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学校側からの処分が決まった。四百字詰め原稿用紙三枚分の反省文を提出することだ。
「……それだけ、か」
職員室を出て、自分の足下を見ながら歩く。正直、拍子抜けだった。
昨日、指導室で大人たちに囲まれ、人格まで否定されるような罵声を浴びせられた時は、退学とまではいかなくても、停学や謹慎を覚悟していた。それが、たった三枚の原稿用紙で済むという。
もちろん、謂れのない罪で罰を受けることへの憤りは消えていない。書くべき反省など、一文字もないのだ。だが、最悪の事態は避けられた。
学校から母親へ連絡が入り、親に迷惑をかけたくなかった。心配されたくなかった。その点において、胸をなでおろした。
何が職員たちの判断を変えたのかは分からない。ただ、この不条理な事態が少しでもマシな方向に動くのなら、今はそれでいい。そう自分に言い聞かせ、俺は教室の扉に手をかけた。
乾いた音を立てて開いた部屋の空気は、一言で言えば最悪だった。
足を踏み入れた瞬間、弾んでいた会話が霧散し、針のような視線が突き刺さる。犯罪者というレッテルを貼られた俺を、クラスメイトたちはもはや同じ人間として見ていない。彼らにとって再名生直人という人間は、日常を乱す異物でしかないのだ。
誰とも目を合わせず、自分の席に座る。 机の横を通り過ぎる阿久戸と一瞬だけ視線が重なったが、奴はいつもの善良な顔をしていた。あの下劣な男の本性を知っているのは、クラスで俺だけだろう。その事実が、吐き気を催すほどの孤立感を深めていく。
まぁ、いい。もうすぐ夏休みだ。一時的にこいつらとも距離がおけるし、ある意味で良い時期に嵌められたのかもしれない。
そうやって、無理やりにでもプラスの側面を探そうとしないと心が壊れてしまいそうだった。
◇◇◇
「ナイスボールです!林道先輩!!」
青空の下、グラブの捕球音がグラウンドに響く。 終業式を終え、学校全体が解放感に包まれる中、野球部だけは変わらず土にまみれていた。
新チームが始動して早数週間。引退した三年生に代わり、二年生の林道仁志先輩がキャプテンとしてみんなを引っ張っている。そんな彼のキャッチボール相手を務めながら、俺は肩を温めていた。
「直人は本当にコントールはいいよね。今だって構えた所にボールが来る」
「まだウォーミングアップですから。もう少し出力を上げたら、そう上手くはいきませんよ」
「謙遜しないでよ。僕なんて今の全力じゃないボールでも、直人ほどコントロールよく投げられないのにさ」
他の人には謙遜するなと言っておきながら、自分を下げる林道先輩。そして、全力じゃなくてこのスピードなのかと、密かに息を呑んだ。
「どうやったらそんな球速出せるんですか?」
ボールを投げ返しながら、質問をする。
「逆にさ、僕は直人がどうやって球をコントロールしているのか聞きたいよ。あと、変化球のコツとかも」
林道先輩はニコッと笑う。
「俺の教えられることなんて、たかが知れてますよ。それでもいいなら」
「もちろん!僕からも教えられることがあったら教えるよ」
それからは有意義な時間が流れた。俺が低めに制球するための指先の感覚を伝えると、先輩は代わりにパワーを生む下半身の使い方を実践して見せてくれる。野球という共通言語を通じて、先輩との距離が今までよりさらに縮まっていくのを感じた。
しかし、あの冤罪がこの充実感に水を差す。
それは、練習終わり。片付けをしていた時のこと。離れた場所でトンボをかけていた一年の部員たちが、こちらを伺いながらヒソヒソと声を潜めていた。
「……本当だって。直人のカバンから別の人の財布が出てきたらしい」
「うわ、マジかよ。よく平気な顔して部活来れるな」
グラウンドにいる間だけは、あの教室の空気を忘れられると期待していた。でも、分かっていたことだ。阿久戸の前、別のクラスメイトの財布が盗まれた時にも、部活動で陰口を聞くことはあったから──分かっていた、分かっていたはずなのに、胸の奥に氷の棘が刺さるような痛みを感じる。現実から目を背けたくて、思わず俯いてしまう。
その時だった。
林道先輩が「もしそれが本当だとして──」と会話に割り込む。
「なぜ直人に大きな処分が下されていない?教師たちが、そこまでの罪じゃないと判断したってことでしょ。だったらチーム内で無駄な疑念を生む行為はやめるべきだ」
静かな声色に反比例する芯の通った発言。彼がキャプテンに指名されたる所以がそこにあった。
この人は俺を一人の野球部員として見てくれている。その事実が、今は何よりも救いだった。




