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33.それではようやく、ピンブラシと獣毛ブラシの話です

第三十三話「それではようやく、ピンブラシと獣毛ブラシの話です」





 ガルドは澪の視線にやや気まずそうにしつつも、先に食べてやらないと、食べた事のない澪には食べ方が分からないと理解しているので、渋々といった感じで、鋭魚(エーウォ)を背中側からかぶりついた。


 串と、背骨、それに顔の部分だけ避ければ、他は食べられるようだ。


「本当はな、鋭い背ビレ、腹ビレもあるんだが、焼く前にちゃんと処理してあるから、丸かじりできる。そういう下処理をちゃんとしてる店が、信用できる屋台だと思え。だが、背骨も鋭いから、気をつけて食べるんだぞ」


 澪のことをまるで何も知らない子供のように、丁寧に教えながら、ガルドは豪快に鋭魚(エーウォ)をがぶりがぶりと食べ切った。残ったのは凶悪な顔と、そこから伸びる背骨だけだ。


 澪も真似をして背中側からかじりついてみる。パリッと焼けた皮は香ばしく、ほんのり塩気が効いて、それだけで美味しい。その後、ふんわりした白身が口の中でとろける。白身の高級魚の味だ。


「んー、これは、美味しい、です」


 笑顔で感想を言う澪。ガルドもニヤッと笑って「俺もそう思うよ」と答えた。

 澪も黙々と食べ進め、ガルドと同じく凶悪な魚の身包み剥いだ状態まで食べ進める。

 食べ終えると、澪は串を片手に口を開いた。


「ご馳走様でした。美味しかったです! あの、道具の話しても、いいですか?」


 ワクワクした、楽しい事を我慢できない子供のような顔をして、澪はガルドに詰め寄った。


「お、おぉ。次はどんな凄いのが出てくるんだ? 楽しみだな」


 澪の距離にドキドキして、身を引きつつ、ガルドが答えた。澪は「書くもの忘れてきちゃって、後で構造も書きますね」と早口になりながら、手で形を示す。


「もしかしたらこの世界の家族の女性用とかに、もうあるかもしれないんですけど、私が必要なのは、従魔さん用ピンブラシと、獣毛ブラシです」


 ガルドはゆっくり頷いて見せた。


「俺は女性貴族に知り合いがいないから、ちと分からんが、髪を梳かす物はあるだろうな。だが、澪が作りたい従魔用ってのは存在してないから、作ってみたいな。あと、獣毛ブラシなら、馬用のがあるぞ」


 そうだ、馬! 澪は声を上げた。この世界に来てから数回、見かけたことがある。犬は従魔と、呼び方が異なるのに対して、馬は同じ馬という呼称らしい。分かりやすくて助かった。


「馬用のブラシ、今日見に行くことって、できますか?」


「もちろん。その前に喉も潤してから、行こうな」


 澪は笑顔で頷いた。何から何まで優しいこの人に、どう恩返しすればいいだろう。

 ガルドは飲み物を買いに行くため、ベンチから立ち上がる。相当な長身の男なので、身長が百六十に満たない澪から見上げると、壁のように大きい。でも圧迫感も、威圧感も無い。この人の優しさが身に染みて分かっているから。

 澪も一緒に行くため、立ち上がる。


「それで、ぴん? ぶらしってのは、どんなモンなんだ?」


 連れ添って歩きながら、ガルドは澪に優しく問いかける。澪はぱぁっと顔を輝かせ、両手で大きさを示した。


【トリミングツール理解】レベル1


 スキルが発動した。瞬く間に、澪の脳裏にピンブラシの構造や素材、製法が浮かんでくる。


「これくらいのブラシなんですけど、本体部分、つまり土台には木で作られていて、持ち手である柄と、ブラシ本体とに分かれているんです。ブラシ部分は、ゴムクッション、弾性があって厚みがあり、固さもあって破れにくい素材なんですけど……それを貫通するピン――金属製の細い棒――が放射状に刺さっていて、裏側から固定されている、って感じです。裏面からピン落ちしないよう、布で固定補強も行います。あの、ゴムクッションなんて、無いです、よね?」


 どう考えても、樹脂製品や石油系製品は無い世界だろう。澪がそう思って慎重に聞いてみると、ガルドは斜め上を見て、顎を触りながら「うーん」と唸った。


「心当たりなら、あるぞ。いくつか、試作品を作って試してみないとダメだろうが。あと、金属の細い棒か。どこまで細くできるか、腕が鳴る」


 この反応は、ピンブラシが出来そうな気が、する感じ。澪は嬉しくてニコニコした。ルーチェが澪の足に絡まりつくように、歩いている。


(良かったのよ、みお。楽しみ、嬉しい、るーちぇも感じるのよ。おっさん役に立って良かったのよ)


 澪はガルドにはニコニコ笑顔を見せつつ、心の中で、ルーチェの、ガルドに対する言葉遣いを直すよう言うべきか、真剣に悩み始めた。

 そうこうしていると、ガルドがある屋台の前で足を止めた。果実が入っている箱がたくさん置いてある屋台だ。そこで何かの果物を指差して、注文している。紫色と緑色が混ざった、不思議な色に、三角に近い変な形の果物だ。


「ほら、喉乾いただろ、飲め」


 木製のカップに入った、先程の果物のジュース。澪はお礼を言って受け取った。カップを見るに、持ち歩いて飲んだり、持ち帰るようなものではなく、ここで飲んでお店に返却するのではないか、と予測を立てる。

 その予想が当たったかどうか、澪はガルドをじっと見つめ、彼が飲み終えた後、どうするかを観察していた。


「何を見てるんだ? 心配しなくても、飲みやすいのを選んだつもりなんだが……」


 ガルドに気を遣わせてしまった。澪は慌てて飲み始める。


「……! 美味しい」


 味は、キウイとマンゴーを混ぜたような、甘みと酸っぱさが両立した味で、後味はすごくさっぱりしている。こってりした食べ物の後で飲むと、これまたすっきりして良さそうだ。

 ガルドは澪の笑顔を見届けると、自分はぐいっと一気に飲み干した。そしてお店の木製カップを、店主に返却した。


 澪は(やっぱりだ!)と心の中でガッツポーズを取った。自分も何度かに分けて飲み切ると、お礼を言って木製カップを返した。


「さ、澪、馬用のブラシ、見に行くか」


 お腹も膨れ、喉も潤った。

 ガルドに頷いて見せ、澪は歩き出したガルドを追いかけて歩き出した。


 下町広場では、屋台に並ぶ子供の姿も見える。勿論、屋台の人、市場の人、それに買い物や散策に来た老若男女、すべての人に従魔が付き従っている。


(チワワ、ダックス、あれは……パピヨン、シュナウザー。ブリュッセル・グリフォンもいる! あれはシルキーテリアかな? あ、ハバニーズ! すごい。狆……うーん、チベタン・スパニエル?)


 澪が従魔当てクイズに夢中になっていると、突然「ドンッ!!」と前の何かにぶつかった。


「澪、前を見て歩けよ?」


 見上げると、ぶつかったのはガルドだった。どうやら馬用の獣毛ブラシが売っている店に到着したらしい。

 ずっとガルドの影のように付き従っていたヴァルクが、ルーチェの頭に何故かお手をしている。


(うるさいのよヴァルクにい! むきぃぃぃ)


 頭にお手をされ、ルーチェは怒ってジャンプしてヴァルクの首に甘噛みしようとしている。ヴァルクはどこ吹く風だ。


「どうしたの、ルーチェ?」


(ヴァルクにいが、主の前方確認くらい、従魔がちゃんとやれ! って言うのよ! うるさいのよ。みおならだいじょうぶって分かってるのよ!)


 ガウガウ言いながらヴァルクに怒りをふつけているが、ヴァルクは全く相手にしていない。そんな二人を見ていたら、そっと肩を叩かれた。


「着いたぞ、澪。獣毛ブラシとか、馬の手入れ用品が売ってるぞ」


 その店は下町広場からすぐの場所にあり、馬の横顔を模した看板が壁付けしてある。木製の扉を押して、中に入ると、革の匂いがした。


 まず目に入ったのは、かなり大きな獣毛ブラシ。男性が手に填めてブラッシングを行うのだろう、サイズ感がトリミング用のそれと比べ、三倍くらいは大きい。

 たてがみ用の櫛は、艶のある木製の大ぶりなものだ。抜け毛取りは、金属が輪になってグリップが付いたもの。仕上げ布、小刷毛、泥落とし用の固いブラシもあった。


 奥に店主らしき男性が一人。隣にいるのは、一目で分かる、アイリッシュ・セッターだ。

 男性はガルドより若く見える、栗毛色の髪に、同じ色の瞳。ガルドを見てすぐ、手を上げた。


「ガルドさん! うちに用があるなんて、珍しいですね?」

二人の、親子のようなデートでした。


ガルドにとっては、今までの人生で最も穏やかで充実した時間だったようです。

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