26.いかづち工房にて、ギロチン式爪切りの完成
第二十六話「いかづち工房にて、ギロチン式爪切りの完成」
数日ぶりのガルドの工房は、最後に見た時よりごちゃごちゃしていた。きっと、澪が知らぬ間に仕事をしていたのだろう、テーブルで何かを作った跡がある。
不思議と人が居ないのに、外の鍛治炉はいつも火が燃えている。これもガルドのスキルなのかな、と澪は初めて気付いた。
ガルドに導かれて室内に入ると、テーブルの上に何かが置いてある。澪にとってはとても身近なアレーー犬の爪を切るための、ギロチン式爪切りにかなり良く似ているが、やや大ぶりなもの。
「もう完成してたんですか!? すごい!」
澪の賞賛の言葉に、ガルドはいつものニヤリとした笑顔を返す。
「どうだ、お前の思ってた物と同じか?」
澪は爪切りを手に取ろうとしてから、一瞬手を引っ込めて、許可を求めるようにガルドの目を見た。持ってみろ、と言わんばかりに、ガルドは頷いた。
澪は異世界初の爪切りを、手に取った。
もふもふの神様がくれたシザーほどではないが、やはり不思議と冷たくない。金属製なのに、だ。そして柔らかいような、じんわりと手に馴染む感触がある。形は、澪の手が小さいため、握りしめるのに少しばかり苦心しそうだ。
だが、構造は完璧にギロチン式爪切りそのもの。握っていくと、刃がスライドして穴に入っているものをスライスするかのように切断する。バネも硬すぎない。バネなんて、この世界の技術でよく作れたなぁ、と澪は驚きを隠せない。
澪が爪切りを持ち、開閉させて動作チェックをしている姿を、ガルドは職人の目つきでじっと見つめている。
「……お前の手には、ちと大きすぎるか? それか、革で持ち手をカバーして握りやすくしてみるか」
「良いですね、それ! 握りやすくなれば、大きめでも手が滑らないので扱いやすくなると思います」
ガルドも納得の表情で頷く。澪はスライド刃を確認していて、それが薄っすら虹色に輝いている刃だと気付いた。
「その刃は切れ味が何年も持つ。すごいだろ? この形じゃあ、研ぎができんと思ってな。魔道具としての機能で、切れ味が劣化しないようにしといたぞ」
それは――とんでもなく、凄いことだ。澪がいた世界は科学の発達で、この世界よりずっと進歩している。でも、魔法は無いし、こんな魔道具は作れない。科学の進歩と、魔法とは、それぞれ別の凄さを持っているのだなあ、と澪はしみじみ思った。
「凄いです。ガルドさん、簡単に魔道具だぞって作っちゃうけど、誰にでもきるものなんですか?」
「いーや、誰にでもは、できん。俺は特殊なほうだ。物に魔力を流す回路を作るスキル、これが最低でも必要だからな。そこに色々とスキルがあれば、多彩な魔道具も作れはするが……」
澪のスキルは、従魔に流れる魔力回路の流れを整えるスキルだ。ガルドは、物に魔力を流るための回路を作るスキルがあるということだろう。でも、それだけでは足りないようだ。
「どんな物を作るかで、必要な道具は変わる、そうだろ? 魔道具作りも同じだ。俺は鍛冶と同じで、単純なものしか作れない。目くらましや、姿を変える、声を変える、空を飛ぶ、広範囲の爆破、特定の敵への遠距離攻撃、決して消えないランタン、インクが魔力で出るペンと、破ったら死ぬ契約書、こういう多彩な魔道具は、俺には向いてない。魔道具屋にも、色んなのがいるってことだ」
へぇ、と澪は心から感嘆の声を上げた。今ガルドが例に挙げた魔道具の効果はどれも、完全に「魔法の世界」そのもので、澪には想像もつかない。
「ガルドさんが得意なのはどんなのなんですか?」
「剣を中心とした武器一般、それに金属製の生活用品も、作る。澪が欲しいものは生活用品に近いからな、俺には向いてる」
その言葉を聞いて、澪はほっとした。
どこかで、ガルドの負担になっているのでは、無理をさせているのでは、と不安だったから。
そもそも。どうして彼がここまで親切にしてくれるのか、分からない。澪が珍しい技術を持っているからだ、と彼は言ってくれるが、それもヴァルクをトリミングすれば、ある程度満足だろう。こんなに親身になってもらっても、澪にはトリミング以外、返せるものがないのだ。
(みーお、ちがうのよ、おっさん、好きでやってるのよ)
ヴァルクとじゃれていたルーチェが、澪の不安な気持ちを察知して、心中で話しかけてくる。
目線をやると、ヴァルクも澪にウンと頷いて見せてくれた。
(主は、新しいものを作るのが好きだ。お前がいれば、その製法が手に入ると踏んでいる。それに、主はお前のことが――――)
(うるさいのよ! それ以上はおっさんのザレゴトなのよ、黙ってヴァルクにい)
ヴァルクが喋ってくれた! と澪が歓喜した次の瞬間には、ルーチェが何故かヴァルクの言葉を遮って怒って唸り声を上げている。まったく意味がわからない澪は、何がなんやら、と澪は肩を竦めた。
「不思議だな」
澪とヴァルクとルーチェを見ていたガルドが、ぽつりと呟いた。
「お前は、従魔と喋っているんだよ、な? レオンハルトにそう言ってたのを聞いた。にわかには信じがたいが、お前を見ていると、本当に話しているように見える……」
「それが、驚いたことに、今朝から、ルーチェとずっとおしゃべりできるようになったんですよ。ずっと! ものすごく、可愛い事言ってくれるんです。お店を始めればいい、っていうのも、ルーチェが考えてくれたんですよ」
澪は嬉しそうに答えた。「凄いな」と言うガルドの表情が、何故か少し暗い。
澪は直ぐそれに気付いて、不安になった。
「ガルドさん、あの……私、本当に嘘をついたりしてないんです。ルーチェの声が聞こえるし、私も話し返せるから、しゃべれるんです。もし、変な話だと思って不快になったのなら、ごめんなさい」
すぐ謝らないと、不安になる。ブラックトリミングサロンでそうだったから。だが、ガルドは手を振って「違うんだ」と呟いた。
「お前にもし……ヴァルクの声が聞こえるなら、あいつは、俺を恨んでないか、それが心配でな」
澪がその言葉に息を呑んだ。自分を庇ってけがをした従魔が、自分を恨んでいないか、そのことをずっと心の片隅で抱えていたのだろう。そう思うと、澪まで悲しい気持ちになった。
澪がヴァルクを見ると、美しい姿勢でお座りをし、ガルドを見ている。
(愚直だ、主は。主を守るのが我が使命、それを果たせた己を、誇りに思っている。恨むなど、ありえんよ)
それを語る金の瞳のジャーマンシェパードは、とても穏やかな顔をしていた。
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