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41.この世界で初めての職業が、生まれる瞬間

第四十一話「この世界で初めての職業が、生まれる瞬間」





「商業ギルド長ともあろうモンが、くだらん町の噂に振り回されて……オデリー、お前、もっとしっかりしていただろ? どうしたんだ、らしくもない」


 ガルドが呆れた様子で言い放つと、オデリーは猫のような美しい釣り目に涙を滲ませて、唇を震わせた。


「だって!! 私達の関係なのよ! そんな噂が立ったら気になるじゃない。貴方は結婚はしない主義だって言ってたから、私も諦めがついたのに……なのに、結婚相手に黒い髪の幼い他民族を連れてるって聞いたら、動揺するでしょ」


「あのなぁ、そもそもそんな相手だったら、商業ギルドの新規受付に連れてくるわけねぇだろうが。その時点で気付いて、きちんと対応すべきだろ、ギルド長なんだから。呆れたもんだ」


 どうしたのだろう、と二人の会話を聞いていて澪は思った。ガルドがこんなに冷たい態度や物言いをするのを初めて見るからだ。明らかにオデリーの事を敬遠している。だが二人の今までの事を知るでもない澪は、ただおろおろする事しかできない。

 その時、澪の視界にオデリーの従魔らしき犬が映った。それなりに豪華そうな絨毯の上で、お座りをしてじっとしている、その従魔は澪から見ると、白いミニチュア・シュナウザーそのものだ。ソルトアンドペッパーが一般的なので、ホワイトは珍しい。澪は二人の事はどうでも良くなり、その従魔が気になりだした。


(ルーチェ、あの子、可愛いね)


(エッ! るーちぇのほうが可愛いのよ)


 愛くるしい己の従魔の嫉妬に笑顔になりつつ、澪はじっとその子を見つめた。触れてはいないが、スキルが発動する。


【従魔毛並鑑定】非接触

 内臓:やや疲弊

 忠誠心:高

 主依存傾向:高

 毛並:脂っぽい、フケ

 魔力回路:低速、乱れ


 内臓の、やや疲弊ってなんだ? それに、脂っぽいのにフケが出ているということは……と思いつつ、澪はその子に向かって温かい気持ちを送るような感じで、視線を送り続けた。


「それで、ガルド、貴方がこの子の後見人をやっているの?」


「いや、正確には、ベルディス侯爵家の後援を受ける予定、だ。もう書類作成は始まってる。俺はこいつの技術を元に、新しい魔道具やこの世界にまだ無い道具を造る、そのために一緒に居るんだよ」


「ベルディス侯爵家ですって! そんなに価値がある事が、出来ると言うの? この、子供みたいな子に?」


 かなり失礼な事を言われた気がしたが、澪はあえてスルーした。こういうタイプの女性は、言い返すと泥沼になる、だからこちらが黙ってスルーした方が話が早いのだ。

 それにしても、ベルディス侯爵家と言えば、レオンハルトの家ではないだろうか? その家の後援? 澪は初耳で、思わずガルドを見た。ガルドは「その事は後でな」と小声で言ってきた。レオンハルトの名を聞くだけで、心がざわざわする。


「……私は時間が無いの、お嬢さん。貴方が価値のある店を出せると言うのなら、私にそれを証明して」


 オデリーは腕を組み、長身なので見下ろすように澪を見て言い放った。

 澪はオデリーの従魔を手のひらで示して、「この子にトリミングをさせて下さい」と言う。先程まで委縮していたのがウソのように、澪は堂々としていた。今はもう職人モードだ。


「私の従魔? 良いけど、その子、私以外に触れさせないわよ」


 その言葉通りなら、澪はここには来ていなかっただろうな、とガルドは内心で思い、ほくそ笑んだ。澪は五尾神に選ばれた「本物の技術」を持つ一流の職人だ、とガルドは思う。選ばれた、ということは、彼女は以前からそのスキルを持っていて、研鑽を続けた結果、選ばれたのだ。

 日頃から謙虚な性格で、大人しいというか、気が弱い彼女だが、〈とりみんぐ〉を始めた瞬間からは別人のようになる。あれは、自分の技術を磨き続け、修練を重ねて来たからこそできる表情だ。


 澪は円を描くようにミニチュア・シュナウザーに近寄って行く。


「この子の名前は何ですか?」


「テスラよ」


 澪は「テスラちゃん」と優しい声音で呟いた。ぴく、と従魔の耳が澪の方に動く。澪はテスラの側面に自分の体の側面を合わせるようにして、そっと隣に寄り添う形で近付いた。そのまま、テスラが自分の匂いを嗅ぐのを待つ。


(テスラちゃん、よろしくね。あなたの調子の悪いところを、良くするために来たんだよ。綺麗になって、体も軽くなるからね)


 澪が心の中でテスラに語り掛ける。それは届いているのだろう、テスラの体の緊張、こわばりが解けるのが澪には感じられた。澪はそうっと優しく、テスラの首に近い背中を撫でた。先程は非接触で細かく分からなかったテスラの状態を、スキルで再び確認してみる。


【従魔毛並鑑定】接触

 内臓:脂質異常症

 皮膚:べたつき、脂っぽい、フケ


「中性脂肪や、コレステロールが高い時になる病気……」


 澪は小さな声で呟いた。脂質異常症とは、脂質の代謝が上手くできていないため、皮脂が多いのにフケも出る症状が典型的だ。シュナウザーでは一番よく見る病気。澪が触れてもテスラはお座りのまま、嫌がる素振りを見せなかったので、澪はトリミングを続行した。まず全身の状態をチェックする。


 爪は、主であるオデリーがデスクワークが多いからか、少し伸びている。ガルドお手製の爪切りの出番だ。足裏の毛も伸びているが、通常の従魔達は石畳を駆けまわると毛が切れて短くなる。オデリーのような室内で過ごす主の場合だけ、カットが必要そうだ。


 澪はテスラをそっと立たせ、そのまま藍色の鞄からシザーを出すと、足裏のカットから始めた。それを見てオデリーが信じられない、と呟く。


「テスラがあんなに他人に体を触らせるの、初めてよ……」


 ガルドはその言葉ににやっと笑って、ヴァルクもその隣で得意げだ。


「ヴァルクも初対面で触らせたんだ。今まで、澪が触れなかった従魔は、いない。よーく見てろ、ギルド長。この世界で新しい職業が、一つ生まれる瞬間だぞ」


 我が事のように得意顔のガルドを見るオデリーの表情は、とても複雑だ。だが、確かに奇跡のような事が目の前で起き始めている。


「いいわ。私だって伊達にギルド長をやってるわけじゃ無いのよ、お嬢さん。貴方の技術、見せてもらうわ」


 オデリーはデスクに置いてある、新規受付の面接時の評価表をようやく持ち上げると、羽ペンも片手に記入を始めた。


『職種:全く新しい、従魔の手入れ?』


 書き出しは、こう始まった。

オデリーが、やっとギルド長モードになりました。


女っ気なんて無いと思っていたガルドに、まさかの結婚を申し込んだ事のある美人女性が存在していました。

この後の、二人の女性のやり取りもお楽しみに!

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