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時刻は9時55分。地球温暖化への苛立ちを抑えながらデートの集合場所に到着した。
「もう来てたのか、真里菜」
声をかける。続く彼女が第一声に選んだのは文句だった。
「遅いわよ」
純白のワンピースを身にまとい、薄水色の可愛らしいカバンを両手で持ちながら、若干の上目遣いで睨まれる。
「一応5分前に来たつもりだったんだが……待たせちまったなら悪かった。どっか別の涼しい場所に居てくれても良かったんだぞ」
少し汗ばみ、頬が紅潮した様子を見て色っぽいと感じながらも、心配になる。
「私が集合場所に居なかったら、あんたが不安になるかもと思ったのよ」
「そこまで子供じゃねーよ。まぁ、気遣ってくれたなら有難いけださ」
「だったら素直に『ありがとう』でいいのよ。さ、行くわよ」
そそくさと歩き出す背中を追いかけ、隣に並ぶ。
「どこに行くつもりなんだ?」
「涼しいところ」
それだけ口にして具体的にどこに行くのか、教えてくれることはなかった。仕方ないと割り切った俺は、他愛もない話題を広げながら足を進める。しばらくして、目的地に着いた。
「ここか」
「そうよ」
白く大きい壁に、ソーラーパネルを備えた黒い屋根。そして、水族館と書かれた看板。
「まさか水族館なんて……魚好きなのか?」
「ちょうどチケット二枚分貰ったのよ。それだけの理由」
どうやら真里菜は、水族館というものにさほど興味がないらしい。
◇◇◇
「……チンアナゴかわいい」
撤回しよう。どうやら真里菜は、水族館というものに興味津々らしい。さきほどからご機嫌な足取りで館内のありとあらゆる海の生き物たちを眺めている。
「楽しそうだな」
ガラスに張り付く真里菜の後ろから、俺は話しかけた。
「そうね、楽しいわよ」
目線はまだ青に向いている。
「やけに素直だな」
「私はいつも素直だけど」
目が合った。不服を申し立てるような表情だが、やけに映える。それは、彼女の背景に映る水の色と、薄暗い水族館で魚を照らす照明が一人の少女をも照らしてくれたからだろう。
「そろそろ腹減ったな。昼飯食い行こうぜ」
「その前にお土産買っていくわよ」
「誰への?」
「私たちへ、の」
ニヤリと笑って立ち上がり、歩き出す真里菜。その背中を追う。
「なんか今日は、追いかけてばかりな気がするな」
「なんか言った?」
「何でもない」
「……そっ」
俺は真里菜と並ばずに後ろを歩くことにした。理由は上手く言葉にできなかった。なんとか答えを出そうと穴埋め問題みたいに当てはめて、10問連続不正解を叩き出した時には水族館のショップについていた。
「何を買うつもりなんだ?」
「ビビッときたものよ」
真里奈なショップ内を歩き回りながら様々な物に目を向けている。
「特に決めてないってことね」
「お土産なんてそんなものでしょ」
「確かにそうか」
俺は真里奈と少し離れて物色をし始める。クッキーやら、ぬいぐるみやら、ボールペンやら色々あってなかなかに面白いかもしれない。
そんな中である物が目に留まった。イルカのキーホルダーだ。今日はイルカショーがなく、それを知った真里奈がしょんぼりしていたことに俺は気がついている。
「あいつイルカ好きなのかな」
水族館のチケットは真里奈から貰った。だから、少しの恩返しのつもりで買っていこう。もし「いらない」って言われたら母さんにでもあげればいいや。
キーホルダーを手に取り、レジに持っていく。その途中で真里奈に話しかけられた。
「直人、それ買うの?キーホルダーならペンギンの方が可愛いと思ったけど」
危なかった。真里奈なイルカよりもペンギンの方が好きだったのか。そういえば今日は、イルカショーだけじゃなくペンギンショーもなかった。真里奈はイルカショーではなく、ペンギンショーがない方にショックを受けていたのか。
「そうか。じゃあペンギンにしよう」
「ごめん。文句をつけたわけじゃないの。ただ他にもあるよって言いたかっただけ。私の意見に惑わされないで、自分の意思で選びなさい」
俺があっさり引いたことで要らぬ気遣いをさせてしまったようだ。
「いや、真里奈にプレゼントしようと思ったものだからペンギンにする」
「…ん?待って!……私へのプレゼント?」
彼女の目が点になった後、俯いて考え込むような仕草を見せる。
「うん」
「……やっぱり、イルカがいい、かも。ほ、ほら私って生粋のイルカ好きって言うかさ、イルカマニアでしょ?!そ、それにイルカってチョー可愛いしさ、イルカのグッズが欲しいな~ってちょうど思ってたし!……とにかくイルカのキーホルダーね!ね!!」
身振り手振りを加えながら、早口でまくし立てられる。最後には、イルカキーホルダーを買えと念押しもされたし。
「無理しなくていいぞ。さっきペンギンの方が可愛いって言ってたじゃんか。だったらペンギンで──」
「無理とかしてないから!イルカのキーホルダーがいい!……せっかく直人が選んでくれた物だし…さ」
おまけのように呟かれた一言と、しおらしい態度。考えを改めるには十分な材料だった。
「わかった」
「じゃあ、私も直人にイルカのキーホルダープレゼントするわね」
「え、なんで」
「お、お揃いにしたいのよ」
頬の赤みは暑さのせいか、あるいは別の何かなのか。兎にも角にも俺達はそうして、イルカのキーホルダーを購入した。
「私これ、学校行く用のカバンに付けようかしら。あんたもどっかに付けなさいよ」
「はいはい」
キーホルダーを付けるなんて柄じゃないが、彼女の命令に背くわけにはいかない。筆箱のチャックにでも付けようかな。持ち手が大きくなって、開け閉めしやすくなるかもしれないし。
実用案を考えながら、二人並んで水族館を後にした。




