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茹だるような暑さの中、俺達は今日も白球を追いかけていた。
夏休みが始まり、はや一週間。林道先輩との教え合いを経て、確かな手応えを感じ始めている。球速をさらに出すための身体の使い方がだいぶ分かってきた。
練習時間が折り返しを過ぎた時、一人の先輩の呟きが耳に入った。
「あれ、もうテーピング切れちまった」
それを聞いた周囲の部員が顔を見合わせる中、俺は真っ先に動いた。
「保健室から借りてきますね!」
面倒くさい気持ちはあるが、ここは野球部。体育会系は上下関係がハッキリしているものだ。まあ、うちの部はそこまで上下関係があるようにも感じないが、やはり後輩である俺が行くべきだろう。それに校舎内だったら少しは涼めるしな。
そんな打算的な考えを持ちながら、保健室に向かった。
◇◇◇
「失礼しまーす」
夏休み中にも関わらず、保健室の扉は開いていた。正直、ここまで来たものの無駄足になるのではないかという不安がよぎっていたので、ひとまず安心した。
「あら、いらっしゃい」
養護教諭である久遠透子。新卒でこの学校に雇われた彼女は、その美貌とプロポーションから男子生徒からとてつもない人気があるらしい。
「テーピングってありますか?部のやつが切れてしまって」
「ちょっと待ってね」
椅子に座ってボールペンを握っていた久遠先生は立ち上がり、部屋の角にある戸棚へと向かっていく。そこには、薬品や衛生材料が入っているようだ。
「すみません」
「いいのよ。ところで君は何年生?」
久遠先生はガサゴソと棚を漁る。テーピングを探す間の時間を、俺との会話で埋めるつもりらしい。
「一年です。恰好を見れば分かるかもしれませんが野球部です。名前は再名生直人っていいます」
聞かれたのは学年だけだが、せっかくなので名乗っておいた。
「再名生って苗字は珍しいね。直人って名前は、昔近所に住んでいた男の子がそうだったりしたから聞いたことはあるけど…」
「自分でもまだ、この苗字にあんまり慣れないです」
「自分の苗字なのに?」
「両親が最近離婚しまして…」
口にしてから、自分でも驚いた。
両親が離婚したこと。それはデリケートな問題である。自分から話したい内容ではない。だが、この人なら話してもいいと思った。
「……すまない、変なこと言っちゃったね。気が利かなかった」
こちらを振り返り、頭を下げてきたことで、綺麗なつむじが見えた。
「いや、自分から口にしたことです。それに…両親の話題自体が全然気にならないです」
本当は、「先生となら両親の話題が気にならない」と言いかけて、飲み込んだ。初対面でそんなことを言うのは気味が悪いはずだ。しかし、なぜだろう。この人とは初めてまともに会話したとは思えない、正体不明の安心感があった。
◇◇◇
今日は久しぶりのオフである。夏休みに入っても、休みを感じられなかったため、ようやく羽を伸ばせる。最近は暑くて体力の消耗が激しい。また、精神的な消耗も蓄積されている。だから、昼まで寝ようと考えていたのだが、いつも通りの早い時間に目が覚めてしまった。
「なかなか眠れないなぁ」
それでもベットの中で眠ろうと努力する。しかし、その努力が実を結ぶことはない。相手は習慣なのだ。夏休みに入り、毎日朝から練習をするための習慣。それが今、立ちはだかる壁として俺の惰眠をさまたげようとしている……などと無駄な思考を巡らせながら相応の時間が過ぎた頃、スマートフォンの通知音が鳴った。
「何だ?」
確認してみると、真里菜からメッセージが届いているではないか。
『あんた今日部活ないでしょ?デートに行くわよ』
それに続いて集合場所と日時も告げられる。
「まだ行くって言ってないのに」
一方的な言葉に少し呆れながらも、普段通りの女王様気質な彼女に安心感を覚えていた。なぜなら、クラスに居場所がなくなってから、まともなやり取りを交わしてなかったからだ。
俺が阿久戸の財布を盗んだと発覚する前、まだ疑われている段階の時。あいつは俺をかばおうとしてくれた。
「ちゃんとお礼いわないとな」
そして、俺達の関係も見直すべきかもしれない。非難される俺と付き合っている彼女に、矛先が向いてしまわないように。




