43.オデリーと澪、二人きりのやりとり
第四十三話「オデリーと澪、二人きりのやりとり」
「まず、正直に答えて欲しいことがあるの」
オデリーは澪に歩み寄り、じっと澪の事を見下ろした。彼女がとても背が高いので、そういう構図になるのはわざとでは無い、と思いたい。
オデリーはちらり、とテスラを見る。一瞬口元が震えたような気がしたが、一瞬のことで、すぐ真剣な表情に戻る。
「はい。何でしょうか」
澪は自分でも意外なほど落ち着いていた。トリミングで全力を出し切り、テスラを綺麗にする事ができた、その事で得た達成感や自信が、落ち着かせてくれているのかもしれない。
オデリーに何を言われるのか。スキルの事か、それとも神様がくれた道具の事か。それとも、仕上がりについての不満かもしれない。澪は覚悟を決めてじっとオデリーを見つめ返す。
オデリーは「はぁ」と不安そうに大きな溜息をついてから、意を決したように口を開いた。
「貴方、ガルドとは恋仲とか、そういう関係では無いって事、本当に本当?」
聞かれた瞬間、澪は吹き出しそうになるのを堪えるため、左手を握り締めて口元に当てて、必死に耐えなければならなかった。
先程まで「デキる美女」オーラで溢れていたオデリーが、今はまるで恋する少女のようで。きつく見える釣り目も、どこか不安そうに揺れている。
(あぁ、この人は本当にガルドさんの事が好きなんだな)
澪はそう思うと、こんなに美人で仕事もデキる女性と、どうしてガルドが付き合わないのかが不思議だと思い始めた。後で聞いてみよう。
「あの、本当に私とガルドさんは、そういう関係じゃ無いです。とてもお世話になっていますが、それは職人の技術を見せたり、道具を造るのをお願いしているだけで。将来的に私の仕事が軌道に乗ったら、今までお世話になった分の費用もしっかりお返しするつもりですし。あの……私はガルドさんの事を男性として見たことが無いし、ガルドさんも同じだと思いますよ」
澪の台詞の次の瞬間、オデリーの叫びが部屋中に響き渡った。
「信じられない!!!!!!」
あまりの大声、しかも高音ボイスのため、澪は思わず両耳を覆って鼓膜を保護した。オデリーはそのままの勢いで喋り続ける。
「あの格好良いガルドを、異性として意識した事が無い、ですって!? 貴方……はぁ、そうよね、貴方まだ子供だものね、そんな幼い子に、ガルドがその気になる筈無いわよね。取り乱して、失礼したわね」
格好良い? と内心澪は不思議に思った。無精ひげに、いつも同じ作業服、確かに背は高いが、顔が濃すぎて好みは分かれるのではないだろうか。
まぁ、本当は澪の好きな俳優さん――――古代なんたらが舞台でやたらとお風呂が出てくる映画の主演俳優――――にそっくりなので、眼福と思った事は、無いわけではない、が。だからといって、恋愛対象として意識した事は無い。
子供扱いは、澪の見た目からして仕方が無いのだろうが、単純にガルドの話だけをしに来たわけではない。仕事の話がメインなのだから、誤解を放置するのは良くないだろう。そう思い、澪は口を開いた。
「私、子供に見られてしまうんですが、二十一です。でも、何度でも言いますが、ガルドさんを恋愛対象に見た事は無いですよ」
「二十一!? 婚期を逃すギリギリじゃない!」
またしても、オデリーが過激に反応する。この人は情緒が安定しないのかな、と澪は思い始めていた。そして、この世界の婚期はやはり澪の居た世界よりかなり早めのようだ。この問答はいつまで続くのだろう、と思いつつも、澪はバッサリと返答する。
「いいんです、私はこれから自分のお店を持とうとしているところなので、結婚の事は考えていません。何なら独身でも構わないんです」
そう、恋愛している暇なんて無いのだ。イングロンで苦しむ従魔を、トリミングを通じて少しでも快適に過ごせるようにしてあげたい。そのために自分の時間を使うと、澪ははっきり決めている。
オデリーは澪の返事を聞いて暫く黙っていたが、ゆっくりとテスラを見て、「おいで」と声を掛けた。それまで石像のようにじぃっとしていたテスラが、嬉しそうに小走りに主に駆け寄って行く。
カット仕立てのテスラは、まるで動くぬいぐるみだ。だがフェイスラインはシャープにしてあるので、ただ可愛いだけではない、シュッとした賢そうな可愛い生き物、といったところだろうか。
オデリーはテスラを見つめ、それから撫でて、毛の感触を確かめている。しばらく感触を確かめた後、オデリーは徐にテスラを抱っこした。
「これは、悔しいけれど、ハナモリミオ、貴方の技術は凄いわ! 認めるしかない」
ようやく、澪は緊張していた体を、ほっと弛緩させる事ができた。
オデリーも納得の仕上がり、のようだ。
「どうしてこんな可愛らしい顔に作り替えることができたの? 貴方のスキル? まるで魔法だわ」
丸いマズルが心底不思議らしく、オデリーは両手でテスラを抱っこして様々な角度から顔のカットを観察している。
確かに、生まれて初めてテディベア風のマズルのカットを見たのだ。そもそも、被毛がカットによって「揃った」状態なのを見たのも初めてだろう。澪の世代ではテディはありきたりなカットとして世間に浸透していたが、日本でそのカットが初めて広まった時、業界は大騒ぎだったらしい。
トリミングで流行を作るって、凄い事だな、と澪は改めて思った。
「カットは私の技術のみです。スキルは、皮膚を健康にしたのと、魔力回路の流れが良くなる効果があります。あと汚れ落とし効果です」
そう、カットは澪が持てる技術であって、もふもふの神様から与えられたものでは無い。ただ、神様がくれたシザーは凄く使いやすくて切れ味も良いので、シザーのお陰で綺麗に切れた、というのはあるかもしれない。
魔力回路の単語が出て、オデリーはテスラを床に下ろすと、じっとテスラの頭に手を乗せて、何か集中しているようだ。
「……嘘じゃないわね、テスラの魔力回路が信じられない位綺麗に動いてる。ここまで魔力が高い子だったなんて驚きだわ。綺麗になったのも勿論嬉しいけれど、一番はやっぱり魔力回路ね」
「魔力回路ってそんなに重要ですか?」
澪がトリミングをすると、皆が皆、口をそろえて魔力回路が良くなった! と喜ぶ。だが澪には魔力回路が良くなって得られるメリットがピンと来ない。
オデリーは信じられない、と言うように肩を竦めた。
「当たり前じゃない。仕事の量を増やせるのよ。より優秀な従魔になった、ってこと。あまり誇張はしたくはないけれど、貴方のお手入れで、従魔が生まれ変わったようだわ」
美しく健康に生まれ変わってくれるのならば、澪は大賛成だ。
でも、澪がトリミングをした事で、従魔のやらされる仕事が増えて負担が増えてしまうなら、それは不本意だな、と澪は思った。だがそれを口にしたところで、イングロンの人は分かってはくれないだろう。
「テスラさんは、どんな仕事を?」
どうも、石像のように座っているのが仕事のようにしか見せず、澪は思い切って聞いてみた。
「まず、防犯。テスラは警戒心が強い種類だから、何かあれば良く響く声で知らせてくれる。それを聞いた警備の従魔が飛んでくるわ。それから、私の魔力補充ね。私も仕事で多くの魔力を使うから、テスラは欠かせないの。他にもお遣いや速達もするわよ。貴方、従魔のお手入れの職人なのに、従魔の仕事について全然詳しくないじゃない。その見た目といい、一体どこの国からやって来たの?」
オデリーの問いかけに、澪はガルドの姿を無意識に探してきょろきょろした。こういう時、どう答えたら良いかと教えてくれるのは、いつも彼だった。オデリーにもふもふの神様の話をしても良いのだろうか。自分だけでは分からなくて、困ってしまう。
そうこうしていると、扉の外からガヤガヤと人の話し声が近付いて来た。
そして、ノックも無しに、扉がいきなり「バン!!」と開かれた。
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オデリーのガルドへの執着は相当なようで、このままだと澪に引かれてしまうかも!?
次回は澪に愛されたいガルド回……ではありません、すみません。




