36.澪はすごい人、と言われても本人はピンと来ない
第三十六話「澪はすごい人、と言われても本人はピンと来ない」
「あなたはすごい職人ですね、澪さん」
エリオにそう言われて、澪はきょとんとしてから、笑顔でその言葉に対するお礼を言う。
ガルドは笑いながら首を左右に振った。
「こいつは、自分がどれだけすごい事ができるのかを、分かってねえんだよ」
「確かに、そうみたいですね。従魔治癒師とも違うようですし……」
「あぁ! 治癒師は従魔の傷を治すだけだ。しかも、外傷だけで、内側の損傷や傷害は治せない。俺とヴァルクが実際経験したんだ、間違いないさ。法外な値段を取りやがるクセに、無能な奴らなんだよ。……澪はな、奴らにもできない、ヴァルクの足の後遺症を治してくれたんだ」
ガルドは嬉しそうに、ヴァルクを撫でながら澪の功績を話した。聞いているエリオもうんうんと頷く。
「僕のセオが、こんなに生き生きした目をしている姿を初めて見ました。魔力回路もそうです、ここまで綺麗な渦巻きは初めて……これは、従魔達の暮らしが、一変するでしょうね」
今よりもずっと、従魔達には良い暮らしをしてもらいたい。そう願う澪は、エリオの言葉の深い意味も分からず、ただ笑顔で頷いた。
ガルドはそんな鈍感な澪も良いんだよな、などと思いつつ、動画を物色するように手に取って見て回る。動画の裏側までじっくりと確認しているようだ。
「エリオ、お前のところの道具は昔と変わらず、ローディが作ってるのか?」
「はい、そうですよ。ローディさんもガルドさんに会いたがってると思いますけど」
「フン、あいつの場合は、会いたいんじゃなくて、道具自慢がしたいだけだろ。俺とは畑が違うつってんのに、張り合いやがって」
どうやら、ローディという職人が、この店の馬の手入れ用品を製作しているらしい。魔道具のような不思議なものは無いようだが、堅実で丁寧な造りの品が置かれているのを見ると、腕の良い職人なのだと澪でも分かる。
「ローディさんに従魔用ブラシの製作依頼も、したらどうですか? きっと作ってくれますよ」
「それはダメだ! 澪が使う道具は俺が作るんだよ、世界初の製品として、な! その仕事は絶対に渡さん!!」
ガルドが珍しく喚き散らしているので、澪はびっくりして肩をすくめた。気持ちは嬉しいけれど、そんなに興奮してまで言わなくても……と思う。
ガルドの苛立つ顔を見て、エリオは理由がピンときたらしい。なるほどと言わんばかりに、にやっと頷いている。
「分かりましたよ、ガルドさん。余計なこと言って悪かったですね。ささ、もう次に行くところがあるんでしょう? 材料屋ですか? それとも――」
「下町の商業ギルドだ」
ガルドの台詞に、エリオは「うっ」という顔をして黙り込む。どうやら、「下町の商業ギルド」に何かしら嫌な思い出がある様子だ。
だが、自分に寄り添うセオを見て、表情が変わった。
「澪さんの技術を、見せに行くんですね?」
「そうだ」
何やら、二人でうんうんと頷き合っている。澪には分からないが、二人ともこれから何が起こるのかが、分かっているような様子だ。
「あの女狐が相手ですから、あっと驚かせないとダメですよ」
「あぁ。エリオ、お前もばっちり驚いただろ?」
エリオは澪を見て、にっこり笑った。
「そりゃあ、もう。従魔がこんなに綺麗になって、魔力回路も豊富になるなんて、言っても誰も信じませんよ。まるで、奇跡を起こしたみたいだ」
エリオは笑顔で澪に「セオのことをこんなに綺麗にしてくれて、ありがとうございます。これ、お礼です」と、仕上げ布の小さなものを渡してくれた。受け取って良いものか、澪は困ったようにガルドを見る。
「澪、お前の仕事に対する報酬だと思え。受け取るのが礼儀だ」
「は、はい。エリオさん、ありがとうございます。喜んでもらえて嬉しいです」
澪はクリーム色の仕上げ布を受け取ると、エリオとセオを交互に見つめ、感謝を口にした。藍色の鞄に、これでまたの世界の持ち物が増えてゆく。
そして、ガルドと澪はエリオの店を後にした。
下町の中でも、広場から伸びる通りには沢山の店がある。そのどれもが、下町の人々の暮らしに必要な物、生活に密着した物だ。果たして澪のトリミングの店が、下町で必要とされるのかどうか……それを考えると、澪は少し不安になった。
前を行くガルドの服の裾をそっと掴み、「ガルドさん」と小声で話かける。
「おう、どうした?」
「あの、私のトリミングって、下町の人に必要とされるんですかね? 今まで、無しでも暮らしてきた事だから、必要ないって言われるんじゃないかって、心配で」
ガルドは歩く足を止め、人の流れを遮らないよう、澪を壁沿いに立たせて、自分も隣に寄り掛かった。
「気持ちは分かる。だから、先ずは下町の商業ギルドに行ってはみる、が、場合によっては、城下町の商業ギルドの方にも行くぞ。今日じゃなくても。要はどこの場所に店があれば、客が来るか、それが大事だろ? けど、あんまり忙しくなるのも、ちょっと、な」
(こうして二人で過ごす時間が減っちまう……ってのは、言い過ぎだな)
ガルドは自虐気味に笑い、澪の頭を撫でると、「着いて来い。魔力は足りてるか? また〈とりみんぐ〉、やってもらう事になるぞ」と言った。
「はい、喜んでやります!」
眩しい程の笑顔で、澪は頷いた。
この世界では、トリミングすれば喜ばれる。
澪はそれが嬉しくて仕方なかった。それに、ルーチェとも喋れるようになって、これから益々日々の生活が楽しみになってきたところだ。
生活基盤を築くためだけじゃない。従魔達を幸せにして、飼い主である主にも喜んでもらい、従魔を大切にしてもらうーーそれが今の、澪の目の前の目標だ。
「私、頑張ります」
澪は小さな声で、決意を口にした。
エリオは若い店主で、親の代からあの「馬の手入れ用品店」をやっています。
代々家業を継ぐのが一般的な世界です。
ちなみにエリオの兄弟姉妹は、馬具屋、馬車や荷運び用の装具屋、馬の防具屋、革細工工房、とそれぞれが馬に関わる道具の仕事をしています!!
ガルドは王都でも超有名人で、下町では特に人望が厚いです。それは、王城で魔道具師になる事を蹴り、下町に工房を構えたから。それだけでなく、下町に住む人々のために魔道具を作って、下町の暮らしをより良いものにしてくれているからなのです。その逸話は、また。




