32.気を取り直して、下町散策
第三十二話「気を取り直して、下町散策」
「おっと、自分の考えに没頭するところだった。澪、腹、減らないか?」
ガルドがバッと澪を見て、声を上げた。澪はというと、出来立ての爪切りを見つめて申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんなさい、ガルドさん。せっかく作ってもらった爪切り、ヴァルクは使わないし、使わない従魔さんが多いってことに、今気づいたんです……みんな砂利や石畳の上を走り回って、爪が削れているから」
澪の声は弱々しく、本当に申し訳なく思っているのが伝わって来た。ガルドは「なんだ、そんなことか」と笑い飛ばす。
「貴族の愛現用従魔なら、爪切りはするぞ。絨毯の上で生活してるからな」
「それなら、もう爪切りは存在してるんですか?」
「いや、ナイフで削る感じだな。そもそも、そんな凝った形の爪切りは初めて見たからな。効率良く、何頭もの従魔の爪を切れるよう、細かく設計されている。考えた奴はすごいな」
ガルドの賛美の言葉に、澪は「私じゃないんですけどね」と申し訳なさそうに言った。スキル【トリミングツール理解】レベル1によると、ギロチン式爪切りは日本人が開発したらしい。同じ日本人として誇らしい限りだ。
そして、貴族の愛玩用従魔と聞いて、それなら、今の日本での犬と同じような扱いではないか、と期待が膨らんでくる。トリミングのニーズも高そうだ。
「良かったです。これ、大切に使いますね。かかった費用は、稼げるようになったら、真っ先にお支払いします」
澪が、大切そうに自分が作った道具を持って居る姿を見て、ガルドは満足そうに目を細めた。俺がもう少し若かったらな……、と馬鹿な考えが過ぎる。それくらい、この小柄な女性が愛くるしいのが悪いのだ。
「いや、支払なんてどうでもいい。大事なのは、俺がこの世界で初めてその道具を造った、ってことなんだよ。職人つうのは、そういうもんだ。で、お嬢さん、昼飯を食べに行くか?」
「はい。……歩きながら、次の道具の話、してもいいですか?」
ちょっと遠慮がちに、でもどうしても言いたい、といった雰囲気で、澪が次のツール制作について切り出すと、ガルドは大声を上げて笑った。
「大歓迎だ! 昼飯ついでに下町一帯の事と、下町の商業ギルドについて話そうと思ってたんだが、まず道具の事を聞かせてもらおうか。じゃ、行くぞ」
ガルドは颯爽と工房を出て行く。澪も藍色の鞄と魔力ブロワーを肩に下げ、ルーチェと共に後を着いて行く。ガルドは鍵を掛けない、それが不思議で、澪は何故かと問いかけた。
「鍵? 魔道具が守ってるから、勝手に侵入した奴は、痛い目を見るだけだ」
流石は魔道具師。後で知ったのだが、鍛冶屋より魔道具師の方がはるかに貴重な存在で、王国で保護されているらしい。本来なら王城勤務で魔道具を作って、王族や貴族に納品するのが主なのだが、ガルドは変わり者で、かつ鍛冶屋としての腕も超一流なので、わざわざ城門の内側で自分の工房を開いているのだそうだ。本人は魔道具より鍛冶や新しい道具造りに専念するため、で、他人に指図されても、作りたくない物は作らない主義らしい。
澪から見たガルドはとても優しく、思い遣りのある大人の男性だが、他人から聞くと、相当偏屈な職人だということが感じられて、笑ってしまう。
さて、ガルドは澪の歩幅に合わせ、のんびりと下町を歩き出した。
昼下がり、ふと澪は空を見上げた。ずっと気になっていた、この世界の太陽。手をかざしながら見上げてみると、二つの太陽のような円が見えた。
「あれって、太陽ですか?」
「たい……よう? あれは五尾金眼って言うんだ。五尾神の両目のようだから」
なるほど、と澪は頷いた。世界の唯一神がはっきりしているのだから、神になぞらえて考えるのはごく自然なことだ。
もふもふの神様の、巨大な金色の目が、明るく光って世界を照らしてるわけね、と納得する。
城壁沿いには、ガルドの工房以外にも、旅支度のための道具屋や、日持ちする非常食を扱っている店がちらほら。澪でも見ればなんとなく分かる。城壁を出て行くために必要な物が、揃うようになっているのだろう。
「昼飯は、屋台にするか。眠る仔羊亭とは逆方向に、下町の広場がある。そこだと、市場や屋台が出てるんだ」
城壁沿いから離れ、砂利道の通りを進んで行く。この下町にある住居はみな、土台が石造り、その上が木造になっている。お世話になっている眠る仔羊亭は二階建てでかなり大きな建物だが、一般的な住居は平屋と二階建てが半々くらいだ。
また、一階が店舗で、二階が住居、というタイプも多く見られた。
「あのお店はなんですか?」
澪の質問に、ガルドは次々と答えて行く。
「香辛料とか、料理に使うもの、乾燥させた物を売ってる。隣は調理具屋だよ。あっちか? あっちは食器や小さめの家具屋だな」
そして、ガルドが広場と言っていたのがすぐ分かる、下町広場に出た。
屋台から何かを焼いている良い香りが漂っている。一店舗だけではない、ざっと見ただけでも四、五店舗は屋台がある。威勢の良い呼び込みの声も聞こえてくる。
周りには木箱に積まれた生野菜とおぼしきもの。それに魔道具なのだろう、生の肉らしき物が入った箱を重ねて売っているお店もある。中には、見た事も無い魚が入った箱があり、澪はその魚にズラリと並んだ鋭く長い牙を見て、凶悪そうな魚……と驚きを隠せなかった。
「なんだ、澪は鋭魚が好きなのか? 屋台で焼いてることがあるか、見てみるか」
澪が真剣に見ていたのを、好きなのだと勘違いしたガルドが、せっせと屋台巡りを始める。
(好きどころか、食べたこともなんですけど、でも、気にはなる……!)
どんな味なのだろう。この世界の食事はどれを食べても美味しい。現代日本で生まれ育った澪がそう思うのだ、食文化のレベルが高いのか、素材の味が良いのか、調味料などが凄いのか。
澪は屋台飯に興味津々になり、ガルドと並び立って屋台を見学する。
屋台では、魔道具なのだろうか、ドラム缶を半分に切ったような形の焼き器の中で、熱線のようなものが線状に走っており、そこに乗せられた凶悪な魚や不思議な形のぐにゃぐにゃが、煙を上げて焼かれている。火は見えないのに高温なのは間違いない、だから魔道具なのかなと澪は考える。
ぐにゃぐにゃした物も気になるが、食べたいと言う意味ではなく、生きていた時はどんな姿で、どんな生き物なのかが気になる。
ガルドは屋台の売り子に金を渡し、例の凶悪な魚の串焼きを二本、買ってくれた。
広場の中に点々と置かれた簡易的な木造のベンチがあり、そこに座ろうと指し示す。驚いたことに、ヴァルクがガルドのポケットからハンカチを咥えて一足先に飛び出すと、そのベンチにハンカチを敷いて見せたのだ。完璧に伸ばしてあるわけではないが、それでも、澪は嬉しさで思わずヴァルクをぎゅうと抱き締めた。
ガルドはそんな二人を、温かい笑顔で見ながら腰を下ろす。澪も隣に座ると、ガルドから凶悪な魚の串焼きを受け取った。ぐるりと一周、じっと見つめてみる。魚、であるのは間違いない。ただ、澪の知る限り、こんなに歯が鋭く長く、目つきが悪い魚は地球には居なかった、と思う。
「おい、中骨に気を付けろよ。あと、見て分かるだろうが、歯も鋭いからな。子供みたいに指を入れて遊ぶと、指が切断されるぞ」
ガルドの説明に、澪はぞっとして伸ばしていた人差し指を引っ込めた。
食べ方が分からない澪は、とりあえずガルドが食べるのを見て真似ようと、じっとガルドを見つめて食べ始めるのを待っている。
なんとか更新まで書けました。
遅くてすみません。
明日明後日は仕事でトリミングいっぱいのため、更新が遅れるかもしれません、すみません!
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