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「いらっしゃいませー」
朝比奈の誘いを断った俺は、せっせとコンビニで働かされていた。
まあ別にいいんだけどな。
働けば、ちゃんと賃金を貰える。もともと金を稼ぐためにアルバイトに申し込んだわけだし。あと、家に居れない理由を作れるしな。
しかし、最近は悩みのタネがある。
それは、コンビニの前でガラの悪いやつがたむろしてることだ。
あれは俗に言う、ヤンキーというやつなのだろうか。
彼らは、近くを通る全ての人に睨みを効かせているようだった。まるで、世界全部が敵であるかのように。
ヤンキーグループのせいで客足が遠のき、売り上げが落ちている。俺としては、仕事が減って楽に感じる部分もあるが、店長のためだ。あの人は借りがあるから、ちょっくら動くとするか。
自動ドアを抜け、騒ぐ彼らに近づいていく。
辺りには、ゴミのポイ捨て。ゴミ箱近いんだから、ちゃんと捨てろよ。
「…すみません」
注意をするのに、謝罪から入る。なんで俺が謝らなくちゃいけないんだよ。
「あぁ!んだよ!」
1人の男がそう返してくる。
取り敢えずデカい声と鋭い視線を送っておけばいいと思っているのだろうか。
正解だ。俺は今、めちゃくちゃビビっている。普通に怖い。帰りたい。
取り巻き達の視線も怖い。
男5人に女2人。メンツはその日によって異なるが、俺に威嚇してきたやつは毎回たむろしてるやつだ。
でも、その中で一人、今まで見たことない女の子がいた。後ろにたなびく長い金髪の少女。ツリ目だが、こちらを睨んでいる感じはしない。
この子は、あんまり怖くないかも。
そう思いながら、観察していると、『何見てんだよ』とでも言いたげな鋭い瞳へと変わっていった。
前言撤回。やっぱり怖いぃぃぃ。
「おい、どうしたんだよぉ!なんとかいえやぁ!」
俺が黙っていると、先ほどの男がまくしたててくる。
「あ、あのここは駐車場なので、一応気をつけてもらいたいんですけど…」
「なんでテメェに指図されなきゃいけねぇんだよ!」
そう言って、胸ぐらを掴んできた。
「あっははは!店員さんカワイソー。やめてやれよぉ〜」
「でも、カッコよく注意しにきたのに、めっちゃビビってんじゃん!ちょーダサい!」
取り巻きのやつらが、こちらを馬鹿にした口調で喋りだす。
醜いな。さっきまで睨んで、警戒心マックスだったやつらが、相手のことを弱いと判断するやいなや、手のひらを返したように嘲り出す。
でも、それが怖いんだよ。俺は、そういう集団の匂いが何より苦手だ。ただ、彼らに怒りの感情を抱き、正義の味方ぶって立ち向かったとしても意味がない。目的は、ここから立ち去ってもらうことだからだ。
「すみません。ここに居られると他の方の迷惑になってしまうので…」
俺は、胸ぐらを掴まれたまま、淡々と頭を下げる。できるだけ感情を見せないように。睨み返すことも、媚びることもせずに。
「だったら、オレらはどこに居れば迷惑がかからねぇんだよ…どこになら、居ても許されんだよ……なぁぁ!?」
どうやら、声をかけた最初の時よりも怒らせてしまったらしい。
そんな中、金髪の彼女が口を開く。
「さすがに、やりすぎじゃ――」
そこで言葉が途切れる。
唇が開いて、閉じて、また開く。視線が揺れ、喉が小さく動いた。続くはずの言葉は、形になる前に飲み込まれてしまったらしい。
「君たち何をやってるんだ!」
遮ったのは、警察官だった。自転車に乗ったまま近づいてくる。パトロール中だったのだろうか。
「ヤベェ、サツだ!逃げるぞ!」
「待てぇっ!」
警察官が叫ぶ声を背に、ヤンキーたちは慌てて走り出した。金髪の少女も、他の仲間たちと一緒に逃げ
ていく。遠ざかるその背中を、俺はただ見ていた。
◇◇◇
「疲れたなぁ〜」
気が付けば、太陽は沈み、辺りがすっかり暗くなっていた。コンビニ前の騒動が収まり、働くこと数時間。あと10分で今日のシフトは終わる。
結局、警官はあのヤンキー達を取り逃がしたようだ。しかし、それ以降は何の問題もなく平和な時を過ごしている。
このまま何もなく終われるといいな。
その時、店の扉が開いた。自動ドアのチャイムが鳴り響く。
「いらっしゃいま……せ」
声が引っかかってしまった。見事なフラグ回収というやつによって。入ってきたのは、あの金髪の少女。昼間、他のヤンキー達と一緒に騒いで、警察から逃げていった子である。
ただ、その姿は何やら変装しているようだった。キャップを目深にかぶり、黒いマスクを着用している。
しかし、帽子からはみ出る彼女のさらりとした長い金髪は、非常に目立つ。切れ長な瞳もまた、特徴的だ。その子がレジへと近付いてくる。
「42番、一つ」
端的に、そして目も合わせず、そう告げられる。タバコをご所望のようだ。しかしながら、彼女は未成年の可能性が高い。一見大人っぽい風貌だが、纏う雰囲気が子供のそれだ。俺と同年代くらいだろう。
まぁとりあえず、年確だな。
「恐れ入りますが、年齢確認できる物はお持ちでしょうか?」
その瞬間、彼女の表情が大きく動いた。マスク越しでも分かる。なんかムッとしてる。そして、帽子のツバを指で軽く持ち上げた。
これは、メンチ切ってきたな。
彼女の瞳が俺を真っ直ぐに貫いている。昼間に向けてきた「何見てんだよ」と言いたげな視線と同じ迫力だ。
「…身分証忘れてきたんだ」
「それでしたら売ることは出来ません」
しばらくの沈黙。睨み合う。いや、俺は睨んではいないな。だが、目は逸らさない。
まだまだ続く沈黙。一方的に睨まれている。
怖いよ。なんか言えよ。ちびりそうになってきちゃったよ。
そうしてモジモジしていると、ようやく彼女が口を開いた。
「……チッ、ケチ」
そう言い残し、帰って行った。
なんか上から目線で物を言う女だったな。
「あーあ、全然怖くなかった」
足を震わせながらそう呟いた。




