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42.オデリーに魅せる、澪のトリミングスキル

第四十二話「オデリーに魅せる、澪のトリミングスキル」





 澪は肉球(パット)の怪我に気を付けながら、神様がくれたシザーで足裏の毛を切り落として行く。その間もテスラはじっとして、まるで石像のように動かない。


「良い子だね、我慢強くて賢い」


 澪が自分に危害を加えるようなことはないと、信じて身を任せてくれているのを感じる。それを見ているオデリーは「ほんとに信じられないわ!」と大きな声を上げた。


「テスラは他人があんな風に触れようものなら、甲高い声を上げて怒るのよ。声を出す前に咬む時もあるわ。それが、あんなに大人しいなんて……」


「賢くて良い子ですね。オデリーさんの事を心から大切に思っているようです」


「そうね、私が居なくなると大騒ぎするもの。甲高い鳴き声でずーっと騒ぐのよ。貴方、そんなことまで分かるの? スキル?」


 澪は瞬く間に足裏カットを終え、爪を切りながら小さく頷いた。忠誠心や愛が深すぎて、ちょっと分離不安気味のようだ。だがこの世界ではどこにだって従魔を連れて行けるのだから、大した問題ではないだろう。

 澪は次のスキルを発動させた。


【グルーミングEX】


 神様コームで梳かしてみると、所々に大きな毛玉がある。そしてそれをザク切りにされてきたようだ。この世界にはカットという概念が無いのか、あっても適当らしい。テスラの顔も、シュナウザーのスタンダードからはかけ離れていて、ただのぼさぼさ頭の雑種に見える。


 確かに、澪の居た世界でのスタンダードは、飽くまでその世界での、ドッグショーでの話なだけで、この世界でそれを強要する必要は無い。この子が過ごしやすいスタイルになればいいだけの話だ。

 そう考えて澪はハッとした。この世界で初めての顔カット! ついに顔のカットができる。ブラックトリミングサロンでは、新人だからとやらせてもらえなかった。だからウィッグを使って仕事終わりや休日に練習した。近所のわんちゃんを見かけては声をかけ、トリミング練習のため犬をトリミングさせてもらえないか頭を下げて回ったりもした。

 あの頃の苦労が、今日から報われるんだ!!


 澪は考えながら手をテキパキ動かして、毛玉を解いて行く。あまりにひどい毛玉にはシザーを入れて、時間をかけずテスラに負担をかけない事を最優先にした。

 全身のコーミングができたので、次のスキルを発動させる。


【魔力ブロー】&【皮膚再生】


 なぜダブルスキルで発動させたかというと、ブローして地肌の状態をチェックしながら、皮脂の多いところ、フケの多いところに皮膚再生のスキルをかけたかったから。ボサボサに毛が伸びた状態だと、地肌を確認するためにいちいち毛をかき分けなければならないが、ブローしながらであれば、風の力で自然に手際良く皮膚の状態を確認できる。


 やはり、皮膚がシュナウザー特有の荒れ方をしている。通常の犬のフケは白いのに、この子は黒いフケが出ている。皮膚もブツブツしている箇所があり、角質が盛り上がっているような感じがする。


 元の世界だったら、澪は獣医師と二人三脚でこうした持病を抱える犬を健康にしていかなければならなかっただろう。皮膚の状態をお客様に伝えて、それを獣医師に伝えてもらう。ブラックトリミングサロンで働いている時、澪は先輩に、お客様に愛犬の全身の状態を細かく伝えられるメッセージレターを、来店のたびに作成して渡しませんか、と提案した事がある。それがあれば、飼い主も犬の状態を把握しやすくなるし、それを獣医師に見せれば役に立つと思ったのだ。

 

 だが、帰ってきた返答は、ただの嘲笑。「花守って本当にバカだよね。トリマーの私たちがそんなの作ったところで、獣医にバカにされるだけだよ? そんな事も分かんないんだから、はー、ほんと疲れる!」先輩が言うには、獣医師はトリマーより格上の存在なのだから、下手に口出ししても嫌われるだけだ、と言う事らしい。


 澪はただじっと、その事を思い出して、それから目の前のテスラに集中しよう、気持ちを切り替えよう、と自分に言い聞かせた。

 あの頃と今は、もう違う。もふもふの神様のおかげで、この世界では今のところ獣医師いらずで、ある程度の持病なら澪がスキルで治してあげられるようになったのだから。


 ブロワーを当てて毛玉をほどき、皮膚再生も行うと、脂っぽさや黒いフケがみるみるうちに消えて行く。皮膚は健康的な感触になり、脂っぽかった被毛もサラサラと軽やかに風になびく。

 丁寧に、見落としが無いよう全身をブローしながら、皮膚再生を行ってゆく。効果があるか分からないが、脂質異常症も良くなりますように、と膵臓の辺りを長めに手を当てて、深く深く願いを込めた。


「光が……テスラに吸い込まれてくわ……」


 信じられない、と言った面持ちで、オデリーは澪のトリミングを見つめる。澪の体全体が優しい光にふんわり包まれ、それが澪の掌に収束して、テスラの体の中に吸い込まれていく。そして、テスラの毛艶がみるみるうちに綺麗になり、金色の瞳が強い輝きを灯す。


「では、これからカットに移りますね」


 澪はシザーとコームを手に、テスラの顎下をそっと持って、正面からテスラを見つめた。この子に似合うカットをしたい――――そんな気持ちで、コームを通した後、シザーを入れて行く。神様製のシザーは恐ろしい程の切れ味で、犬の毛を挟むことも、引っ張る事も無い。まるでティッシュをふわりと切り落とすかのように、狙ったラインで毛が切れて行く。毛は一ミリも逃げない上、切れる音すらない。


 商業ギルド長の従魔、ここの顔でもある主の元、毅然として日々を過ごしてきたのだろう。そんなテスラだから、シュナウザーのスタンダードとはいわずとも、きりっとした印象にしたい。

 ただ、この子はソルトアンドペッパーではなくホワイトなので、顔にシュナウザーラインを入れつつ、テディベア風の丸いマズルにしてみよう、と澪は決めた。本当は二ミリ辺りのバリカンを頭や体に入れたいところだが、この世界にはバリカンが無い。これは、後でガルドとまた道具作戦会議だな、と思って澪は微笑んだ。


 と、バリカンだけでなく、セニングも無いことに気付き、澪はテスラの顔に逆目でコームを入れつつ、ストレートシザーのできる範囲で頭をすっきりカットしようと決めた。

 ホワイトのシュナウザーなので、あえて眉を作るのは止めた。リップにかかる毛を切り、マズルを丸く整えているうちに、背後からガルドの笑い声が聞こえて来た。


「は、ははは! まるでぬいぐるみだな!」


 ……どうやら腹を抱えて笑っているようだ。そこまで笑わなくても、と澪は思ったが、この世界の人はテディベアカットを見たことが無いのだから、従魔がそんな可愛い顔になるなんで、驚くか、笑われても仕方ないのかもしれない。


 澪は顔を切り終えると、ボサボサの耳を左右対称の長さにし、口に入らないように前から丸いラインで短めに仕上げた。これで、体に移れる。

 今回は、ザク切りにされたテスラのお直し的なカットなので、とりあえず澪は全身を揃えることにした。

 コームでしっかり毛を立たせて、シザーの刃先で均一にラインを入れて行く。トリマーはまず犬種別に、その犬種のスタンダードのカットスタイルを勉強する。そして理想的なラインを角度や構成で頭に叩き込む。

 シュナウザーのスタンダードの場合、最も勇ましく見えるよう、筋肉を魅せるカットをするのがスタンダードだと習った。本当にそうなのか、原産国のドイツに行くなり、ブリードしてる専門家に話を聞きたい所だけど、それはもう叶わない。


 この世界で、澪が初めての、そしてたった一人のトリマーだから。

 これからは、澪がカットスタイルのスタンダードを作って行くのだ。そう考えると、澪はワクワクする気持ちが湧き出してくるのを感じた。


「……終わりました。オデリーさん、いかがですか?」


 テスラは、もはや別の従魔? というくらい、生まれ変わった。

 ボサボサの野良犬のようなカットスタイルだったのが、すっきりと顔の左右はシャープに落とされ、マズルは丸くキュートに、頭の毛は丸く。耳も短めに丸いラインでカットしてあるのが、女の子らしくて可愛らしい。そして体は全身揃えてあるので、ピシッと揃った背線からお尻、後ろ足にかけてのアンギュレーションがまるでぬいぐるみのようだ。


 オデリーは真剣な顔で己の従魔を見つめる。そして重々しく口を開いた。


「ハナモリミオ。ちょっと、二人きりで話がしたいわ。ガルド、外してくれるかしら」


 それは、有無を合わせない静かな圧があり。ガルドはその声を掛けられるまでは、キュートになったテスラを見て腹を抱えて笑っていたのだが、心配そうに澪を見て「大丈夫か?」と小声で聞いてきた。


「大丈夫です、ガルドさん。私がトリミングさせて頂いたテスラさんの主人であるオデリーさんの、ご意見を、きちんと聞かせて頂こうと思います」


 そこに怯えや不安な様子はなく、ただ自分のしごとと向き合う覚悟のある職人が一人、いるだけだ。ガルドは頷いて、部屋を出て行った。

 バタン、と扉が閉まってからしばらく、オデリーは沈黙していた。


 だが、突然ばっと顔を上げて澪を見る。


「貴方! 本当の事を聞かせて頂戴」

オデリーからこの先どんな言葉が投げかけられるのか……。

澪の真価が発揮される時です、

みなさまお楽しみに!!


少しでも面白いなぁとか、続き書けよー!と思ってくださる方、応援のぽちっとしてもらえたら幸いです!!

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