31.ヴァルクの思い、ガルドの思い、澪の気持ち
第三十一話「ヴァルクの思い、ガルドの思い、澪の気持ち」
「そういう訳で、俺はヴァルクの怪我をきっかけに、騎士団を辞めた」
ガルドは本人が回想していたよりはずっと端的に、ヴァルクの怪我の事件の事を澪に話した。
澪は漆黒石のような瞳に涙を浮かべ、じっと耳を傾けていた。
「……ガルドさんは、今の生活の方が、騎士団に居るより幸せそうですね」
澪が涙を堪えながら、笑顔でそう言うと、ガルドはニヤっと笑って見せた。
「そうだろ? 俺もそう思う。戦うより、物造りが性に合ってるんだよ、俺は。お前の道具だって気になってしょうがない、が神様製とあっちゃ、俺にも理解は難しい。でもな、もっと色んな道具を造ってみたいもんだ」
そう言うガルドの表情は晴れ晴れとしていた。
澪はふと、レオンハルトの事を思い出して、一瞬躊躇ってから口を開いた。
「そういえば、さっきの話だと、ガルドさんとレオンハルトさんって、仲良くなるような感じじゃなかったですよね……?」
「あぁ。親しくなったのは、騎士団を辞めてからだな。ヴァルクに従魔治癒師を紹介してくれたのもレオンハルトだ。奴の考え方とは合わない行動だから、俺も驚いたが。その後は、俺が鍛える剣に興味を持ってな。非番の日はここに足を運んでは、こういう剣を作れ、と無理な要求ばっかりしてきたよ。そうこうしてるうちに、あいつは騎士団長になった」
「前の騎士団長さんはどうなったんですか?」
澪の純粋な質問に、ガルドは一瞬顔を伏せた。その仕草はまるで、悲しい事があったことを示すようで、澪はドキッとし、聞いて良かったのか不安になった。
「ヘルミンドは――――モンスター討伐の時に片足を失ってな。食われちまって、治すことができなかった。それで従魔と一緒に引退した。今は、ここから少し離れた町で、隠居生活してる」
モンスターに足を食べられた。澪は貧血に襲われて、ぐらりと椅子から落ちそうになる。
「ヴァウ!!」
ヴァルクとガルドがほぼ同時に、澪の体を支えた。ルーチェは澪の膝に飛び乗り、心配そうに澪の頬を舐めている。
(みお、だいじょうぶ? こわいの、いないから安心するのよ。おっさんもヴァルクにぃも強いから、守ってくれるのよ。もちろん、るーちぇもすっごく強いのよ!)
えへん、とツンとした鼻を天に突き上げ、自信満々になっているルーチェ。温かい魔力が流れてくれて、澪は体が楽になるのを感じた。ガルドも優しく支えてくれている。
「ご、ごめんなさい。もう大丈夫です。その方も従魔さんも無事でよかったです。……いつか、私も、その特別な従魔さんを見てみたいなって、思ったんです」
ガルドは澪を支える手をそうっと離すと、ポンと澪の頭に手を置いた。ヴァルクはまだ離れたくないようで、澪の横にぴったりくっついて、離れていない。
「澪は本当に従魔が好きだな。いつか、王都の外に買い付けなんかで出る用事が出来たら、一緒に行くか。俺も久しぶりにヘルミンドに会って、どやされるとしよう」
澪の頭をわしわしと撫でると、ガルドは満足したようで、工房の多くから茶色のなめし革を取って来た。爪切りの持ち手に巻くのだろう。
ガルドが慣れた手付きで作業をしている間、澪は机の上に視線を落とし、膝の上のルーチェを撫でながら、静かに話し始めた。
「……私、レオンハルトさんのこと、もっと嫌いになりました。従魔を餌にするなんて、最低な行為です」
ピク、とガルドの手が反応して止まる。
苦虫を噛み潰したような顔で、ガルドは声を絞り出した。
「……俺も、その作戦を一度、使った事がある、同罪だよ」
「ガルドさんは違う」
澪の言葉があまりに強い口調だったので、ガルドは革の握りをスキルで溶着する手を止め、澪を見た。
「ガルドさんは、それから苦しんで、従魔のことを考えて、知ろうと努力して、ついにヴァルクとこうして絆が結ばれたじゃないですか。ヴァルクは幸せだって、ガルドさんのこと大好きって思ってますよ」
澪がそう言うと、
(……大好きとは、言ったことはないぞ)
と、尻尾を振りながらも、照れくさそうに澪から離れて行くヴァルク。可愛いなぁと澪はにやにやしてしまう。
「レオンハルトは、兎に角人間の負傷者を出したくない、その一心なんだ。治療院が王都に一か所しかない上、治療費もかかる。だから怪我をして命を落とす騎士を減らすためなら、従魔を切り捨てる覚悟がある、ってな」
澪は不満そうに溜息をついた。
「貴族で、騎士団長になれるほどの実力もあるんですよね? それなら、従魔も犠牲にしない、騎士も守る、そんな戦い方を考えればいいのに。ガルドさんだって、そういう魔道具とか、武器とか、あれば変えて行けるかもじゃないですか? 私は、トリミングして元気にしたり、傷が少しでも良くなるなら、やってあげたいけれど、そもそもの従魔を消費するっていう構造から、変えないと」
ガルドはその言葉に驚いて、ただでさえだデカい目を見開いて、澪を見た。
「澪、お前、頭いいな? なるほどな、魔道具はそんな攻撃用のを作れたことはないが、攪乱や目くらましなら可能だよな。従魔の代わりになるような、安全性を高める武器や装備か……」
ガルドはぶつぶつ話し始め、もう澪が目に入らないようだ。
机の上には持ち手に革が巻かれたギロチン式爪切り。澪はそれを手に取ると、膝の上のルーチェの手をそっと取った。
(み、みお、るーちぇ、それやるの?)
ルーチェが珍しくアワアワしている。澪は「ふふふ」と不敵に笑う。
「爪切りが苦手なのは、犬も従魔も一緒ね。でも大丈夫、私プロだから、ね?」
(みおー! やめてぇ~)
腰が引けているルーチェの手を取り、関節に負担が無い位置で固定、澪は爪切りで伸びている狼爪をスッと切った。日本で使ってた物と違い、音すら出ないほどの切れ味。恐ろしい。
見てみると、砂利道や石畳を歩いているからか、他の爪は良く削れている。そうだ、この世界の従魔は外を歩いているわけで、フローリングで散歩もあまりしない犬ではないんだ、と気付いた。
「うーん、ヴァルクも、爪、見せてくれる?」
澪が爪切り片手に近寄ると、ヴァルクはルーチェと違って、銅像のようにお座りして微動だにしない。澪の問いかけに、微かに頷いてくれた。
前足を見ると、狼爪は鋭く、他はしっかりと削れていて切る必要が無い。
(澪、その爪は仕事で使うから、切られては困る)
ヴァルクのイケメンボイス(と初めて気付いた)が澪の心中に響いた。
澪は「そっか、そうだよね」と頭を抱えた。
異世界トリミングツール第一号「ギロチン式爪切り」は、澪が思うよりも、ニーズが少ないかもしれない……。澪は自分の視野の狭さに唇を噛み締めた。
「次はもっと使う物を作ってもらうから!」
と、心に決めた澪だった。
トリマーにとって爪切りは必須道具。
ですが、それは飽くまで現代の暮らしの上での話!
石畳や砂利道を駆けまわる従魔の爪は、良く削れていて、爪切りの必要性がありませんでした。
ただ、従魔の仕事内容や暮らしによっては、今後必要になるかも……?




