそうにこちらを見ている。


(何を伝えたいの、エレクトラ?)


(……主は、自分のせいで犠牲になった従魔の名前を一匹残らず、きちんと記録してるの。そして、侯爵邸の誰も立ち入らせない庭園の奥に、お墓を作ってきちんとお花を手向けているのよ、いつも。澪が思ってるほど、悪い人じゃ無いの)


 澪はレオンハルトの額の温かい感触を感じながら、エレクトラの言葉に顔を曇らせた。どうしたらいいのか、自分に何ができるのか、この一人の生真面目で不器用な美しい男性の本音に、どう向き合えばいいのか、澪は頭をフル回転させる。


「あの……話しにくいので、まず手を離して、座ってもらえませんか」


 まず、お互いに落ち着こう。そう考え、声を掛けてみたら、レオンハルトは渋々手を離すと、何故か澪の隣に腰を下ろした。

ついに追いついたレオンハルト。

澪を追いかけ続けた彼の気持ちは、いつの間にか大きくなって、膨らんで、今まで秘めていた事もエレクトラが伝えました。


二人の気持ちが変わっていく始まりです。

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