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40.下町地区商業ギルド〈虹硬貨〉

第四十話「下町地区商業ギルド〈虹硬貨〉(ピアコリン)





 澪がガルドに連れられて辿り着いたのは、下町地区の中でも城下町にほど近い、整った街並みの中のひときわ大きな二階建ての建物だ。

 両開きの大きな木製のドアは両方とも開放されており、ひっきりなしに人が出入りしている。多くの人が真剣な表情で出入りしているので、澪の気持ちも自然と引き締まる。

 出入りする人々の足元に付き従う従魔の多くが、小型犬か中型犬の犬種で、澪は馴染みのある犬種が多い事に、顔が綻んだ。


「ここが下町の商業ギルド、〈虹硬貨〉(ピアコリン)だ」


 ガルドがギルドの入り口に歩いて行くと、それまで真剣にギルドに出入りしていた人々が、ガルドを見てざわめき、彼の為に道を開ける。澪も隣を歩いているため、一緒に注目されてしまい、澪は思わずぎゅっと体を小さくした。


 中に入ると、澪の知る室内灯のような、電球のような灯りが煌々と灯っており、二階へ上がる階段と、その横は部屋を二分するかのようにカウンターが走っている。入口からカウンターまでは、木製の机と椅子がかなりの数、並んでおり、そこに座って何かの書類に記入している人々が居た。

 カウンターには揃いの腕章を付けた職員らしき人達が等間隔で座っており、それぞれの上にこの国の文字で何か書いた木札が掛けられている。澪はその木札をじっと見ているうちに、意味が上に浮かんで見えることに気付いた。


(新規受付、再度受付、契約手続、契約終了、相談、譲受、その他)


 ガルドが入って来たのを見、カウンターの職員達もざわめき、中で机に向かう人々も書類を書く手を止めて、彼に注目した。澪は改めて、ガルドがこの町でとても影響力がある存在なのだと感じた。

 だが、当の本人は全く気にしていないようで、さっさと「新規受付」のカウンターに並ぶ。前に三人、並んでいる人が居たが、ガルドを見て「どうぞ!」と皆が順番を譲った。


「ようこそ、ガルド様! ギルド長に御用ですか?」


 新規受付のカウンターに立っている若い女性職員が、明るい声で対応してくれた。ガルドを見て話しているが、時折、ちらりと澪の方も見てくる。澪は頭を下げようとし、すんでのところで踏みとどまった。ぎこちない笑顔を浮かべてみる、が、職員の表情は特に変わらなかった。


「あー、用と言えば、そうだが、いきなり来たからな、時間無いだろ? 今日は、新規受付して、面接の日時だけ決められればいい」


 ガルドがそう言った時、ギルド全体がざわめきに包まれた。


「ガルド、そんな水臭いこと言わないで。下町の英雄が久しぶりに来てくれたんですもの、私はいつでも歓迎よ、さぁ上がって来て頂戴」


 二階に続く階段の上、そこに、スラリとした長身の美しい女性が立っていた。長い赤毛は緩やかなウェーブがかかっており、腰の辺りまで伸びている。体のラインがはっきり出るような黒いワンピースを着ており、胸には大きな宝石のついたブローチが光っている。猫のような釣り目に、ふさふさのまつ毛、整った顔立ちで、歳は三十代くらいで若さよりも妖艶な美しさが感じられる、兎に角皆が口をそろえて「美人」と言いそうな雰囲気だ。


「行くぞ、澪」


 ガルドに促され、澪はハッとして頷いた。あの女性があまりに綺麗でオーラがあったので、ぼんやり見つめて固まっていた。ところで、女性が言っていた言葉が澪の脳裏に蘇る。


「あの、下町の英雄って、呼ばれてるんですか?」


 小声で階段を上がるガルドに聞いてみる。するとガルドは澪の方は見ないで、片手で澪の頭をくしゃくしゃすると、「そんなこたぁ、忘れとけ」と短く言ってきた。今まで澪が見て来たガルドは、他人からもてはやされて喜ぶような性格ではない。

 ただ、どうして英雄と呼ばれるようになったのかは、ちょっと気になる、と澪は思った。ふと澪を振り返ったヴァルクと目が合う。


(後で主に聞いてみるといい)


 知的で、堂々としていて、イケボなヴァルクの声が脳裏に響く。澪は顔が綻ぶのを止められない、大好きな犬(従魔だが)とこうして会話ができるなんて。もふもふの神様に感謝! と心の中で呟いた。


 階段を上り切ると、赤い絨毯が敷かれた廊下があり、壁にはちょっとした絵画や壺? 美術品らしき物が置かれている。それなりに裕福で、上品な場であることを示すためだろうか。

 ガルドは行先を分かっているらしく、大股でどんどん進むと、一番奥の、ひときわ豪奢な飾りがついた扉をノックもせずに開いた。


「いらっしゃい、ガルド。久しぶりね。最後に会ったのは……ここの魔道ランプと、防音器を納品してくれた時だったわね」


 澪でも分かる、それなりに豪華な調度品の数々。レオンハルトの侯爵家には劣るものの、平民の暮らしとはかけ離れた華やかな執務室だ。

 その奥に、美しい白い艶のある執務机に向かっているのは、先程の美女である。ガルドは話しかけられても肩を竦めただけで、返事をする気が無いらしい。

 美女は今度は澪の方をじぃっと見て来た。澪は慌てて口を開く。


「ええと、初めまして……花守澪です」


「貴方、何しに来たの?」


 澪の名前に被せるように、女性はぴしゃりと言ってくる。その冷たい言い方に、澪はぎゅっと体を震わせた。冷たい態度の女性は、未だに怖い。ブラックトリミングサロンであれだけパワハラを受けてきたのだ、同じようなシチュエーションになると途端に思い出して身がすくむ。


「俺が下で言ってたの、聞こえなかったのか? 新規受付に来たんだよ。あと、人の名前は聞いておいて、お前は名乗りもしないのか? 暫く会わないうちに、随分お高くなったもんだ」


 ガルドの声も、相手を突き放すような冷たい声音で、澪はびっくりして彼を見た。ガルドは美女の事を冷たく睨み付けている。こんなに敵意を剥き出しにしている彼を見るのは、初めてだ。


 美女は途端に悲しそうな表情になり、目を伏せてから渋々といった様子で澪に向かって口を開いた。


「……私は下町地区商業ギルド〈虹硬貨〉(ピアコリン)のギルド長、オデリー・ガロットよ。ハナモリミオ、貴方は何の店舗を出したくて受付に来たの? ガルドと関係がある事なの?」


 オデリーと名乗った美女の、最後の一言「ガルドと関係がある事なの?」に切実さがこもっていて。澪はそこでやっと気付いた。この美しい女性は、ガルドの事が好きなのだろう、と。

 気付いて慌てて両手を横に振り、なんとかオデリーの警戒を解こうと声を上げる。


「ええと、私は従魔のお手入れの職人なんです。ガルドさんには道具を作ってもらっていて、この町のことや決まり事も分からないので、教えて頂いていたんですが、あの、その、世話になってはいますが、なんというか、友人というか、そのような形でお世話になっておりまして……」


 しどろもどろになってしまったが、澪の伝えたい事は伝わっただろうか。恐る恐るオデリーを見ると、やや懐疑的だが、さっきの冷やかさは無くなっていた。


「じゃあ、最近噂になってたガルドの結婚相手、という訳では無いのね?」


「ええええ!!!!!」


 澪は思わず大声を上げた。ガルドも「そんな噂あんのか!?」と同時に声を上げた。

 澪とガルドは顔を見合わせ、お互いに苦笑してから、オデリーを見る。オデリーはホッとしたような顔をして、ガルドを見ていた。その顔は明らかに、恋をしている少女そのものだ。

ガルドは自分の気持ちを自覚してはいますが、それを明らかにしようとは思っていません。

むしろ、澪には隠したい、そう思っているようです。


オデリーはガルドの少し年下、やり手の商業ギルド長です。

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