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夏休みも終盤に差し掛かった頃、練習試合が行われた。
相手はこの夏、甲子園予選にて俺達が敗北した匙柿高校。雪辱を果たすための一戦となるだろう。特に林道先輩にとっては大きな意味を持つ。それは彼が打たれた失点が、決勝点となってしまったからだ。もちろん、試合の敗北が林道先輩一人の責任であると言うつもりはない。しかし、本人は自分を責めたはずだ。自分が打たれなければ、と考えたはずだ。だから、林道仁志という男が次のステップに進むために重要なプロセスである。それと同時に、3年生が引退し、新しくなったチームが弾みをつけるための一戦でもあるのだ。
「一年!もうすぐ匙柿高校来るぞ!準備急げ」
「はい!」
試合はうちの高校で行われる。匙柿が到着する前に、グラウンドのライン引きやベンチの用意を終わらせなければならないのだ。俺は声を張り上げながら、他の1年部員たちと共にてきぱきと道具を運び出す。
しばらくして相手校が到着し、試合が開始した。先発は林道先輩。試合前の様子から気合たっぷりの様子だった。初回はヒットとフォアボールでピンチを招くも無失点に抑える。しかし、2回はタイムリーを打たれ1点を先制される。3回は満塁になりながらも、味方のファインプレーによって、なんとか切り抜けた。
「林道先輩、ナイスピッチングです」
俺は守備から戻ってきた先輩に飲み物を渡す。
「……全然ナイスじゃないよ」
序盤にしてはひどく疲れている様子だった。タオルを被って椅子に座り、俯いている。
今日の林道先輩は調子が悪そうだ。制球が定まらず、カウントを悪くする。そして、入れにいったボールを捉えられヒットを許す。でも、この人なら立て直せるはずだ。
気がつけば、うちの攻撃は終わっていた。よろよろと立ち上がり、力なくマウンドへ向かう先輩の背中を、俺は静かに見送る。
監督もまた彼に視線を向けた後、俺の方を向いて呟いた。
「想定よりも早いが……直人、そろそろ準備を始めてくれ」
「はい」
林道先輩のことを気にしている余裕はない。今は自分自身に集中すべきだ。
そう考えて、母から貰ったグローブを手に投球練習を開始した。
◇◇◇
「行ってこい。直人」
「はい!」
マウンドへと全力疾走で向かう。深く息を吸い、吐く。
3点ビハインドの6回。俺の投球が直接得点に絡むことはないが、ゼロで抑えて攻撃への弾みをつけたいところだ。
バッターボックスに入った相手打者を観察する。林道先輩に対して、各打者がどのようなアプローチをしていたかは何となく覚えている。
ちなみに林道先輩は5回4失点でマウンドを降りた。監督は苛立っているのを少々感じたが、あのピッチングで4失点に抑えたことを褒めるべきかもしれない。そのくらいもっと点を取られていてもおかしくない内容だった。
兎にも角にも、初球は変化球だ。なんなら基本的には変化球中心でいいだろう。俺が変化球を得意にしていることもあるが、林道先輩のストレートを見た後だ。きっとタイミングが早くなっているはずだ。
そう思い、変化球を投じる。案の定、泳がされてサードゴロとなり、打ち取ることに成功した。二人目の打者にも全球変化球で三振を奪った。
3人目は4番バッターだ。この人は今日、林道先輩から全打席ヒットを放っている。注意しないとな。
「まぁ、初球はカーブから入るけど」
配球は前の打者たちと同じく変化球中心。俺がそうしたいと考えていたし、キャッチャーからの出されたサインも変化球だった。
振りかぶって投げた瞬間、寒気のようなものを感じた。
……やばい。
バッターがスイングすると、甲高い金属音と共に打球は高々と上がり──ギリギリファウルゾーンに切れていった。
「あっぶねぇ」
確実に変化球を待たれていた。しかし、狙われていても打たれない自信があった。その考えが甘かったと思い知らされる。今のは運が良かっただけ。あとほんの少しズレていたらホームランにされていた。
「まっすぐを投げるしかないか」
俺はストレートに自信がなかった。打たれるような気がして、投げるのが怖いのだ。だからといって投げないわけにはいかない。ストレートがあって初めて変化球が輝くのだ。
「大丈夫。この夏、林道先輩に教わってきたはずだろ」
林道先輩のような直球を投げたくて、真似をして、自分なりに落とし込んで、掴みかけている感覚はある。
今ここで、モノにしてみせる。
キャッチャーからのサインがきた。やはり要求はストレート。
母から誕生日プレゼントとして貰ったグローブ、その中でしっかり指をボールの縫い目にかける。
左足を上げ、体重をキャッチャー方向に。左足が地面につく。右足で地面を蹴る。上半身を回転させ、肩、肘、手首、そして指先。狙いは打者の胸元、インコース高めへ。
「おらぁぁぁぁ!」
◇◇◇
「「「ありがとうございました!!」」」
練習試合を無事に終えた俺達は、匙柿高校を見送った後、ミーティングを行っていた。
「お前達、ご苦労だった。無事勝利を収め、夏の予選の雪辱を果たすことができたな」
監督は腕を組みながらも、その表情は穏やかなものだった。
「特に直人。6回から9回までを危なげなく無失点に抑え、守備からいい流れを作った。その結果、打線に火が付き逆転。勝利を呼び込むピッチングだったな」
「直人すごかったよなぁ」
「たしかに。再名生は全く打たれる気配がしなかった」
チームメイトから口々に賞賛の声が上がる。それを聞いて素直に嬉しいと感じた。
「しかし──」
一変、監督の表情は険しいものへと変貌する。
「林道。お前には期待していたのだがな」
「……すみません」
林道先輩は俯いている。こんな彼を見るのは初めだ。長い付き合いというわけでもないが、林道仁志という男は、失敗を知らず何でもスマートにこなすイメージがあったし、実際に今まではそうだった。
「このままいけばエースの座を直人に明け渡すことになるかもしれんぞ」
その一言に先輩がビクッと動く。
「そんな…」
監督は林道先輩から視線を外す。代わりの全体に向け、口を開いた。
「4日後、夏休み最後の練習試合を行う。相手は越境高校だ。そこでお前達の実力を見せてくれ」
「「「「はい!!!」」」
最後の練習試合の相手、越境高校。それはこの夏、甲子園に出場した高校だった。




