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38.下町迷路で彼女の幻影を追う

第三十八話「下町迷路で彼女の幻影を追う」





 レオンハルトはエレクトラを従え、城下町を抜けて下町までやって来た。数人の部下が同行を申し出たが、バッサリと断った。まず、レオンハルトの実力で、下町に危険などある筈もない。そうなれば、例の〈薔薇と兎の楽園〉の事件解決のため動く騎士の数は多い方が良い。王族もせっついて来ているのだ、早期解決のため相当数の騎士を動員している姿を、表立って見せなかればならない。


 そんな時に、自分は何をしているのか。レオンハルトが小さくため息を吐くと、それを聞いたエレクトラが主の周りをぐるっと軽やかに歩いて見せた。馬よりも優雅な足の運びに、揺れる艶やかな銀糸の長毛。澪が〈とりみんぐ〉しなければ、エレクトラはこんな風に自由に動く事はできなかった。

 それはつまり、「あなたが今してる事は、正解」とでも言いたいのだろうか。レオンハルトはそう想像してから――――自分の事を嘲笑した。


 下町には、ガルドの〈いかづち工房〉があり、何度も足を運んだ事がある。それ以外の場所は、地図や他人の話で聞いたことはあるが、よく分からないというのが本当のところだ。

 よりによって、変人という呼び名も持つガルド・アヴェロシ男爵は、貴族達への嫌がらせの如く、自らの工房を下町の、しかも最も町の外側である城門を一部にして建造した。その当時は王城が荒れに荒れたものだ。


 王立騎士団を不名誉除団した男、ガルド。国境付近で頭角を現した無類の強さで、前騎士団長に見込まれて王都に連れて来られた。だが、前騎士団長のように特別な幻獣を従魔にしている訳でも無いのに、奴は従魔の肩を持ち過ぎた。結果、自ら騎士団に――レオンハルトに背を向けた。


 レオンハルトは騎士団時代から、ガルドが振るう独特な剣や、魔道具の機能を付与されている剣が気になっていた。侯爵家の財力を持ってすれば、それなりの剣は手に入る。だが、平民出身のガルドがそういう剣を持って居ることが、不思議でならなかった。


 そして、ガルドが騎士団を去る時、レオンハルトが予想だにしていなかった事が起きたのだ。


「おい、俺の剣は置いて行く。マトモに扱えるのはお前位だから、レオンハルト、お前が使え」


 騎士団の武器庫に置かれた二本の剣。一本は誰より大柄なガルドが扱うために鍛えられた大剣だ。その幅の広さは圧巻で、平たい面を構えれば小さな盾のように扱う事もできる。

 もう一本は騎士団員が式典などで使う儀礼用の剣だ。レオンハルトは侯爵なので、家門の刻印入りの物をもうすでに持っている――――と断ろうとして、スッとその剣を抜いた瞬間、彼は息を呑んだ。


 見た目は儀礼用の鞘、柄、鍔、柄の末端には剣のバランスを取るための金属塊、それぞれにそこそこ上品な装飾が施されている。

 だが、鞘から抜いた瞬間、それはまやかしだと悟る。どんなに硬い体を持つモンスターでも、一突きでその身を貫くであろう鋭さ。髪一本でもその刀身に触れれば、するりと真っ二つになる。剣の腕が立つレオンハルトだからこそ、その真価をすぐに見抜いた。


「……いいのか? 相当な名剣と見たが」


「いんや、ただの元騎士が、暇つぶしに鍛えただけの剣だ。そいつは儀礼時にも使えるようにしたが、もう儀礼とは縁が無くなるからな、いらん」


 まさか、そう思っていた本人が、鍛冶と魔道具造りの功績を認められ、名誉爵位を賜ることになるとは、この時は二人とも欠片も思っていなかった。


 兎に角、その時ガルドが剣を譲ったことで、二人の縁は今も続いている。

 その後、レオンハルトはガルドの剣が他に類を見ない程の名剣である事に気付いていたから、彼が城門付近に店を構えたと聞いて訪れたのだ。

 貰った剣のお礼と、新たに自分に合う名剣を鍛えてもらうために――――。


 そんな回想に耽っていると、もう〈いかづち工房〉が目の前に迫っていた。

 ガルドの工房の鍛冶炉は、不思議な事にいつでもオレンジ色の高温を保っていて、そこにガルドが石炭を足している姿を見たことが無い。恐らくはガルドのスキルなのだろう。


(あいつは、一体いくつスキルを持ってるんだ?)


 不思議だが、今更驚く事も無い。魔道具師と、鍛冶屋の両立が出来るのも、この世界でたったの数人と言われているのだ。そんな貴重な人物が、王都の外れ、下町で小さな工房を構えて自分の好きな仕事しかしていないなどと、誰が信じられるだろう。


 レオンハルトは〈いかづち工房〉の低い外門を通ろうとし――エレクトラがそれを止めた。身を挺して主の行く手を阻む形で。これは、この先に行くべきでないと、従魔の鋭い感覚が告げているのだろう。

 彼はエレクトラの金色の瞳を見つめ、口を開いた。


「中には居ない、のか?」


 澪がエレクトラを〈とりみんぐ〉するまで、レオンハルトは従魔に話しかけることをしなかった。ただ一方的に「命令」するだけ。それが、澪の〈とりみんぐ〉を受けてから、エレクトラは確かに変わったのだ。

 こくん、と美しい従魔は主の碧眼を真っ直ぐに見つめて頷いた。他の従魔には無い長い長い被毛が動きに合わせて揺れるたび、あまりの美しさに目を奪われそうになる。


「どうやら、留守な上に魔道具で防犯対策までしてあるようだな。食えない奴だ。仕方ない、少し探して回るか」


 レオンハルトはそう口にしながらも、何故自分がここまでしなければならないのかと、微かな苛立ちを覚えた。頭の上がらない乳母に叱責され、気分が良い筈もない。どこから間違えたのだろうか――――。


(この私が、何かを間違えた? 否、澪穣にはきちんと謝罪もした……確かに最後は彼女を無視するような形で去ってしまったが。ここまで探しに来るほどの事なのだろうか。ガルドだって、気にするような奴ではないだろうし……ああ、はっきりしない事や完璧で無い事があると、どうにも落ち着かない)


 レオンハルトの脳裏に、澪の姿が浮かんでは消える。エレクトラの〈とりみんぐ〉中の彼女の姿は、淡い光を全身に纏って神々しかった。汗で濡れた額に、張り付く黒髪すらも、美しいと思ってしまった。

 そしてアインとのやり取りがきっかけで言い争ってしまった時。


(……澪嬢は泣いていたな)


 レオンハルトは胸の痛みで思わず、自分の胸に手を当てた。そんな主を、エレクトラはつんとした顔で見ている。

 どうやら自分は澪が泣くと、胸が痛くなるらしい。レオンハルトはその事に気付いて、自虐的に笑った。最後は彼女を無視するような形で去ってしまい、見送りもしなかった。相手がもし貴族女性だったら、相手先の家から抗議文や賠償を求める文書が届いていてもおかしくない。

 だが、相手は五尾神が選んだという、謎の多い、小柄な女性だ。後ろ盾はガルド・アヴェロシ名誉男爵ただ一人。何を気にする必要があるのだろう。


 こうやって一人腐るのは、レオンハルトにとって最も非効率的で、気分の悪い事だ。

 彼はじっとガルドの工房を見つめた後、下町の中心部に向いて歩き出した。土地勘は全く無い。周囲の平民たちが、見慣れぬ騎士団長服の美男子に驚きながらも目を離せない。


「誰か、〈いかづち工房〉のガルドがどこへ行ったか知らないか?」


 レオンハルトは朗々と声を上げた。周囲の人々は一瞬躊躇ってから、「あの、広場の方に行くのを見ましたよ」と小さく返事をした。

 下町広場、地図では確認した事がある。城門から町の外へ出るための大通りは騎馬や馬車で何度も通ったことがあるが、下町広場には、実は行ったことが無い。貴族であり、騎士団長という高い地位にあるレオンハルトには、用が無い場所だからだ。


 暫しその場で立ち尽くした後、レオンハルトは周囲の人を見回したが、ふと、傍で堂々と風に被毛を靡かせている従魔に気付いた。そうだ、自分にはこの従魔が居るのだ。


「行こう、エレクトラ。……澪の匂いや痕跡を、辿れるか?」


 レオンハルトの台詞は、「命令」ではなく仲間に対する「指示」で。エレクトラは主を見て目を細めた。嬉しい、という表情だ。今までずっと命令しかされず、エレクトラに意志があることを頑なに認めようとしなかった男が、本人も気づかぬまま、変わろうとしていた。


 エレクトラは頷いて、軽やかに砂利道を歩き出す。

迷いながらも、どこか変わりつつあるレオンハルト。

まだ混乱しているけれど、本当は澪に会いたい。


彼がその事に気付くのは、もう少し先、かな?

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