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再名生直人、17歳、高校2年生。今日も必死に働いています。
最初のお客さんは、フードを深く被り、サングラスをかけた見るからに怪しい女性──昨日のヤンキー女です。新たな変装をしてやって来ました。
「77番、一つ」
「…またあんたか」
「な、何を言ってるんだ!?このコンビニに来るのは今日が初めてだ!」
あからさまに狼狽えている。まさか気付かれてないと思っていたのだろうか。
「身分証などはお持ちですか?」
「忘れた」
「それでしたら売れませんね」
頬を膨らませて、昨日と同じようにムッとしている。
「…私は二十歳だ」
「それを証明できないのであれば、売ることは出来ません」
そう告げると、グッと睨んできた。しかし、前回のような迫力はない。なぜならサングラスをかけていて、彼女の鋭い眼光が隠れているからだ。
数秒間の沈黙の後、「チッ」と舌打ちを残し帰って行った。
◇◇◇
商品の陳列と廃棄、掃除や揚げ物の調理、それらの合間にレジ接客。そこそこ忙しい時間を過ごしていた。
気がつけば、空は夕暮れに染まり始めている。オレンジ色の光が窓ガラスを斜めに射し込み、一日が終わりに近づいていることを告げていた。
少しノスタルジーに浸っていると、新たなお客様がやってきた。
しかし、『新たな』という表現で正しいのだろうか。たしかに、今入店してきたという意味では、新たな客ではある。だが、この二日間で4度目となる彼女には、新しいという感情は感じられない。
「16番、一つ」
また、彼女がやってきたのだ。今度は長い金髪を二つ結びに。ツインテールとすることで印象を変えてきた。
「ヘアアレンジ作戦か」
だが、その程度で誰か分からなくなることはない。こいつは、髪型を変えただけでバレないと本気で思っているのだろうか。
「ヘ、へああれじ作戦?…何言ってるんだ!私がこの店に来るのは初めてだ!」
案外バカなのかもしれない。
「身分証をお持ちですか?」
どうせ持ってないのだろうが、一応聞いておくことにした。
「ない…けど、私は二十五歳だ」
この前は二十歳だったはずだ。
「お客様はとんでもない速度で成長しているのですね」
「へへっ」
彼女はなぜか自慢げに、それでいて照れたように鼻の下をこする。
まあ、おそらく『とんでもない速度で成長』という言葉に喜んだのだろう。彼女は、グレるだけで飽き足らず、厨二病も患っているようだ。
「とにかく売れませんので、お引き取りください」
「あぁん!」
「すぐメンチ切る」
さっきまで喜こんでいたのに、今は怒り顔。表情豊かな人だ。
「チッ…ビビリの店員からなら簡単に買えると思ったのによお」
「…俺は舐められていたのか」
少々ショックである。自分では、ちゃんと店員としての責務を果たしているつもりだった。だけど、相手にとっては“ビビってるやつ”程度の評価だったらしい。
「…どうせ舐めるなら物理的にも舐めてほしいものだ」
「はあ!?何言ってんだテメェ!」
つい口が滑った。最悪なジョークであることは、彼女の剣幕を見れば明らかだ。どうにかこの場を収める方法はないかと、脳をフル回転させる。しかし、何も思いつかない。すると、彼女の方から言葉が呟かれた。
「…あんたは、そうやって舐められても言い返さないんだな」
今度は少し静かな声だった。怒鳴るでもなく、あきれるでもなく、ただ真っ直ぐに。彼女の真剣さに気圧される。その動揺を見透かされたくなくて、とにかく沈黙を作らないように言葉を発する。
「俺は大人だからな」
「……言い訳だな。言い返さないんじゃなく、言い返せない。そんで持って、冗談で誤魔化そうとする。それだから舐められる」
鋭く、的確に返される。どうやら俺の発言は失敗だったらしい。
「…じゃあ、回りに敵を作って生きていくのが正しいっていうのか」
なんとなく呟いた。
「媚びるよりはマシだ」
「媚びることで上手くいくなら、それで十分だろ」
「…」
彼女は口を閉ざした。そして、その表情には、わずかな苛立ちが見える。
こいつとは根本から考え方が違うようだ。
例えば、勝てばいいと思っているのか、勝ち方にもこだわるのか、という違い。どっちが正しいとか、間違ってるとかじゃないと思う。だけど、俺が好ましいと思ってるのは後者だ。
前者の立場にいながら、何を言っているんだと思われるかもしれない。だが、やはり勝ち方にも拘れるのが一番いい。しかし、それには強さが必要だ。勝ちにこだわるだけじゃなく、どう勝つかにも意味を見出せる人間。それには、相応の強さが必要なのだ。俺には、それがないから選べない。
いや、言い訳だな。弱くても勝ち方に拘るやつはいる。それを人は、身の程知らずと言うかもしれないが、俺は好きだ。芯があるように感じる。
だが、勝ちにしか拘らないというのも一つの芯であると捉えることができるかもしれない。
とにかく、俺は自分で道を選んでいる人間を好ましく感じるのだろう。だけど、俺自身は選んでいない。成り行きでそうなってる。どちらかを選ぶ覚悟を持たずに生きている。だから俺は俺が嫌いだ。自覚していながらも、それが出来ない自分がもっと嫌いだ。
そう物思いに耽っていると、金髪の彼女が口を開く。
「お前、媚びることで上手くいくなら…と言っておいて、私からの反発を受けている。そもそも上手くいってないってことだ」
「……ああ、そうだな。初めから俺の理論は破綻してるわけだ」
結果だけにこだわって、結果も出せない俺はさぞかし滑稽だろう。




