30.ヴァルクとガルド――絆とは――
第三十話「ヴァルクとガルド――絆とは――」
「従魔達を前に出せ! 囮にして、背後を取る!!」
俺が指示を出すより先に、レオンハルトが声を上げる。彼は天性の支配者で、生まれた時から人を使うのに慣れていた。だからこういう時でも躊躇わず、自分が正しいと思えば規律違反でも合理的な方法を選ぶ。
俺は苛立ちを覚えながら、声を張り上げた。
「従魔に突っ込ませすぎるな! 隙を作らせるように、敵を翻弄するんだ! ヴァルクも行け! 距離を取るんだぞ!」
隣でレオンハルトは剣を抜きながら、俺の指示に「ハッ」とあきれたような声を漏らした。
「従魔を食わせている隙に、とどめを刺せばいいものを」
その言葉は、あえて俺の方は見ず、独り言のように呟かれた。だが、俺の耳にははっきりと届いていた。
レオンハルトの従魔だって、非常に珍しい種類なのだ。戦闘種の中でも最強の力を誇る、筋肉質な大型の種類。音を立てずに、夜盗を背後から押さえつけて捕獲したこともある、とても優秀な従魔なのだ。
それを、食べさせて、その隙に、だと?
俺は怒りと共に雄叫びを上げ、わざと狂牙大熊達の注意を引いた。他の団員の安全も、従魔達の命も、俺が強ければ守れる、それだけの話だ。
雨で足元がぬかるみ、動きが悪くなる。俺は自分で鍛えた大剣を抜いた。この剣は他には無い刃幅で、防御もできるのが特徴だ。鍛冶スキルを用いて非番の日には剣を鍛えるようになり、こうして自分の得物くらいはまともに作れるようになった。
「ヴァルク! でかいのをこっちに来させろ! 俺がやる!」
叫ぶと、返事なのか雨の中、ヴァルクの低い吠え声が響き渡った。ヴァルクは巨大狂牙大熊の気を引きつつ、引っ掻きを避けて俺の方へ後退してくれている。
流石だ、と感嘆せずにはいられない。ヴァルクの被毛は雨を弾いていて、このぬかるんだ大地でも平然と跳ねて駆けてを繰り替えし、敵を翻弄している。
「おらぁ! 俺が相手だ!! 殺して毛皮にしてやるよ!!」
大剣を構え、そう叫ぶと、巨大狂牙大熊は真っ赤な眼で俺を捉えた。その間をあえてヴァルクは横切り、俺への執着を自分に向けさせようとする。ヴァルクの献身は、俺には望まぬもので、俺は「下がれ!」と叫ぶと、一気に間合いを詰めて巨大狂牙大熊に大剣を振り下ろした。相当な重みと長さがある剣だ、受け止めようとした狂牙大熊の腕が切り落とされ、体まで剣先が到達する。
それでも、まだ浅かった。手負いの獣はより狂暴になる。俺が大剣を構えるより早く、巨大狂牙大熊は俺の喉元に向かって食らいつこうとしてきた。大剣で弾こうと構えたのは間に合わず、大剣自体に狂牙大熊が食らいつく。俺の剣の切れ味が悪い訳では無い、奴の牙が硬いのだ、大剣を咥えて、狂牙大熊は大きく首を振った。
大剣を手放せなかった俺は――――空中に放り出される。剣は違うところへ飛んでいき、俺は単身吹っ飛んで地面に叩きつけられた。すぐさまヴァルクが飛んできて、俺の前で守りの姿勢を見せる。
俺は大剣とは別に腰に下げていた剣を抜き、立ち上がって構えた。巨大狂牙大熊は嬉々として獲物の俺を狙って走ってきている。このままでは、ヴァルクが危ない。
俺がヴァルクより前に出ようと踏み出した瞬間、ヴァルクは一気に狂牙大熊目掛けて真っ直ぐに駆け出して行った。俺を守る為。
そして、圧倒的な体格差をものともせず、狂牙大熊の突進をひらりとかわし、その背後を取って食らいつく。だが、狂牙大熊の毛皮は分厚く、従魔の牙は通らない。
ヴァルクに咬まれたままで、狂牙大熊は俺目掛けて再び突進してきた。俺は頼りない片手剣を真っすぐに構える。これで頭を一突き、それしか勝ち目は無い。
ヴァルクは咬みつくのを止め、再び狂牙大熊の前に躍り出た。突進中に絡まれ、苛立った狂牙大熊は無事な片腕でヴァルクに襲いかかる。ヴァルクがそれを避けようとした瞬間、何故か金髪の騎士が俺達の戦いに乱入してきた。
ヴァルクは辛うじて引っ掻きを避けたが、後肢を爪がかすめたように見えた。
金髪の騎士――レオンハルトは、単身こちらの狂牙大熊との戦闘に来たようで、彼にはもう従魔は居ないようだった。レオンハルトは手投げ用の短剣を使い、狂牙大熊の気を逸らす。
俺はその隙を狙って、恐れを捨てて狂牙大熊の攻撃範囲の中に飛び込むと、片手剣で顎から脳天を一気に貫いた。剣が折れなくて良かった、そう思った瞬間、顔を剣で貫かれたままの狂牙大熊が、ギロリと俺を見下ろした。
もう抱き合えるくらいの距離で、今から間合いを取ろうとしても、間に合わない。背後に回ろうにも相手がデカすぎる。レオンハルトが剣を構え駆けてくるのが見えたが、間に合わないな、と思った。
その瞬間、黒い影が俺の前に飛び出し、狂牙大熊の顔面に食らいついた。ヴァルクだ。後ろ足から血が流れている、それなのに俺の盾になろうと、敵を倒そうと飛び出してきたのだ。
「やめろ!!!!!」
気付けば必死の叫びが喉から飛び出していた。
だが、死ぬ直前の狂牙大熊は嬉々として、自分の顔面に食らいつくヴァルクの足を、鋭く長い爪をひっかけると、一気に引き裂いた。俺はそれ以上ヴァルクが傷つかないよう、必死に食らいついたままのヴァルクを抱き締め、自分の体を盾にした。
次の瞬間、ザシュッと剣が何かを切る音がし、ぐらり、と巨大狂牙大熊が倒れ始めた。俺はヴァルクを抱えて下敷きにならにように後ろに下がった。
レオンハルトがすぐ隣で、血まみれの剣を片手に立っている。狂牙大熊の手が落ちていたので、彼がやったんだろう。
俺はヴァルクを抱えたまま野営地にした洞窟に向かい、道中で戦闘が終わっていることを確認した。従魔の死体、死体、死体……それから、四匹の通常サイズの狂牙大熊の死体。
レオンハルトが提案した作戦通り、従魔を文字通り餌にし、咬んでいる間に騎士達で刺し殺したようだ。なので騎士達は皆、無事だった。
俺はヴァルクを洞窟の火の傍に寝かせ、後ろ足の傷を見た。肉が裂けて筋肉や腱が見えている。
「エルズ、来てくれ」
俺は団員の一人を呼んだ。奴は消毒や軽度の毒治療のスキルを持っている。治癒は無理でも、消毒は大事だ。すぐ来たエルズが、ヴァルクの様子を見て首を横に振る。
「副団長……」
「何も言わずに、消毒だけしてくれ。そした後は俺がやる」
とはいえ、俺に治癒のスキルがあるわけでもない。俺にあるのは、高熱で何でも溶かしたり、くっつけるだけのスキルだ。くっつける……傷口をつけることは、可能かもしれない、だが地獄のような痛みを伴うのではないだろうか。
エルズはさっと消毒スキルを使って、静かに去っていた。本当なら従魔にスキルを使うなんて、と馬鹿にされるところだが、ヘルミンド隊長の教育を理解している数少ない団員なので、むしろ俺に同情するような目をしていた。
「ヴァルク、すまない。これから、酷い事をお前にする。痛くて耐えられんかもしれん。だが、お前だけ苦しめる事はしない、待ってろ、すぐ済む」
俺は短剣を取り出し、自分の二の腕を一気に切った。
「何をしているんですか!!」
背後から、レオンハルトが気付いたらしく、叫んで駆け寄って来た。
「黙ってろ、俺は急いでるんだ」
「副隊長なのに、現場の後始末もせずに従魔にかかりきりと思えば、いきなり自分を……何を!?」
俺はスキルを発動し、オレンジ色になった指先で、自分の二の腕の傷をくっつけ始めた。それは、拷問そのものだった。切る痛みなんて、痛みのうちに入らなかったな、と悟る。あまりの痛みに、燃やす予定で置いてあった木切れを口に咥えた。気絶せず、やりきらないと行けない。
脂汗が落ち、痛みで手がガタガタ震えた。それでも、傷は赤い指が通った跡だけを残し、くっついた。
「俺で試したから大丈夫だ、ヴァルク。耐えるんだ」
俺が咥えていた木切れヴァルクの口に咥えさせると、俺はオレンジ色の指先をヴァルクの足の傷に当て、動かし始めた。ジタバタ暴れるかと思ったが、ヴァルクは全て分かったような目をして、ただ木切れを必死に噛み締めながら、じっと横たわっていた。
レオンハルトは静かに俺をヴァルクを見下ろして、微動だにしない。事の顛末を、最後まで見守る気らしい。ヴァルクの酷い傷はなんとか塞がったが、大量に血を失っている。
俺は自分用に支給されたポーションを取り出すと、それを少量手に取り、ヴァルクに舐めさせた。効果があるのか、呼吸が穏やかになる。
俺はほっとして、ポーションを少しずつ、零さないように気を付けて飲ませ切った。
「……何故、そこまで? 替えはいくらでも利く、そうだろう?」
「何故だろうな。お前には分からんか? こいつらは生きていて、自分の全てを契約した主に捧げて生きてるんだ。どんな理不尽にも、痛み苦しみ、死にも立ち向かうのは、全て主のためなんだよ。感情が無いんじゃなく、恐怖や苦痛をひたすら耐えて、死にに行くんだ。俺はもう、こいつを失いたくないんだよ。こいつの替えなんて、いない」
レオンハルトは理解できんと言わんばかりに、首を横に振った。
「何故そんなことが断言できる? こいつらが何か感じていると、どうして分かる? 私には、到底理解できないな」
「……いつか、その日が来るといいがな。兎に角、早急に撤収する。従魔を失った状態で、これ以上の戦闘は危険だ」
レオンハルトはその事には頷いて、指示を出しに外へ向かった。
モンスターから取れる素材は騎士団の収入源でもあるので、ある程度は回収しなければならない。それを効率よく行い、荷馬車に積んで王都へ帰路に着く。
俺は横たわるヴァルクの頭を撫でた。
「絶対助けるからな。どんなことでもしてやる。だから、俺を置いて逝くな」
俺の声が届いたのか、ヴァルクな金色の瞳で俺をじっと見つめ、微かに頷いた。
――――初めて、従魔が俺の言葉に返答した瞬間だった。俺はヴァルクとの契約のつながりが、突然強くなったように感じ、不思議な感覚に襲われた。こいつは俺の言葉が全て分かっている、そう確信した。
絆が結ばれる瞬間です。
いつも一途に相手を思い、その気持ちは絶対にぶれない。
そんな生き物が、人間の傍に常に居てくれる。
それって、すごく幸せなことのはずなのに。




