表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
保健室登校が最高なワケ  作者: 車屋旗魚
朝比奈千晴 編
7/24

 本当はバイトで観に行けないはずだった。


 俺はコンビニでいつも通りの業務を行なっている。清掃して、品出しして、レジに立って──

 だけど、どうしても落ち着かなかった。


「今日、朝比奈の試合だよな」


 それがずっと頭に残って、棚にお菓子を並べながらも、レジで「袋はいりますか?」と聞きながらも、ずっと意識がそっちに向いていた。

 

 そして、休憩中に思わず言ってしまったんだ。


「店長、すみません。今日、友人が出る大事な試合で…どうしても応援行きたくて」


 店長は渋い顔をしていたが、「次のシフトで埋め合わせるならいいよ」と言ってくれた。


 俺は、制服を脱ぎ捨てるようにして、全力で試合会場へと走った。


◇◇◇


 着いたときには、ちょうど後半が始まるところだった。そして、俺たちの学校である陽桜(ひおう)高校は、30点もの差をつけられている。

 

 チームの雰囲気は最悪。それは、朝比奈が纏う空気も同じで…彼女の表情は、自分を責めるように沈んでいた。


「……あー、もう」


 その瞬間、考える前に声が出た。


「朝比奈ァァァァ!!」


 今思えば完全に頭おかしい。バイト中の「いらっしゃいませ」より100倍デカい声で叫んだ。


 周囲が一斉にこっちを見る。

 

 知っていた。そりゃそうだ。めっちゃ恥ずかしい。でも、朝比奈の目が俺を捉えているから。


「俺はお前のファンなんだぞおおおお!! だったらよ……いいとこ見せてくれぇぇ!朝比奈ァァァァ!!」





 それから彼女は、変わった。


「お、また決めた」


 今度は小声でつぶやく。もう声を張る必要はなかった。ギャラリーのざわめきがそれを証明してくれているからだ。


「陽桜高校の9番、止まらなねぇ!」


「これで3ポイント5本連続だぞ!」


 会場の空気は変わっていた。その中心に朝比奈千晴がいる。それが、なんだか誇らしくてたまらなかった。

 

 そして……彼女はまたこっちを見る。ほんの一瞬。だけど確実に、観客席のこちら側に視線を送ってくる。


「……前向け、前」

 

 思わず、そんな言葉が口をつく。でもちょっとニヤけてしまう。すると、隣で観てた男が、興奮気味に言った。


「今、あの子と目ぇ合ったぞ! おい、もしかして俺のこと……」


 そのまた隣の男が即座にかぶせる。


「バカかお前……僕を観てるんだよ」


 そんな会話を聴きながら、視線をコートに戻す。


 眩しい照明の下、朝比奈千晴は駆けている。でも、その光より眩しいのは、彼女自身だった。


◇◇◇


 試合終了のブザーが鳴る。


 響き渡る歓声。仲間に抱き寄せられながらも、朝比奈は観客席の方を、ほんの一瞬だけ振り返った。

 ……きっと俺に用がある。そんな気がした。

 

体育館の外に出ると、こもった熱気から解放され、涼しい風が体を冷やす。それが、汗ばんだ俺の肌には心地のよいものだった。

 

 選手の出入り口であろう場所で壁に寄りかかる。

 

 しばらくすると、朝比奈がチームジャージのまま姿を現した。

 夕焼けに照らされる彼女の横顔は、さっきまでコートで見せていた戦う選手のそれとはまた違って、どこか儚げだった。


「朝比奈…」


 夕焼けに照らされる彼女の横顔は、さっきまでコートで見せていた戦う選手のそれとはまた違って、どこか儚げだった。


「なんで来てくれたの……バイトは?」


「抜けてきた。でも多分、次のシフトは倍になったと思う」


 肩をすくめて返すと、朝比奈が少し眉を下げて苦笑した。


「それ、ちょっと申し訳ない」


 そう言って、彼女は指を組んだ。バスケのためによく手入れされている爪が目に入る。


「…よくあんな大声出せたね」


 すると、そのキレイな爪の主から声が聞こえたので、視線を上げて口を開く。


「もう一回やれって言われても無理だがな」


 少し突き放すような言い方なのは、爪を凝視していたことに気付かれたのではないか、という気恥ずかしさからだ。


「えぇ〜、残念。君の応援ってとっても力になるんだよ」


 朝比奈は、照れたように笑う。本当は、照れていないのかもしれない。ただ、夕陽のオレンジが彼女の頬に染みているだけの可能性もあった。


「あの時は、すごく勇気を貰えた」


「…なら、よかった」


 朝比奈は、はにかんでうつむいた。そして、少しの間を置いてから呟く。


「……でも、負けちゃった」


 言葉は、静かに地面に落ちた。彼女の肩がほんのわずかに震える。

 俺はそれに気づいて、言葉を探したけれど、間に合わなかった。


「……悔しいよ」

 か細くこぼれた声が、そのまま涙に変わった。朝比奈は顔を伏せたまま、声もなく泣き始める。

 

 必死にこらえようとしていたのか、最初は声を殺していたけど、それもだんだん崩れていってーー

 やがて堰を切ったように、嗚咽がこぼれた。


「頑張ったのに……いっぱい練習したのに……」

 肩を震わせながら、絞り出すように言葉を吐く朝比奈に、俺は躊躇いながら手を伸ばす。軽く触れただけで、彼女は涙を止められなくなったように、俺の胸に顔を埋めてきた。


 こんな彼女を見るのは初めてだった。いつも明るく振る舞っていてーー、いや、明るく振る舞おうとしていた。だから、落ち込む姿はあれど、ここまでの弱さは見たことがなかった。


「ごめん……泣いたら、止まんなくなってきた……もうちょっとだけ……このまま……」


 そのまま、彼女は俺の服を涙で染めていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ